温泉街の危機
柄にもなく身体張ってジャッカルを宥めたのはいいが、やはり詳しい事情を聞かないうちは収まりがつかないらしく、紆余曲折経て応接間へと通されることに。
つか、よくよく考えればハガネが傍に居たんだ。例え斬りかかっても簡単に止められたんじゃ。
「…………そのつもりだった、わ」
尋ねてみれば、そんな返答。だからシンゲンもカルメンも動こうとしなかったのか。
要するに俺、骨折り損。なんか、どっと疲れが。
「すまなかったな、キョウ。少し取り乱した」
少しって便利な言葉だよね。言う側のさじ加減だもんよ。
ま、別にいいけどさ。
俺も抑える時、思いきりジャッカルの胸だの尻だの鷲掴んじゃったし。おあいこってことで。
後々セクハラとかで訴えないでね。お願い。
「ゴホン! えー、改めてまずは挨拶を。私が――」
「ワタクシ、当家で執事を仰せつかっておりますバトラーと申します。お見知り置きを」
起き抜けのパジャマ姿から、小綺麗な正装に着替えて現れた知事。
ついでにバトラーと名乗った、胡散臭いヒゲが特徴的な壮年男性。
「って、貴様バトラー! いつもいつも言っとるだろう、私より先に名乗るな! しかも先頃は自分だけ真っ先に逃げたそうだな、お前ホントそういうところ――」
「こちらの更年期で怒りっぽい方が、年々支持率を落とされているサダルメリク知事のハヤック様です。ここだけの話、最近浮気がバレて奥様と別居中でして」
「その紹介はやめろッ! 人のプライベートを吹聴するなッ!」
怒りっぽいのは、多分アンタのせいだよ。
青筋立てて怒鳴りつける知事を涼しい顔で受け流すバトラー氏を見て、俺達全員がそう思った。
「皆様は、サダルメリクの温泉がどのように供給されているか、ご存知ですかな?」
二度目の仕切り直し。
紅茶と茶菓子を摘みつつ、知事ことハヤック氏の話に耳を傾ける。
尚、バトラー氏は退場させられた。あの人、同席してるだけで話が進まなくなりそうなタイプだもんね。仕方ないね。
「小耳に挟んだ程度だが。確か、地下に大規模な汲み上げ用の施設が据えられてるとか」
「そう。しかし、その汲み上げが、どういうワケか昨日突然に止まってしまったのです」
ジャッカルの言に頷き、深々と溜息を吐くハヤック氏。
「街の浴場は全て源泉かけ流し。湯の供給が滞れば、当然営業も立ち行きません。観光客の皆様方には業腹な話でしょうが、どうかご理解のほどを」
「原因は分からないんですかぁ?」
こてんと首を傾げ、カルメンが尋ねる。
「汲み上げ装置の故障か不具合と思われますが、詳しくはとんと。今までこのようなことは一度もありませんでしたし、何より施設は
段々と小声になるハヤック氏の表情は、憔悴すら入り混じる、困り果てたものだった。
当然だろう。観光都市であるサダルメリクにとって、目玉の温泉街は重要な収入源。一日の閉鎖であろうと、経済的損失は相当な筈。
長引けば町の衰退に繋がる。延いてはハヤック氏の責任問題にも繋がる。
即ち、一刻も早い復旧を願うのは彼とて同じ。寧ろ、その想いは一等に強いだろう。
やがて、指先を顎に添えたジャッカルが、静かに問うた。
「……あい分かった。ひとつ聞かせてくれ。その地下遺跡の等級は?」
「は? さ、三級ですが……」
「クハハハハッ、運が良い。いや、悪運強いと言うべきか」
大陸各地に無数散在する旧時代の遺跡。
それらは歴史的価値、埋蔵品の質などによって等級が振り分けられ、管理される。
三級は最も下のランク。あらかた調べ尽くされた、半ば用済みの場所。
故。探索ギルドに登録したばかりのジャッカルでも、自由に出入りできる。
「オレ達が調べに行く。今日中に原因を特定、可能なら復旧も約束しよう」
おもむろに、左袖を軽く捲るジャッカル。
手首に嵌められた、交差する錆びた鍵と欠けた剣のエンブレムを刻んだ鈍色の腕輪。
それを目にしたハヤック氏の目が、大きく見開かれる。
さながら、地獄に在って神仏とでも巡り会ったかのように。
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