亜竜の脅威






 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 ――なんか、来なくね?


 吹笛より数分。

 小型でも体長十メートルは下らないワイバーンが現れるどころか、カラスの羽ばたきひとつ聞こえてこない。


「来ないっすねボス」

「あぁ、変だな……いつも通り、で待たせてた筈なんだが。メシでも獲りに行ってんのか?」


 向こうも困惑してるし。

 どうすんだよ、この状況。なんなんだよ、この待ち時間。


「オイ! ワイバーンとやらはいつ来るんだ!? 俺様、逃げも隠れもせんぞ!」

「るっせぇ、もう少し待ってろ! 今にテメーら皆殺しだぜ、ひゃーっひゃひゃひゃ!」


 冷や汗を誤魔化しつつ、精一杯に高笑うノックス。

 なんかバカらしくなってきた。


 ――もうさっさとアイツ倒しちまえば?


「極めて合理的な判断だな。笛を奪えばワイバーンの支配権もオレ達に移る。馬より速くて快適な足が手に入るぞ、今のうちに名前を考えておこう」

「では早くどうにかしろ! 何をぐずぐずしとる!」


 心なしかワクワクしながら、眼鏡をクッと上げて賛同するジャッカル。

 一方、俺の背中を叩いて急かしまくるモーブ氏。痛いわ。


 が。肝心のシンゲンはと言えば、どうも渋い表情。


「むぅ……でもよぉ、そんな怪人が変身する前に叩きのめすような真似、俺様的には少し……」


「アホかキサマは! わざわざ敵が強くなるのを待ってどうする!? ワシらの身と商会の進退が懸かっておるのだぞ!!」


 尤もな意見。でも俺の背中を叩きまくるの、そろそろやめて。


「しかし、シンゲンの言い分にも一理ある。安直な結果よりも納得を求む、要は性根の問題だ。目的のためなら卑怯卑劣も時には必要、さりとて己が美学や矜持すら擲ってしまえば最早そいつは畜生以下。それを強いるほどオレは厚顔ではない。君の意向に従おう」


 無駄に語彙力が高い厨二病の台詞回しは、話が大仰に聞こえるから困る。

 本人、絶対そんな小難しく考えてなかった筈。あたかも「その通り」とばかり頷いてるけど。


 ……まあ、元より異を唱える気は無い。好きにどうぞ。もし、それで事態が悪くなっても、別に責任を求めたりはしないし。

 なので、せめて俺だけでも味方につけようと視線を送っても無駄だよモーブ氏。長いものには巻かれる男だもの。


 第一、もう手遅れだ。


「お……? お、お、来たぁ! 来た来た来た来た! バカな羽トカゲが、待たせやがって!」


 とても数えきれない色取り取りの巨星に照らされた、地球よりずっと明るい夜空をバックに浮かび上がる、翼を持ちながらも鳥のそれとは大きく異なるシルエット。

 凄まじい羽ばたきの轟音を撒き散らし、俺達と野盗どもの間に降り立つ。


 デカい。優に体長二十メートル以上、間違いなく最大級の個体だ。

 待ち望んだワイバーンの登場に野盗陣営は湧き立ち、シンゲンもまた全身に気迫を漲らせる。


 や、そいつはいいんだけど。


 ――なんか、ボロボロじゃね?


 分厚い鱗の鎧ごと斬り裂く形で深々と刻まれた、出血すら止まりきっていない、複数の真新しい傷。

 翼と一体化した両腕に生え揃う鋭利な鉤爪も半分近くが折れ、まるで敗軍の将を思わせる有様。


 なんだろ。改めて思い返すと、さっきノックスが引っかかることを言ってたような。

 ワイバーンをどこか、とんでもなくマズいとこで待機させてたとか、どうとか。


「む……誰か、背中に乗っているぞ」

「あぁ!? ンなワケあるか、コイツは俺ちゃんですら乗せねぇ! どころか下手に触るだけでも大暴れだ、そんな奴の背中に誰が――」


 ジャッカルの呟きを否定せんと、声を張り上げたノックス。

 けれども奴の台詞は、ワイバーンの背から飛び降りた人影を見たことで、尻切れトンボに終わる。


「の、れ……あ……?」

「…………伏せ」


 軽やかな着地。首のみ振り返らせ、ぽつりと囁かれた命令。

 たったそれだけで、三日三晩休まず暴れ続けたという逸話すら残すほど凶暴な魔物は、ガタガタ震えながら、媚びるかの如く喉を鳴らし、地べたに横たわる。


 誰が見ても明白なほど、ワイバーンはに屈服していた。

 そう――鮮やかなブロッサムピンクの髪から雫を滴らせ、何故かバスタオル一枚巻いただけの姿で、赤い瞳に剣呑な光を湛えて佇む、ハガネに。





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