ノックス盗賊団






 心臓、止まるかと思った。


 足を前に浮かせた体勢のまま、固まって矢を見下ろす俺。

 やや遅れてモーブ氏も気付いたらしく、悲鳴を上げて倒れ込んだ。


「ッ襲撃だ! シンゲン!」

「おうよ、任せなぁっ!」


 岩壁につけた馬車を背として、シンゲンが俺達三人の盾となる形で構える。

 頼もし過ぎて泣きそう。


「依頼人、馬車の下へ。流れ矢に当たる」

「わ、わわ、分かった……!」


 這いずって言われた通りにするモーブ氏。

 こんな状況じゃあ、得意の悪態も流石に出てこない様子。


 俺達は包囲されつつあった。

 開けた空き地の外、木立の奥から此方を窺う視線と気配。

 俺ですら明確な殺気を感じるあたり、かなりの人数だ。


「シンゲン。数は分かるか」

「分かるワケねぇだろ、そーゆーのはハガネの領分だ。なーに、引っ張り出してやりゃいいだけの話さ」


 次々飛来する矢を拳の風圧で払い落とし、飛んできた方へと手近な石を当てずっぽうに投げ込むシンゲン。

 一投一投が砲弾みたいな威力。大木を爪楊枝の如く何本もへし折り、驚愕の叫び声がそこかしこで響き渡る。


「オラァ姿見せろやチキンどもが!! それとも逃げてカーチャンに泣きつくか、あぁッ!?」


 ビリビリと空気を震わす恫喝。

 安い挑発だが効果はあったらしく、続々と現れる武器を持った野盗達。

 見えるだけでも五十人から六十人。今までの襲撃とは比較にならない。

 

「あ、あいつは……ノックス!?」


 シンゲンに負けず劣らずの巨漢を従えた、顔面に毒々しい刺青タトゥーの入ったスキンヘッド。

 そいつを目にしたモーブ氏が、震えた声で小さく叫ぶ。


 ――ノックス?


「ふむ……確か、西方連合一帯で略奪行為を繰り返す賊の名。悪質なロクデナシ集団を取り纏める親玉だ」

「ひひひひひっ! そのとーり、俺ちゃんがノックス様だぁよ!」


 嫌いなタイプなのか、あからさまに辛辣なジャッカルの説明に対し、寧ろ誇るかのように肯定するスキンヘッドことノックス。

 薬でもキめてるのか呂律が怪しく、目も異常に血走ってる。

 怖いっつーか、ヤバい。具体的にはハガネの千分の一くらいヤバい。


「新入りの下っ端どもが纏めてやられたっつーから俺ちゃん直々に来てみりゃ、なるほど強えぇのが居るなぁオイ! よぉデカブツ、傭兵なんてケチくさい真似してねぇで俺ちゃんとこに来ねぇか? いー思いさせてやるぜぇ?」

「冗談は顔だけにしやがれ。俺様は野盗なんて生き方、まっぴらだ」

「ひゃーっひゃひゃひゃ! 言うじゃーねーか!」


 皮肉の利いた返しを受け、何が面白いのかノックスは腹を抱えて笑い転げる。

 ひとしきり笑った後、節くれだった指をパチンと鳴らした。


「よぉし野郎ども、存分に暴れろ! ただし積み荷は傷付けるなよ!」


 首魁の号令を受け、一斉にそこかしこで上がる咆哮。

 各々武器を振りかざし、四方八方より俺達に襲いかかる。


「ヒイイィィッ!? もうダメだ、おしまいだ、死ぬぅぅぅぅッ!!」


 うずくまり、泣き叫ぶモーブ氏。

 気持ちは分かる。こんな状況、俺だって本当ならビビりまくってる。


 しかし幸いなるかな。此方には最強のバケモノがついているのだ。


「――じゃかぁしいわ三下どもがぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 さっきの恫喝が子供の駄々に等しい声量、圧力。

 小石くらいなら吹き飛ぶ衝撃がシンゲンを中心に撒き散らされ、野盗達の足が止まる。


 開幕。


「邪魔だ」


 手近な一人の襟首を掴み、地上からは米粒ほどの視認サイズとなる高さまで、勢い良く放り投げた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る