逆転の新商品






「はっはっは! さあ、遠慮せずどんどんやってくれ!」


 テーブルに所狭しと並んだ御馳走を指し、機嫌良く笑うモーブ氏。

 聞くところによると、このサダルメリクで商会の命運を懸けて臨んだ商談が、想像の十倍くらい上手く行ったとかなんとか。

 話半分にしたって大成功どころの騒ぎじゃないな。大盤振る舞いも納得だ。


「キサマらの活躍でライバル商会どもの企みを粉砕し、再起のための大きな一歩が踏み出せたわ! 感謝するぞ!」


 実際働いたのは九分九厘シンゲンとハガネなんだけどね。同じ括りは流石に気が引ける。

 つーか商談成功で嬉しいのは分かるが、道中の偉そうな態度を知る身としては収まりが悪い。ぶっちゃけ気持ち悪い。


 ま。そもそもあの尊大な振る舞いも、半分以上は進退窮まってた不安を誤魔化すためのポーズ的意味合いが強かったと思う。何気に責任感抱え込むタイプっぽいし。

 一集団の長たるもの常に強気で、みたいなスタンスだったんだろう。ガッツと志は買うが、ハゲそうな生き方だ。

 事実、四十手前でありながら、生え際がかなり怪しい。


「どうだ、良ければこのままディンギル商会の専属用心棒にならんか!? 金は弾むぞ!」


 そんな誘いに、バケツみたいなジョッキのビールを容易く飲み干したシンゲンが腕組みする。


「うーむ。誘いは有難いが、俺様もっと世界を見て回りたい。観光アンド武者修行だ!」


 そう言って豪快に笑い、二杯目を傾ける豪傑様。それ以上強くなってどうすんの。


 暫くぶりに見るぶかぶかのセーラー服を着たハガネに至っては、そもそも話を聞いてるのかも曖昧な無反応で、鳥の丸焼きの解体に勤しんでいた。

 ナイフ捌きすげぇ。素早く的確に骨だけ抜き取ってる。


「むう、そうか……気が変わったらいつでも訪ねてくれ、大歓迎だ!」


 祝いの席で食い下がるのも無粋と考えたのか、それ以上は目立った勧誘もせず、自身も酒と料理を楽しむモーブ氏。

 酔った勢いでかカルメンを口説こうとしたけど、あっさり袖にされてた。

 口説かれ慣れてる女って、必然あしらい方も上手いよね。美人だの可愛いだの、如何にもラノベの主人公とかが言いそうな青臭い褒め言葉くらいじゃ、表情ひとつ変えないし。






「そう言えばモーブさん。結局、アンタが後生大事に運んでた積み荷の中身ってなんだったんだ?」


 宴もたけなわ。飲み過ぎたジャッカルがテーブルに突っ伏し、満腹になったハガネも座ったまま居眠りを始めた頃合い、一番飲んでるくせ未だシラフに近いシンゲンが、ふと尋ねる。


「む? おお、そうだな。無事に販売権も得られたことだ、もう明かして構わんだろう」


 もったいぶった調子で頷くモーブ氏。

 次いで何故か周りを見渡し、御手洗いに立ったカルメンの姿が無いことを確認すると、俺とシンゲンに近くまで来るよう手招いた。


「……実は最近、ワシの抱える職人がゴムの強度を保ったまま、一ミリの百分の一以下まで薄く加工する技術を発見してな。それを使い、手始めにある新商品を作り上げたのだ。試供品にひとつずつくれてやろう」


 声を潜めつつ、何か手渡される。

 数センチ四方の正方形。中身の分だけ膨らんだ、密閉してある小さな袋。


 …………。

 いや何かと思えば。これって、どう見てもアレだろ。


「こいつは凄いぞ。夜の営みの際、ナニに装着することで相手の妊娠や性感染症を防げる上、外側には滑りを良くするローションも塗り込んである。同じ目的の品は古来よりあったが、使い心地も生産コストも衛生面も、これとは全く比べものにならん。サダルメリクの娼館や馴染みの得意様達に売り込んだところ、凄まじい量の発注を頂いた」


 どんだけ使う気だよ、お得意様達。


「まさに歴史を変える大発明だ! 職人には、たっぷり金を払ってやらんとな! はっはっは!」

「……なあ、キョウ」


 ――いや、うん……まあ。


 膝を叩いて笑うモーブ氏を他所、微妙な表情で向き合う俺とシンゲン。


 この人、コレを必死こいて守ってたのか。

 こっちの世界での商品価値は兎も角、現代日本人の価値観からすると、とても反応に困る。


 取り敢えず、愛想笑いで拍手しといた。






 今宵この時より数年後。

 一時は倒産も目前であったディンギル商会だが、起死回生の新商品によって齎された多大なる利益を踏み台として再び勢い付き、瞬く間に嘗てと同等、或いはそれ以上の地位と財力を掴み取ったという。

 どっとはらい。





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