地下遺跡






「ここだな」


 いつもなら多くの人出で賑わう、けれども今はすっかり閑散とした温泉街。

 その中心に建つ時計塔。ハヤック氏曰く、この中に地下遺跡へと繋がる道があるとのこと。


 ――て言うか普通についてきたけど、俺達が同行したらマズいんじゃね?


 無許可で旧時代の遺跡に踏み入る行為は、イコール盗掘行為と見做される重罪。場合によっては極刑も有り得るとか。

 重要度の低い三級なら流石にそこまではないだろうが、多額の罰金か当分の牢屋暮らしは免れ得ぬ筈。

 金払うのも臭い飯食うのもヤダ。


「問題無い。名目上はオレの助手という形になる」


 万全を期すなら後で報告書をギルドに提出する必要はあるが、と続けつつ、ハヤック氏より預かった鍵で時計塔入り口の錠前を外すジャッカル。

 良かった。なら安心だ。


「ただ、生きたトラップも多数残ってるそうだから、その辺は気を付けるように。死ぬぞ」


 やっぱり帰る。






 なんか切り出すタイミング逃して帰りそびれた。辛い。


「中、意外と明るいんですねぇ。光源なんかは見当たりませんけど」

「明かり取り用の小さな天窓を無数に設け、特殊なプリズム材で反射させ、地下全体に拡散しているらしい。蓄光性も高いとかで、何日も曇天が続かない限り、夜中でも今と変わらん明るさを保つそうだ。旧時代とは、相当に高度な文明だったみたいだな」


 そう言えば温泉街を歩いてる時、所々にガラスっぽい透明なタイルが埋め込んであった。

 アレか。あんなので明かり取りになるのか。すげぇな。


「さて諸君。一応地図は借りてきたが、この地下遺跡は中々複雑な構造だ。些か長い散歩になる、迂闊な行動は控えろよ」

「お? なんだコレ」


 忠告された端から、これ見よがしなレバーに触るなシンゲン! モロ直球で『引くな』って書いてあんだろうが! なんで引いちゃうワケ!?


 ――あぁぁぁぁっ!? 天井、天井が落ちて!


「そいや」


 落ちて、落ちて……落ちてきた分厚い吊り天井が、シンゲンの手で強引に戻された。

 そういうもんだっけ、吊り天井って。


「ちなみにトラップの類は、ひとつ作動すると周りも連動するのが普通だ。だからキョウ、そこの壁は危ないぞ。恐らく矢罠がある」


 なんで分かんだジャッカル。見た目ただの壁じゃん。つか最初に言え。


 離れようと後ずさるも、時すでに遅し。判別し辛く細工された壁の穴から矢が六本、俺めがけて飛んでくる。

 まずい避けられん。無理無理無理、死ぬ。もし死なないにしても凄く痛い。きっと毒とか塗ってある筈。


「…………ぺっ」


 と。隣に居たハガネが、道中で買って食べてた焼き鳥の串を吹く。

 それが矢の一本を迎撃。寸分違わず先端にぶつけて軌道を歪め、もう二本巻き込み、各々あらぬ方へと逸らす。

 残った三本は、億劫げに腕を伸ばし、ごく最低限の所作で容易く掴み取った。しかも片手。

 なんつー動体視力と反射神経してんだ。びっくり人間ショーかよ。


 ――た、助かった。サンキュー、ハガネ。


「…………ん」


 俺を尻目に据えた後、ハガネは金属製らしき矢を無表情のままメギメギと寒気がする音を立てて握り潰し、足元に放り捨てた。

 ……三本全部、くの字に曲がってやがる。握力いくつだ、この猛獣ロリ。


 ああもうヤダ怖い。旧時代の遺跡怖い。

 入って五分でコレかよ。例え罰金を支払うことになってでも、ハヤック氏が早急に調査の人間を送らなかった理由が分かったよ。


「クハハハハッ! 百聞は一見に如かず、手頃なデモンストレーションも済んだことだ! 目指すは地下三階、慎重に行こうじゃないか諸君!」


 行きたくない。なんでノリノリなんだコイツ。慎重にって、大声で叫ぶ台詞じゃないよね。少なくとも。


 帰る、もう帰る、絶対帰る。俺は帰る、何があろうと帰る。

 こんな命がいくつあっても足りないような場所、あと一秒だって居られるか!


「あ、キョウ。君が立っているところ、たぶん落とし穴が――」


 だから。そういうことは。先に。言え。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る