一切両断






 ハガネがワイバーンに跨って登場という理外の出来事によって、場の空気は完全に塗り潰された。

 取り分け、彼女の存在と危険度を知らず、ワイバーンを無敵の暴力装置と捉えていただろう野盗側は、まさしく混乱状態。一人残らず呆けたまま突っ立っているのがやっとの体たらく。


 無理もないけど。


「…………」


 一方、ハガネは額に貼り付く濡れた前髪を鬱陶しそうに払いのけ、此方へと歩いてくる。

 つかその前に、なんで服着てないんだコイツ。風呂上がりスタイルで動き回るな。


「…………キョウ」


 俺かよ。際どい格好で堂々と前に立たないでくれ、あらぬ風評被害を受けかねない。

 羞恥心ってもんがねぇのか。


 ――なんでしょう。


 言いたいことを全部飲み込んで、粛々と受け答える。

 迂闊に指摘入れたら、ほら、セクハラ案件だし。


 あとアレだ。今のハガネ、目が据わってて怖い。


「…………人が、気分良く水浴びしてたら……この羽付きトカゲに、服を燃やされた、わ」


 事情は大体把握しました、はい。

 まさかとは思ったけど、やっぱり鉢合わせちゃったのね。


 ――あー。ちなみにカルメンはどうし……ヒィッ!?


「…………今は……を、してるの、よ……?」


 対応間違えた。やっべ。こっわ。

 ちょ、誰かコイツの相手替わって。襟首掴みながら至近距離で瞬きもせずハイライトオフの眼差しで見つめてくる、ブチ切れ寸前な剣客ガールを宥めて。

 薄情者達め、誰も目すら合わせてくれない。俺だって逆の立場なら絶対そうするけども。


「…………誰の……仕業……?」


 どんどん温度を失って行く声音。下手人を問われ、早押しクイズ並みの速度でノックスを指差す。

 獲物を捉えたハガネは「そう」とだけ呟き、幽鬼が如き足取りで其方へと向かい始めた。


「……どうすんだよ。あの賊ども、このままじゃ死ぬよりえらい目に遭うぞ」

「是。しかし誰が今のハガネを止められる? シンゲン、君が説得するか?」

「嫌に決まってんだろ!? 女の癇癪は男の手に負えるもんじゃねーし、下手打ったら俺様まで巻き添え食っちまうよ!」


 静かに、黒々と燃え盛った怒気を纏う小さな背中。

 舞い落ちる木の葉が一枚、ハガネの肩に触れる寸前で弾け飛んだ――気がした。






 そこからの顛末は、あんまり恐ろし過ぎて一秒でも早く忘れ去りたいため、締め括りだけ纏めよう。


 翌日、無事サダルメリクに到着した俺達は、まず都市の警備隊に盗賊団の拿捕を要請。

 西方連合各地で数年間に亘り悪行三昧を重ねた賊徒の首魁ノックス及び配下百名余りは、過半数が死にかけの有様で牢獄か病院へと連行された。


 尚、彼等の擁していたワイバーン、並びにそれを操る旧時代の遺産は審議の末、俺達――書類上では探索ギルドの一員、即ち条件次第で遺産の個人所有を認められているジャッカルが管理する運びと相成った。

 入手経路については、ひとまずノックスの容体が回復するのを待ってから、調査を開始するらしい。


 ただ、壊れて使用不可能なジャンク品含め、あの笛と同じものが盗まれた記録はここ三十年以内で一切残っていないため、元から盗掘品だったという線が濃厚。

 より大きな犯罪組織の有力な情報に繋がる可能性が強いと、緊張が高まっているとのこと。

 まあ、俺達には関わりの無い話だが。


 そして、この一件に於ける功績を評価されたシンゲンとハガネは、本来なら登録から向こう三年はランクアップできないところ、異例の措置で中級傭兵に昇格。

 ジャッカルもワイバーンを使役する魔物使いという触れ込みで、情報通の間に知れ渡る存在となった。


 あと、諸々込みの報奨金は一人頭なんと金貨一枚。

 単なる商人護衛依頼の随伴だった筈が、思わぬ大金を手にしてしまった。


 つっても俺、なんもやってないけど。

 でも、立役者二人が等分するって言うから、折角だし頂いとく。

 貰えるものは病気とゴミ以外、取り敢えず貰っとく主義なのだ。





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