最後の夜






「今日で六日目。明日の昼にはゴールインだ」


 ネットスーパーの惣菜で夕食も済ませた夜営中。地図アプリに表示された現在位置を指差しながら、ジャッカルが告げる。

 尚、カルメンとハガネは近くの泉で水浴びしているため、話の場に居るのはジャッカルを除けば男衆だけ。


 さっき、お約束を守って覗きに行こうとシンゲンに誘われたが、まだ死にたくないので断った。

 カルメンなら兎も角、ハガネはマジでヤバいから。ブツ切りにされそう。


「四日目以降、ぱたりと途絶えた襲撃だが……まあ、オレなら今夜を狙うな」


 徐々に火勢を増す断続的な三度の戦闘で消耗させ、そこから敢えて間を挟み、無駄な警戒を強い、気力を削ぎ落とす。

 襲われるかも知れないと思うだけで、人はまともに眠れぬもの。正直、俺も寝不足気味。


「戦力の小出しは愚策と言うが、投入のタイミング次第では良策と化す。溜まった疲労に加え、間近となった目的地。誰であれ大なり小なり緩む。ごく当たり前の、だからこそ抗い難い根源的な人間心理。そこにつけ込めば牙城を崩すなど容易い」

「俺様は毎日元気溌剌だ! 昨日も十時間爆睡だったしな!」

「話がややこしくなるから君は黙ってるように。マシュマロでも食べていろ」


 口の中に丸いマシュマロを放り込まれ、もぐもぐと咀嚼するシンゲン。単純明快な直列思考って時々羨ましい。

 でもそれカルメンのだぞ。怒られても庇わないからな、俺。


 余談だが、俺にネットスーパーや通販サイトの利用が可能であることを暴かれて以来、ジャッカルは各者の欲しい物も注文してくれるようになった。

 日本刀が売ってない、とハガネは落ち込んでたけど。売ってるワケねぇだろ、木刀で我慢しろ危険人物。


「よって依頼人。貴殿にも迂闊な行動は控えて頂きたい。其方に万一があっては、シンゲン達の仕事が失敗に終わってしまうゆえ」

「言われずとも馬車の中に篭っておるわ! キサマらこそ警戒を怠るなよ!」


 隈の浮いた目でジャッカルを睨み、踵を返すモーブ氏。

 あの人もロクに眠れていない筈なのだけれど、その割には元気。タフなオッサンですこと。


「む……むぅっ……」


 かと思えば、よろけて膝をついた。

 やはり連日の襲撃で、相当に気が張り詰めてるらしい。


 ひとまず、俺が肩を貸すことにした。

 威圧感の塊であるシンゲンや、護衛初日の昼飯で殺人料理を出してきたジャッカルよりは、モーブ氏もマシに思ってくれるだろうし。


「よ、余計な真似をするな……自分で歩けるわい……」


 そんな弱々しい声音じゃ説得力ゼロ。本当に大丈夫なら怒鳴ってみろ。

 ホント、今にも倒れそうだよ。ダメな時くらい、人の厚意は素直に受け取っておくもんです。


「ワシは……ワシは何があっても、商談を成功させねばならんのだ……」


 意識が朦朧としてるのか、うわ言みたいに呟くモーブ氏。

 ジャッカルの話だと経営厳しいらしいし、よっぽど今回に賭けてるんだろう。

 落ち目の商会を盛り返そうとする野心家な三代目、か。そのガッツは尊敬するよ。


 馬車近くの寝袋まで運ぶべく、小太りな身体を支える。

 俺とそう変わらない背丈だってのに重い。ダイエットしろ。


 悪戦苦闘しつつ、二歩三歩と進む。

 そして、四歩目を踏み出した直後――風切り音と共に、一本の矢が、俺の足元に深々と突き刺さった。





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