29作品目

07話.[いつもありがと]

「おー……まじかよ」

　満に告白されたことが引っかかって全く集中できない。

　初めてのテストを赤点という結果で終えるのは嫌だからなんとか頑張ろうとしているのだが駄目だった。

「やっほー、後輩君」

「よく来てくれましたね、彩先輩」

「ん？　いつもの君と違って元気がないね？」

　だからってあのことを言うわけにはいかないからテストで不安だと言っておく。

　彩先輩も特に気にすることなく「やっちゃえば大丈夫だよ」と言ってくれたうえに笑ってくれたから少し楽になった。

「満のことに関してじゃなかったんだね」

「え、もしかして……」

「うん、本人が言ってきたから」

　じゃ、無駄に嘘をつくことになってしまったわけか。

「すみません」

「いいよ、だって満のことを考えて言わなかったんでしょ？」

「それは……そうですね、ほいほい話されたら嫌でしょうから」

　だって俺が可愛い女子だとか綺麗な女子ならともかく、満よりも大きく可愛げがない男なんだしさ。

　広まったら終わる、残り少ない学校生活を窮屈な思いをしながら過ごすことになるから。

　そうなってほしくはない、恩を仇で返したいわけじゃないんだ。

「ちなみに余計な情報かもしれないけどさ、私は君のことをいい子だとは思っているけど、気にしているとかそういうのはないからね？」

「あー……まあ、そうでしょうねとしか」

「でも、本当に後輩君といられる時間は好きだよ、いつもありがと！」

　少し残念だけどそれで良かったのかもしれない。

　これで悩まなければならないのは満のことだけについてだから。

　つまり、俺が受け入れるかどうかというだけの話だ。

　そこに他者の意見は必要ない、俺がこれだという答えを出して聞かせてやればいい。

　……即答しなかったのはもしかしたら先輩が俺のことを好いてくれていた可能性があると考えていたからだろうか。

　いや違う、仮にそうだとしても同性恋愛はありえないってどうしてならなかったんだ？　満が優しいからか？

「後輩君」

「な、なんですか？」

「難しい問題かもしれないけどちゃんと考えてあげてね、気持ち悪いとか言わないであげてね」

「そんなこと言いませんよ、好かれるのは普通に嬉しいことですからね」

　現時点で気持ちが悪いとか思っていないしな。

　ただ、普通ではないと考えてしまっている時点で同じなのかね。

　もしそうなら俺はかなり残酷なことをしてしまったのだろうか。

　保留にするってことはもしかしたらって期待を抱かせてしまっているのかもしれない。

　今日来なかったのはまず間違いなくこの前の告白が影響しているだろうし。

「満もまず間違いなく後輩君がいてくれて良かったって思っているはずだから」

「はい、ありがとうございます、少しすっきりしました」

「それじゃあね、私は残って勉強とかやるタイプじゃないので」

「気をつけてくださいね」

　しゃあない、たまには自分の方から行ってみるか。

　４階へ上がったのは地味に初めてと言えるかもしれない。

　なんか雰囲気が違うような、あまり変わっていないようなそんな感じ。

「あ、満先輩」

「た、保君……が来るなんて思わなかったな」

「どうせなら一緒にやりませんか？　分からないところがあったら聞きたくて」

「あ……うん、いいよ」

　教えてもらう側なのにわざわざ来てもらうのは悪いから荷物を持ってきてここでやることに。

　別に年上の教室に居座るぐらいで緊張するような人間じゃないからな、逆に堂々といてやろうじゃないか。

「どうして今日は来てくれなかったんですか？　待っていたんですけど」

「いやほら……」

「別に気持ち悪いとか思っていないですからね、変な遠慮をしないでくださいよ？」

　とはいえ、こうしてやるのはいいが自分も集中力が長く続くわけではないんだよなあと。

　結果、３０分ぐらい真面目にやった時点で満足して手が止まってしまった。

「あの、この後って時間ありますか？」

「うん、少し勉強をすることができる時間を確保してくれれば、もう明日はテストだからね」

「じゃ、満先輩の家に行っていいですか？　それかもしくは俺の家に来てほしいんですけど」

　全く集中できていなくてテスト前日になってしまっていたのだ。

　だから集中力が続かなくてもやっておかなければならない。

　それにほら、満だってその……俺といたいかもしれないし？

　少し利用するような形になるのは悪いがデメリットばかりでもないだろうし。

「な、なんで？」

「家に帰ったらまた集中力が回復するかなと、前日とかが１番緊張するんですよ」

「分かった、それなら保君の家に行くよ」

　よし、俺の家であればまだ緊張しないな。

　いまはただただテストを上手く終わらせることだけ考えておけばいい。

　そこからでも十分時間がある。

　卒業したらすぐに就職というわけでもないから焦らなくてもいい。

「満先輩は緊張していますか？　もう３年で数回テストを受けいているわけですけど」

「あんまりかな、普段から真面目にやっているつもりだから」

「くぅ、そういうこと俺も言ってみたいですよ、一応真面目にやっているつもりでも毎回前日になるとすっごく緊張するんです。だけど、当日になると案外こんなものかって感じでいられるんですよね」

「それも分かるよ、勝手にマイナス方向に考えて駄目になるときがあるから」

　俺がそのタイプだな、入学式の日もそんな感じでやばかった。

　でも、終わってみたら案外あっさりとしていて、教室でぼけーっとしていたんだ。

　中々変わらないものだ、小学生時代からずっとそうだからな。

「……それで急になんでこんなことを？」

「え？」

「もしかして同情とかそういうの？　もしそうならいらないけど」

「え、ちょ、待ってくださいよ、俺はただいつも通り一緒にいたかっただけ――」

「そうなんだ、それならいいけどさ」

　あくまで通常通りに接しようとしたから怪しかったということなのか？

　だけど俺はいまそのことに集中しているわけにはいかないのだ、赤点がないと分かってからでも遅くはないのだから。

　が、残念ながらそこからは満の雰囲気が厳しいままで、とてもじゃないが教えてもらうなんてこともできず。

「もう帰るよ」

「あ、……ありがとうございました」

「余計な気を使わないでね、それにどうせ駄目なら早く言ってほしい」

　これは仮に断ってもがっかりしたような顔になることはないだろうが……こういうタイプの難しいところは隠せてしまうということなんだよな。

　家を出てからとか、家に帰ってから感情を出すとかもありえる。

「愛ちゃんを利用する形になっちゃったのは申し訳ないけどさ、僕は保君に言えただけで満足しているから」

「待ってください、俺はいまテストに集中したいんですよ」

「だから断ればいいでしょ？　そうすればテストだけに、学校生活だけに意識を向けることができるでしょ」

　もう無理だって考えてどうでもよくなっているのかもしれない。

　保留にされたことすらも引っかかっているんだろう、どうせ後で振るのにって確実に。

「いますぐは出せません」

「なんで？　君の中ではもう出ているよね？　同性同士なんてありえないって……分かってるんだよね？」

「出せません、いまはテストに集中させてください」

「……分かった、今日はもう帰るよ」

　ふぅ、はっきり◯◯をしてほしいって言ってくれる先輩はよかったんだな。

　逆にそういう言い方をする方が相手は気にするということを満は分かっていない。

　もっと感情的になってほしい、好きになってよって言ってくれればもう少し楽になる。

　どうせ無理だからとか言うなら告白なんかしてくるなよって言いたくなる。

「とにかくテストだ」

　それさえ無事に乗り越えられればなんとかなるわけだから。

　今日は１日中静かだった。

　まあ、テストなんだから当たり前だという話だが。

　いつもは賑やかな教室内が静かなのは少し新鮮な感じがする。

　よし、とりあえず１日目は問題なく終わりそうだ。

　気になることがあるとすれば満の最後の態度、だろうか。

「相馬、答案用紙貸してくれ、持っていくから」

「あ、悪い、よろしくな」

　残っていても仕方がないから帰路に就くことに。

「後輩くーん！」

「彩先――ぐはぁ！？」

　……危ない、なんとか受け止めることができた。

　正直に言ってここで受け止めておかなければ先輩は落ちていたことになるからな。

「危ないですよっ」

「ごめんごめん、一緒に帰ろ？」

「はい、帰りましょうか」

　先輩と一緒に行動するのはＧＷ２日目以来か。

　いまとなっては情緒不安定な満といるよりも楽な相手となってしまった。

「満はどう？　私のところにも来ないからよく分からなくてさ」

「普通でしたね、普段から真面目にやっているから緊張しないと言っていましたよ」

「あはは、満らしいなあ」

　そういえば先輩も年上なんだよなあと今更なことを考えていた。

　それでまたじっと見てしまっていたからだろうか、こちらを見ながら「そんなに見ても好きにはならないよー？」と言われてしまう。

「後輩君、後はよろしくね」

「え？　あ……はい、分かりました」

　こちらは逃げるつもりなんてないから気にしなくてもいいだろう。

「声をかけてくださいよ」

「……彩と楽しそうだったからね」

「残念ながら振られましたよ、この前満先輩が勘違いしていた日に」

「……同情じゃなかったってこと？」

「当たり前じゃないですか」

　勘違いしてほしくないから今度も自分から近づく。

　マイナスな思考をしていたところで暗くなっていくばかりだ、いつも通りを取り戻してほしいと思っていた。

「お願いします、いつも通りのあなたでいてください」

「そう言われても難しいよ……」

「とりあえずいまは明るいままでいてください、あと２日だけ頑張ってくれればいいですから」

　今日の感じだけで判断すれば残り２日も油断しなければ問題ないから終われば集中できる。

　そうしたら他のことより満のことを優先すると約束しよう。

「って、テストが終わったら答えてくれるの？」

「と言うより、テストが終わってからゆっくり考えるという感じ――」

「それはあと２日だけじゃないよね？」

　細かいことは気にしないでほしい。

　男なら大雑把でいいのだ。

　いつでもそればかりでは後に困ることになってしまうかもしれないが。

「もう顔に出てますよ」

「……って、撫でるのはどういうつもりなの？」

「いまは俺の方が年上のように落ち着けていますからね、あ、でも、ここまでですね」

「また明日ね、明日までにはなんとか頑張って……」

「はい、それじゃあ明日もよろしくお願いします」

　あー、確かにこれで振ったら糞野郎だよなあ。

「あー……」

　どうすればいいのかね。

　仮に受け入れるとしてもどう言うべきか。

　変に変えようとするよりもいつも通り真っ直ぐが１番か？

　そうでなくてもいまは満が微妙な状態だから回りくどくするとより不安にさせてしまうだろうからな。

「保、なにやっているのよ？」

「え？」

「もう朝よ、それに７時半だから」

　まじかよ、寝落ちしてしまったのか。

　油断していなければ最後まで無問題で～的なことを考えていたくせにこれだ。

　……１日ぐらい風呂に入っていなくてもいいか、学校に着いたら速攻で確認をすればいい。

　眠気だけはないけど最後までこの調子だと困るぞ。

　とにかくいまはテストに集中だ、あとは本番を乗り越えるだけだからな。

　ただまあ、静かだと寝たくなるのが正直なところで。

　それでは不味いから、さっさと問いてぼけっとしておくことにした。

　あれだな、寧ろいつも通りでいてくれないとむかついてくるな。

　俺はまだなにも言ったわけじゃないのに勝手に悲観して俺が同情しているみたいな言い方をされるのはふざけるなって感じ。

「相馬ー」

「あ、昨日といい悪いな、よろしく」

「おう」

　よっしゃ、こうなったらまた突撃するだけだろ。

　教室内に一切気にせずに突撃。

「た、保君っ？」

「帰りましょう」

「うん、終わったら帰るだけだからね」

　何故か驚いているところが見れただけで満足できてしまった。

　同性を驚かせて安心するような人間ではなかったと思うがどうしてだろうか。

「テストはどうだった？」

「今日寝落ちしてて少し焦りました」

「だからなにかがあったときのために普段からちゃんとやっておくといいよ、いきなり詰め込んだ知識は簡単に出ていってしまうからね」

　幸い、溜め込んだ知識が吹き飛ぶこともなくて良かった。

　ぼけっとできたのはある程度の余裕は俺にもあってくれたということだ。

　もちろん、きちんと確認したうえでのことだから現実逃避をしているわけではない。

「不安なら教えるよ？」

「お願いします、少しまだ不完全なところがあるので教えてください」

「じゃ、受け入れて？」

「それとこれとは別です、行きましょうか」

　テストが終わったら５月もすぐに終わって６月が始まる。

　そうしたら雨が降るのが当然になり、微妙な気分で通うことになるのだろうか。

　それとも、満や先輩がいてくれることで少しはマシになるのだろうか。

「満先輩は雨って得意ですか？」

　当たり前のように家に上がらせてもらって、勉強をやる前に聞かせてもらった。

　一旦区切りをつけないと駄目だ、あと聞きたいこととかは先に聞いておいた方がいい。

「うん、雨は好きだよ、音が好きなんだよね」

「あー、確かにぼけっとしているときには最適なＢＧＭですね」

「でも、いまはお勉強を始めてください」

「そんな嫌味ったらしい言い方をしなくていいじゃないですか」

　言われなくても来たからにはやるさ。

　分からないところがあれば聞ける、教えてもらえるという環境で真面目にやらないわけがないだろう。

　しかもいま俺らが集まる理由はそれだけだ、なのに結局お喋りばかりできちんとできませんでしたーじゃ話にならない。

　自分で自分に呆れてどうしようもなくなるから。

　それから俺の母が帰ってくる１９時過ぎまでは真面目にやった。

　分からなかったらすぐに聞くのではなく、きちんと考えてから聞くという風にしたから確実にいい方向に働いてくれていると思う。

「ありがとうございました」

「うん、明日で終わりだから頑張ろう」

「そうですね」

「そうしたら……」

「逃げませんよ、それじゃあまた明日もよろしくお願いします」

　今日こそ寝落ちしてもいいように食事や入浴をさっさと済ませておいた。

「寝る前にやっておくか」

　少し勉強もして、２１時には電気を消してベッドに寝転んで。

　３日目になってもやることは変わらない。

　さっさと問いて、何度か確認をして、終わったらぼけっとする。

　今度は迷惑をかけないようにしっかり答案用紙を渡して、休み時間になったら息抜きのために廊下に出てゆっくりとして。

　次もその次も同じこと、俺にとってはテストなんかよりも満とのことの方が難しいかもなって途中何度もそう思った。

「後輩君っ」

「はは、今度は負けませんよ」

「ちぇ、１回目も受け止めるしさー」

「テストも終わりましたからね、これぐらい余裕ですよ」

　テストも終わったからということで３人でファミレスに行くことになった。

　何故か満の様子がおかしいが、まあ、気にせずに楽しんでおけばいいだろう。

　今回はちゃんとご飯類を頼んだ、母には言ってあるから無問題。

「ねね、満はなんであんな暗いの？」

「さあ」

　俺の横に座っている先輩が聞いてきたが分からない。

　なにか失敗してしまったのだろうか、最後の最後で思い出せなくて１００点を逃したとか？

　大抵、１００点取れただろって思っていると９７点とかになるからやめておいた方がいいが。

「まあいいかっ、ご飯を食べよーっ」

「そうですね」

　しかもまだ昼というのがめちゃくちゃいい。

　今日はさっさと帰ってのんびりとしよう。

　満のことを優先するのは明日から、特になにもなくなるからそれでいいだろ？

　が、数分後。

「うわーん……後輩君のばかぁ……」

　何故か机に突っ伏していじけ始めてしまった先輩。

　対面に座る満は暗いまま、うん、とてもじゃないがこのままいたら迷惑だ。

　なのでまとめて会計を済ませて退店、ふたりの腕を掴んで帰路に就く。

「あ……こっちだから帰らないと」

「ひとりで大丈夫ですか？」

「うん、後輩君は満の相手をしてあげて」

「分かりました」

　結局、なんだったのだろうか。

　最近はあまり相手をしてあげられていなかったからだろうか？

　もしそうならテストも終わったことだし相手をするが。

「で、満先輩は今日どうしたんですか？」

「……終わったよ」

「ああ、そういう」

　そうじゃないかって考えていたけどいざ実際にこうなるとなあ。

　でも、約束は守らないとな。

　これ以上不安な気持ちにさせないためにも。