08話.[悪い気はしない]

「母ちゃん、ちょっといいか?」

「ええ、いいけれど」


 食事と入浴を済ませてゆっくりしていた母には悪いが話しておかなければならない。


「ん? 座りなさいよ?」

「あ、おう」


 横に座らせてもらってひとつ息を吐く。

 それだけでおかしいと感じたのか「いつもの保らしくないわね」と言ってきた。

 確かにそうだ、確実に俺らしくない行為だこんなの。


「母ちゃんは満先輩を知っているだろ?」

「ええ、中学時代はよくあの子の話をしていたから」

「もしさ、その満と付き合うって言ったら……どうする?」

「え……それってもしかして」

「ああ、つまり、だから……うん」


 こういう反応になるのも無理はない。

 親なら、相手が息子なら、そうしたら気になる異性と仲を深めてほしい、付き合ってほしいって思うだろう。


「あなたは満君のことが好きなの?」

「……これからちゃんと考えるつもりだけど」

「あなたが満君のことを好きで、満君もまたあなたのことが好きならなにも言わないわ」

「そう……か」

「ええ、同情で受け入れるとかそういうことでなければ私は構わないわ」


 母は「もう寝るわ」と言ってリビングを出ていこうとした。


「あ、聞いてくれて、答えてくれてありがとなっ」

「ふふ、ええ、おやすみなさい」


 こちらも部屋に戻ってベッドにダイブする。

 それから枕を顔面の上に乗っけて思考タイム開始。

 とはいえ、考えられることも限られてくるんだよなあと。


「電話でもかけるか」


 あの後は母に呼ばれたとかで強制的に別れることになったからな。

 飲食店でも暗いままだったからろくに話もできていないから。


「あ、満先輩? いま大丈夫ですか?」

「うん、いまからお風呂に行こうとしていたところだったけど」

「あ、それなら出たらまた連絡しますよ」

「いいよ、それでどうしたの?」

「母に話してみました」


 満は数秒の間、なにも発さなかった。

 驚いたのか、それともなんでそんなことをしたのかという怒りか、勝手に話されたことによる悲しみか。


「いまから会える?」

「あ、俺は大丈夫ですけど」

「じゃ、いまから会おう、近くの公園で」

「分かりました」


 通話したままでもいいのに切られてしまったからしまって外に出る。

 いまは約21時、一応母には言ってからではあったが歩き出した。


「ごめん、急に出てきてもらって」

「いいですよ、俺はもう済ませていますからね」

「座ろっか」

「はい」


 この公園には久しぶりに来たけど、暗いな。

 仮にひとりでここに居続けることになったら普段は怖くなくても気になるかもしれない。

 がさっとか音が鳴ってみろ、飛び上がって走り去ることになるぞ。


「そうだ、とりあえず敬語はやめてくれないかな」

「ま……そうだな」


 いまそこに拘っている場合じゃないから。


「で、……お母さんはどう答えたの?」

「俺らがちゃんと好きな者同士だったらなにも言わないってさ」

「え、……止めなかったんだ?」

「ああ、そこは俺も意外だったけどな」


 どうしようもなくてとりあえず言った可能性もあるが。

 でも、母は真っ直ぐに言うタイプではあるからそんな回りくどいことはしないか。

 駄目なら駄目だと言ってくれるからそこは不安にならなくてもいいかもしれない。


「満先輩は俺のことが好きなんだよな?」

「そうだよ、また会えてからも優しくしてくれたから」

「優しくしてもらえたのはこっちだけどな」


 泣いたのは本当に離れたくなかったからだ。

 けど、それをいまのこれと結びつけようとするのは違う……かねえ?

 一緒にいると安心できる相手ではある、最近の絡み方は告白されたことによってなるほどと納得できたし。


「……受け入れてほしい」


 だろうなという感じの発言だった。

 そりゃ告白したら相手には受け入れてほしいと思うわな。


「でも、脅すようなことをして受け入れてもらうのはしたくないから、保君に任せるよ」

「おう」

「けど、……やっぱり受け入れてほしいなって。大学も県内にある学校を志望するつもりだからさ、卒業してからも会えるし……」


 受け入れるのであれば、会いたいと言われれば必ず会うつもりでいる。

 だからそこで不安になる必要はないということを説明しておいた。


「あーもう! くそっ」

「ど、どうしたの?」

「……これで受け入れないって言ったら糞だろ」

「え、じゃあ……」


 頭をがしがしと掻いてごちゃごちゃをどうにかしようとしたものの、逆効果だった。

 好き同士ならなにも言わないって言っていたけど、やっぱりそうじゃなくてもこのままにはしておけないわ。


「満さえ良ければ俺は受け入れる」

「ありがとう」

「だから、今日はとりあえず帰って風呂入って寝ろ」

「あ、……そっちに泊まってもいい?」

「じゃ、着替えを取りに行くぞ」


 なにがあっても自己責任だ。

 少なくとも両親に迷惑をかけることはしないと約束しよう。

 満の家に着いてから約30分後に外に出てきた。

 なんでも俺の家の風呂場を利用するのは申し訳ないからだそうだ。


「せめて言ってからにしろよ……」

「ははは、ごめん」

「いやいい、行くか」

「うん」


 眠い、昨日はちゃんと早くに寝たのにどうしてだろうか。

 母に言う、満に言う、たったそれだけでかなりの体力を持っていかれたのだろうか?


「え、もう寝ちゃうの?」

「悪い、眠いんだ」

「話そうよ、テストも終わったんだから起きてられるって」

「いや、焦るなよ」


 頑張って体を起こしてみたものの、瞼同士がくっつきたくて仕方がないみたいだった。

 満は必死な顔で「まだ起きてて」とか「早く寝たら損だよ」とか言っている。

 ま、明日が都合良く休みだというのはあるのだが、中々耐えられるものじゃない。


「そうだ、下から敷布団を持ってきてやるよ」

「それはありがたいけどまだ起きててよ」

「はいはい……こうすれば満足か?」

「うぇ……」

「ふっ、すっかり大人しくなったなー」


 さっさと敷布団を持ってきて寝かせよう。

 受験勉強をしなければならないとはいえ、どうせ来年の3月までは一緒なんだから。

 焦ってもいいことがなにもないことはこれまで生きてきて本当に嫌という程味わってきているから気をつけているのだ。


「どうした?」

「……よく見たら敷布団は二組あるみたいだからここで寝ればいいでしょ」

「ま、上に持っていかなくて済むのは楽でいいか」


 ささっと敷いて電気を消して。

 布団もちゃんとかけて目を閉じる。

 にしても、軽いのに本当に暖かいなこれ。


「手を繋ごうよ」

「いいぞ、ほら」

「おやすみ」

「おう、おやすみ」


 満と再会するまでの自分に同性からの告白を受け入れるぞって教えたらありえないって笑うだろうなと考え、ふっと笑みが零れた。

 本当になにがあるのかなんて分からないもんだなあ。

 高校生の野郎が同性の手を握って寝ようとするなんてさ。


「保君のこと好きだよ」

「おう、ありがとな」


 目が暗闇に慣れてきてその顔もよく見えた。

 でも、こうして嬉しそうな顔をされていると悪い気はしないなってそう思ったのだった。

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