一章 四節 二項

かりそめの暮らし






 不本意ながらも始まった『灰銀』――もとい、ダルモンとの共同生活。

 気付けば三週間が過ぎていた。振り返ってみれば、あっという間の日々であった。


 近所付き合いは、割と上手くやってる。

 小村なんて排他的な連中ばかりだと半ば決め付けていたが、国境を挟んでいるとは言えバルゴ領に於ける流通のメッカたるザヴィヤヴァが近いこともあってか、住民の大半は他所者にも寛容な人達だった。

 今では奥様方の井戸端会議にも違和感無く混ざれるほど。元々、対人関係であんまり物怖じしない方だし。


 暮らし自体も、そこそこ慣れた。

 色々と不便はあるけれど、街の喧騒を離れた穏やかな生活ってのも悪くない。

 改めて考えてみれば俺、田舎暮らしって初。なので結構新鮮。


 尚、仕事にも無事ありついた。村唯一の商店、雑貨を扱ってる店の手伝いだ。

 店主は気の良いオッサンで、俺が読み書きや計算なんかが達者だと知ると、田舎にしちゃ悪くない給料で雇ってくれた。

 なんでも半年ほど前、跡継ぎ予定の一人息子が「こんな村で一生過ごすなんて嫌だ」的な年頃あるあるムーブを発揮した挙句に出て行ってしまい、手が足りなかったとのこと。どこにでも転がってるよね、こういう話。

 お陰で此方は住民と接する機会も増え、積極的な交流を図る一助となったワケだが。捨てる神あれば拾う神あり。


 ……そして、一番の懸念であったダルモン関連。

 しかし、これが、意外なほど問題は起きていない。


 日中は彼女、標的の調査及び情報収集を行うべく出掛けている。

 その傍ら、動向を怪しまれないよう三日に一度は獣を捕らえ、肉や毛皮を手に入れては商店まで売りに来るのが主なルーティンだ。


 なるほど屠殺屋の娘なら多少の獣くらい仕留められる道理。獲物を担いで村まで戻れば強く印象に残るため、周囲を森で囲まれたこの土地のどこを出歩いても、また狩りだろうと納得され、そうそう不審がられない。血の匂いも誤魔化せる。

 村人との交流が疎かな点も、逆に社交的な夫役の俺から極度の人見知りとでも伝えておけば緩衝材になり、当面を凌ぐには十分。

 適当かと思いきや、考えて設定を練ったもんだ。感心。


 一方、夜は俺もダルモンも、基本的に家で過ごしてる。

 都市部と違って娯楽施設など酒場ひとつ無いため、村全体が静まり返るのだ。歩き回ったところで無意味、姿を見られれば猜疑を買いかねないだけ寧ろ損、とのこと。

 なので夕食を済ませたら大抵、遅くなる前に眠ってしまう。

 ベッドは当然の如くダルモンに占領されてるが。まあ、曲がりなりにも女性を差し置いてまで使うのは良心が咎めるため、構わないけど。


 ちなみに意外や意外。ダルモンは料理が上手い。

 誰かの手料理なんて久々に食べた。俺もジャッカル達も、その辺のスキルは壊滅的だったし。

 外食ばかりだと栄養偏るよな、やっぱり。ビタミンとか鉄分とか、どうしても不足しがち。


 そんなこんなで、今晩のディナーも大変美味しゅうございました。

 ダルモンのレパートリーは名前すら聞き覚えのない料理ばかりだけど、味は俺好み。西方料理ってソースとか妙に濃いのが難点で。


 何はともあれ、一時はどうなることかと気が気でなかったが、適応できるもんだ。まさしく案ずるより産むが易し、昔の人は分かってる。

 万歳三唱、良かった良かった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る