地底湖






 ――特に危険も無く着いちゃったよ。


 異世界の旧時代言語で『ポンプ室』と記された扉を前に、ぽつりと呟く俺。

 すぐ横では、カルメンが鈴を転がしたような声で鼻歌を口遊んでいる。


「ふふっ、落とし穴で寧ろ近道しちゃいましたねぇ。落下組の勝ちぃ~」


 落第生みたいだからやめてくれ、その呼び方。自分で言うのもなんだけど、これでも高校じゃあ勉強もスポーツも上から数えて何番目かくらいには優等生かつ、そこそこ顔も良いって評価だったんだ。

 ステータスには容姿含め、プラス評価のひとつすら付かなかったがな。


 ……まあ、そいつは兎も角どうするか。

 ジャッカル達は俺とカルメンを探しながら進む以上、必然ここまで辿り着くには時間が要る。

 ただ待つだけってのも、中々に手持ち無沙汰だ。


「キョウくん、取り敢えず入ってみませんかぁ? 汲み上げ装置の様子だけでも見ておきましょう」


 確かに。故障にしろ不具合にしろ、俺達にできる範囲で調べておいた方が時間の使い道としては有意義。

 カルメンに頷いて返し、やたらデカい扉を押し開ける。


 鈍く軋む蝶番。かなりの力を篭めてやっと動く、重厚な石扉。

 やがて露わとなった向こう側の光景に、目を見張った。


「わぁ……綺麗……」


 広大な壁、天井一面がキラキラと青色に輝く、温泉で満たされた地底湖。

 恐らくは立ち上る湯気によって付着した成分が乾いて固まったのだろう。何千何万年もの時間を費やして作り上げられた、天然の芸術。


 しかし、地熱と水蒸気が篭もって凄い熱気だ。綺麗は綺麗だが、長居したい場所ではない。


 早くも汗ばみ始めた首を拭いつつ、左右を見渡す。

 湖の端から太いパイプが数本束なって伸び、地球のそれとは根本的に趣が異なる形状の機械へと繋がっていた。

 アレが汲み上げ装置か。目立った損壊があるようには見えないけれど、作動音の類も聞こえない。やはり停まっている様子。


 ひとまず近付いて確認を。

 そう考え、幾らか歩み寄ったあたりで――凪いでいた水面が、大きく膨らんだ。


 ――は?


「あらぁ」


 二人揃って唖然。繰り返し目を瞬かせ、それを眇める。

 首が痛くなるほど巨大な、巨大過ぎる、蛇のような何かを。






 ――いや、マジかよ。


 呟きながら、体感温度が一気に十度くらい冷え込むのを感じた。


 知ってるぞコイツ。お菓子のオマケのカードで。

 確かレイクサーペント。その見た目ゆえ蛇の名を冠してこそいるが、分類上は魚に近い水棲の魔物。

 強い日光と乾燥を嫌うため、多くは湿地帯や地底湖に棲息する目撃例の少ない珍種と書いてあったが、温泉にも適応できるのかよ。ファンタジーいい加減にしろ。


「わぁ! 凄い凄い、昔観た映画に出てきた蛇より何倍も大きいですねぇ!」


 喜んでる場合か、この天然お嬢様。遊園地のアトラクションと違うんだぞ。

 レイクサーペントは凶暴な肉食。てか、魔物ってのは大半が凶暴で肉食なんだが。

 しかもコイツは大方、地下水流に乗ってここまで迷い込んだクチだろう。そうでなければ、餌など皆無な温泉に棲み着く理由が思い浮かばない。


 つまり、いつから居るのか知らんけど、相当に飢えてる筈。

 現に奴の薄気味悪い目は俺達を捉え、一瞬たりとも離さなかった。下手に動くだけでも即座に襲ってきそうな雰囲気だ。


 熱気によるものとは別の汗を感じながら、そっと後ろに視線を向ける。

 石扉は独りでに閉まっていた。旧時代人め、無駄に凝った建築しやがって。


 最初に開けるまで三十秒はかかったアレに駆け寄り、もう一度押し開け出て行くまでレイクサーペントが律儀に待ってくれると考えられるほど、俺は能天気じゃない。

 奴を叩きのめせるだろうシンゲンとハガネも、この場には居ない。


 結論。俺とカルメンは、巨大蛇だか巨大魚だかに丸呑みされて死ぬ。

 もし死因を自由に選択できる権利なんかを持ってたとしても、これだけは絶対選ばないって死に方だよね。うん。


 …………。

 ダレカタスケテ。





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