異彩な鬼才






 幸いなるかな。ジャッカルの指摘が遅かった所為で落とし穴に引っかかった俺だけれど、滑り台のような構造だったため、大した怪我もせず済んだ。

 加えて、延々落ちた先は、先程まで歩いていたのと同じ様式の通路。槍衾とか密室とかじゃなくて良かった。これも一種の悪運か。


 ……しかし困った。こんな、何が起こるか分からない遺跡に一人きりなんて。

 俺ではジャッカルのように罠の存在を察知することも、シンゲンやハガネのように腕尽くで突破することもできない。

 まあ、そこら辺は寧ろ、あいつらの方がおかしいんだけど。


 上を見る。天井にぽっかりと空いた正方形の穴。

 手が届く高さじゃないし、そもそも数十秒落ち続けた距離を登れるとは思えなかった。


 どうしたもんかと途方に暮れる。

 すると、程なく穴の奥から人の声らしきものが微かに響いた、気がした。


 耳を澄ます。どうやら空耳ではない、段々と近付いてくる。

 そして。


「――きゃーっ♪」


 勢い良く落ちてきた何かが、俺の顔面に張り付いた。なんだこの低反発枕みたいな感触。

 引き剥がすと、二頭身形態のカルメンだった。






「とうっ」


 俺の手から軽快に着地し、八頭身へと戻ったカルメン。

 相変わらずな一番の珍生物ぶりを披露しつつ、彼女は周りを見渡す。


「ふむふむ……なるほどですねぇ」


 何がなるほどなのか。一人で納得されても困る。

 第一、なんでカルメンまで落とし穴に。


「ふふん。勿論、キョウくんを助けにきたんですよぉ?」


 ささやかな胸を張って告げる姿には、残念ながら、あまり頼もしさを感じない。

 助けは有り難いし、感謝もするが、正直なところ人選を間違えてるだろう。

 せめてピヨ丸連れてこいよ。小さいままだと相応の力しか出せないと聞くけど。


「……なんて。実はぁ、穴を覗き込んでたら落ちちゃっただけなんですけどねぇ。その時に、ピヨ丸ちゃんも肩から離れてしまって」


 てへ、と効果音が付きそうな仕草と苦笑。

 きっと今の俺は、死んだ魚と同じ目をしている筈。


 しかもカルメンが言うには、彼女の落下とほぼ同時、穴は塞がってしまったらしい。

 つまり、残る三人とは完全に分断された状態。俺達だけで身の安全を確保しなければならないのだ。


 ――カルメン。一応聞くけど、ジャッカルみたいに罠の見分けって……できるか?


「無理ですよ。当たり前じゃないですかぁ」


 だよね。


 こうなったら、皆が来るまで動かず待っているしかない。

 俺とカルメンじゃあ、トラップひとつ動かしてしまっただけでも命の危機だ。


 が。その旨を伝えると、カルメンは賛同しかねるとばかりに眉尻を落とした。


「それも悪くないんですけど、ここって私達の目的地だった汲み上げ装置がある場所より下層なんですよねぇ」


 ……?

 カルメンの言葉に少なからず違和感を覚えるも、ひとまず最後まで話を聞くことに。


「待ってたら、ジャッカルさん達が下りて上がっての二度手間になっちゃいます。できれば私達もそっちまで移動しませんかぁ? 割と近くまで落ちましたし」


 柔らかな笑みを添えた提案。

 一方で、俺はより胸中の違和感を強めていた。


 何故ならカルメンの口ぶりは、まるで。


 ――まさかアンタ、俺達の今居る位置が分かるのか?


「当たり前じゃないですかぁ」


 半信半疑で投げかけた疑問の返答は、例えるなら雲ひとつ無い空の下で「今日は晴れですか?」と馬鹿みたいに尋ねた時のような肯定。

 絶句する俺を他所、カルメンは真上の穴を指差した。


「落ちる際の速度と角度と時間は、体感で分かりますよねぇ?」


 分からないです。何言ってんのコイツ。


「そこさえハッキリしていれば、移動した距離や方角を割り出すなんて簡単じゃないですかぁ。正確な地図もジャッカルさんが持ってましたし、あとはそちらと照らし合わせればいいだけです」


 俺の知る限り、アンタがその地図を見てたのは、ジャッカルの後ろから覗き込んだ数秒程度と記憶してるが。

 たったそれだけで、あんな細かい構造を全部覚えたのか。


「はいっ♪」


 流石に有り得んだろと否定気味に聞いてみれば、語尾に音符を伴うような明るい首肯。

 つまらない嘘を重ねる女じゃない。本当のことを言っている。


 カジノのルーレットで完璧な着地点予想すら可能とは聞いていたが、想像を遥かに超える計算能力と記憶力。

 これが知力C。七十億を上回る現代地球人類全体で見ても、該当者数は下手すれば片手の指すら余るであろう、パーセンテージに置き換えたらコンマの下にいくつゼロが入るのかもよく分からない、最高峰の領域。

 恐らく、歴史上でも不世出の鬼才達と相見えた人々が味わった感覚に近いだろうそれを湧き立たせながら、俺は呆然とカルメンを見つめていた。





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