06話.[時間をください]
「兄ちゃん兄ちゃんっ、兄ちゃん!」
「あ……そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるぞ愛」
体を起こしたらそのまま衝突してくる愛。
「待て待て、危ない」
「あ、そうだな、ごめん」
そもそもどうして愛がここにいるんだ?
もうGW最終日だし、愛は他県に住んでいるしでいないはずなのに。
「さ、ゆっくり話してくれ」
「うん、この前の女の人がいてな」
「彩先輩のことか? 結構な頻度で会うんだな」
今年は縛りもあまりなくて自由だーとかメッセージで送られてきていたものの、家にいるよりも外にいるのが好きなのだろうか。
「そうじゃないっ、その女の人が男の人と歩いていたんだ!」
「そりゃ歩くこともあるだろ、友達が多いって言っていたからな」
相手は満か、それとも違う男の人か。
仮にそうでも自由なんだから外野がとやかく言う必要はない。
「だって、兄ちゃんが好きなんだろ?」
え、いつの間にか俺が好きだということになっているぞ……。
あくまで気に入ってもらいたくて仲良くさせてもらっていただけなんだけども。
「俺はあくまで仲良くしたかっただけだぞ?」
「そうなのかっ? そうか、じゃあ問題はないなっ」
とりあえず、下に移動して顔でも洗おう。
「あぁ、すっきりした」
「今日って暇か?」
「ああ、特にやることもないな」
「それなら遊びに行こうっ」
拒んだら絶対に露骨にがっかりとしたような表情を浮かべるから付き合うか。
少しのお金を持って行っておけば俺も少しは遊べるかもしれないから悪くない話と言える。
「それでどこに行くんだ?」
「分かんない」
「そういえばそうか、じゃあどこに行きたいか言ってくれ」
「とりあえずクレープが食べたい!」
「分かった、行くか」
こういうときに商業施設とは最強の場所だと思う。
急に気が変わってもある程度はそこにあってくれるから移動距離があまり増えない。
にしても、GWだから人が多いな。
「愛、手を握っておくぞ」
「うんっ」
人が多いところが嫌いというわけではないが少し面倒くさいことは確かだ。
人が色々な方向に歩いていこうとするからぶつかりそうになることも多い。
なんなら気にせずに真っ直ぐ歩いて、こっちの肩とかにぶつかっても謝罪なしの人とかいる。
「兄ちゃんっ」
「ん?」
「見つけたっ、この人だっ」
止まってもいいところに移動してから足を止めた。
俺は愛の手を握っていて、その愛は、
「捕まえられちゃった」
「この兄ちゃんがあの女の人と歩いていたんだ!」
やっぱりって感じの人物の手を握っていた。
そりゃ歩くだろうよ、だって幼馴染なんだから。
俺はそれよりもこの人混みの中でよく会えたなと思った。
少しでもタイミングがずれれば会えないまま1日を終えることが多いのに。
「保君、この子は誰なの?」
「親戚の子なんです、中学3年生の子で」
「あ。彩が言っていた子はこの子のことだったんだね」
初日にわーわー騒いでいたのは愛だけだった。
彩先輩の方は最初からあくまで普通だったことになる。
それどころか途中からは可愛いとか沢山言っていたぐらいで先輩の方は歓迎ムードだった。
だから話をしていてもなにもおかしいとは思わない。
「あ、そういえばこんなところでどうしたんですか?」
「実はふたりを見つけてからずっと追っていたんだよ」
「それなら声をかけてくださいよ」
それか連絡をするとか合流する方法はいくらでもあるだろうに。
愛が捕まえていなければずっと追われていたと考えると、……少し不気味な感じがした。
どうせならと満も連れてクレープが食べられるところに行くことに。
「へえ、愛ちゃんはこっちの高校を志望するんだね」
「うん、兄ちゃんと一緒に通いたいんだ」
「いいなあ、僕なんて3月で卒業だしなあ」
「満兄ちゃんは大学に行くのか?」
「そうだね、だから愛ちゃんと一緒で受験勉強を頑張らなきゃ」
へえ、大学に行くのか、最近は大学卒が前提みたいになりつつあるからか?
俺は特にないから3年になったら就職活動を頑張らなきゃいけない。
「満兄ちゃん、意外とツナもおすすめだぞっ」
「美味しいよね、だけど今日は甘い方がいいかな」
「それならシンプルな生クリームたっぷりのやつがいいぞっ」
「んー、これにしようかな」
兄妹に見えて微笑ましかった。
俺は邪魔しないようにと席に座ってのんびりしていた。
立っていると明らかに邪魔になるからな、その点、座ってしまえば無問題。
「兄ちゃん、自分で取りに来てよ」
「悪い、ふたりで楽しそうだったからな」
「はは、もしかして妬いてくれた?」
「いや、兄妹に見えたので邪魔したら悪いかなと」
あ、俺のはツナにしてくれたようだ。
甘い物も好きだけどこういう系統の方が好きだから助かる。
で、食べながらふたりが楽しそうにしているところを見ていたわけだが、ふたりはあっという間に昔から関わり続けているみたいな雰囲気を出していた。
「クレープを食べたら次はどこに行くか決まっているの?」
「ううん、こっちはあんまりよく分かっていないから」
「それなら色々見て回ろうか」
「うん、満兄ちゃんのことをもう好きになったぞ」
「ははは、ありがとう」
ちょ、ちょろいな、少し優しくしてくれたらもう好きになるのか――って、俺もあんまり人のこと言えないからなにも言わないでおこう。
母の姉の子どもだから似ているのかもしれないな。
「でも、兄ちゃんからあの女の人を取ろうとするのは駄目だ」
「そんなつもりはないよ」
「本当か?」
「うん、彩は大切な友達だけどね」
どうなるんだろうかね。
彩先輩は基本的にはいい人だから相手をしてくれたらありがたいけどさ。
「それに、僕には気になっている人がいるからね」
「そうなのか? あの人より可愛いのか?」
「可愛いところはあるよ、だけど、僕より大きいから格好いいところの方が多いかな」
美人系が満には合いそうだ。
クールに接してくれるそんな感じの人が。
でも、あまりわがままを言わない人ならもっといいかもしれない。
これまで結構我慢し続けてきたところがあるだろうから恋人ぐらいにはな。
「会わせてくれっ」
「わざわざ動く必要はないよ」
「え? どういうことだ?」
「だって、ここにいてくれてるでしょ?」
うん? ということはつまり……誰だ?
このお客さんが他にも沢山いる中でここにいてくれていると言われても分からないが。
「ま、まさか……」
「そうだよ、本人はピンときていないようだけど」
「そうか、いまは色々だからなー」
仮に知ることができてもなにができるというわけじゃないから気にせず食べるか。
うん、美味しい、クレープ屋なんて異性といないときじゃないと来ないから新鮮でいい。
愛ももう気にせずに「美味しいなっ」と言って嬉しそうだし、いいことだよな。
「満先輩は甘い物が好きなんですね」
「うん、しょっぱい系より好きかな」
俺はわざわざ甘い物を頼むぐらいならステーキとかをがっつり頼んで腹を満たすと思う。
なんというか満足度? の関係で基本的にそんな感じかなと。
俺の中で甘い物=高い=少ないという考えがあるからなのかもしれない。
この前、満が言っていたように米が好きだからというのも大きいんだろう。
「あ、付き合ってくれてありがとうございます、愛も嬉しいでしょうから」
「いや、尾行していたのに受け入れてくれてありがとう」
ま、いきなり知らない異性といたら気になるものだよな、先輩もそうだったし。
だから怒ったり嫌そうな感じを出したりする必要はない、俺だけだと愛を楽しませてやれなかった可能性が高かったから。
「満兄ちゃんっ、色々なところに行こうっ」
「うん、行こっか」
「兄ちゃんはちゃんと付いてきてよ? はぐれるとかしたら怒るから!」
「はは、あいよ、ちゃんと付いていくから安心しろ」
途中で帰ったりする必要なんかないんだから心配しなくていい。
金魚のフンのように付いていってやるからさ。
「すみません、背負ってもらってしまって」
「いいよ、愛ちゃんは軽いからね」
あれから愛はずっとハイテンションだった。
余程、満と見て回れたことが楽しく、そして嬉しかったのだろう。
が、そうなれば必ず後に反動がくるというのが現実で。
いまはもうすっかり疲弊し、満に背負われていた。
「人が多かったね」
「GW最終日ですからね、最後に行っておこうってみんな考えることが同じなんですよ」
普通は行けるなら最終日とかにではなくて余裕があるときに行こうとするものだ。
最終日はゆっくり家で休みたいって俺みたいな人間も多いだろうから間違っているとは言えない思考ではないだろうか。
ただ、いま自分が言ったように最後だからぱーっと遊ぼうと考える人も多いだろうからこれだって答えを出せるようなことではないのは確かだった。
敢えて最終日に行けば人が少ないかもしれないと淡い期待を抱いている人達もいただろう。
「僕は新しい女の子でも作ったのかと思ってた」
「言い方……」
「やっぱり異性とばっかり一緒にいるんだなーって」
そりゃ、関わってくれている人の内ふたりが異性だからそう見えるだけだ。
というか満のことを優先して先輩に怒られたぐらいなんですが?
ま、2日目のは理由がそれでも行けて良かったと思えるような1日だったけども。
「結局、相手をしてくれたのは初日だけだったしね」
「いまこうして一緒にいますよね?」
「そういうことが言いたいんじゃないよ」
満の中のなにかは満足できていないようだ。
だからっていまからどこかに行くって余裕はないし、愛は寝ているし。
「あ、というか起こして帰らせないと」
「あ、そっか、他県から来てるんだもんね」
ちゃんと起こして自分で歩かせる。
いま睡眠という幸せを求めてもいいが、後に悔やむことになるのは愛だから。
「あ……そろそろ帰らないと」
「駅まで送るよ」
「満兄ちゃん大好きっ」
「あ……はは、ありがとう」
絶対にこっちの高校を志望して合格してほしい。
このちょろさは心配になる、1日で好きになり、最後には大好きになるって不味いだろ。
「逆に兄ちゃんには不満しかない、今日は全然話しかけてきてくれなかった」
「邪魔したくなかったんだよ、満先輩と一緒にいるだけで十分だっただろうから」
「そんなことない、兄ちゃんとだっていたいんだから」
「ありがとよ、それでももう帰らないとな」
駅まで満と一緒に愛を送って。
「ばいばい!」
「おーう」
「じゃあねー」
愛と別れて帰路に就く。
現在は大体17時というところだ。
すぐに家に帰る必要はないが、あまり自由に行動している余裕もないという時間。
「どうします? もう少しぐらいなら余裕ありますけど」
「じゃ、ちょっと歩こうよ」
「分かりました」
満といい先輩といい、ほぼ初対面の人間ともすぐに仲良くなれるから羨ましい。
柔らかな雰囲気が信用に繋がるのだろうか?
逆に先輩みたいに真っ直ぐ指摘してくれるような人も貴重だと感じるのだろうか?
もしそうなら俺ではどちらもできないことだからなんとも言えない気持ちになることだった。
「愛ちゃんは元気で可愛いね」
「そうですね」
他のことが目当てだとしてもわざわざこっちに来てくれるのは可愛げがあっていい。
隣県というわけでもないから移動だけでも中々に大変だろうからな、それなのに変わらずにいてくれてありがたいことだよ本当に。
「でも、もうひとりの後輩君はあんまり可愛げがないかなー」
「それってもしかして俺のことですか? すみません、でも、流石に女子みたいに可愛くは振る舞えないですよ」
もしそんなことをしたら気持ち悪すぎて俺が寝込む。
自分のそれで寝込むって最高にアホらしいが実際にダメージは大だと思う。
それが例え他人からやらされたことであっても、や、強制されたものだからこそダメージ大だろうなと考えて苦笑した。
「愛ちゃんのことを考えて遠慮していたのは分かったけどさ、僕のことは考えてくれないんだなって。彩には凄く優しくしたって本人から聞いてたんだけどなあ」
「今日はあくまで俺らふたりがサブみたいなものでしたからね、ふたりきりであれば満先輩のことを優先しますし、相手が彩先輩であれば彩先輩を優先しますよ」
できるだけ一緒にいる相手を優先するようにしている。
今日みたいにサブだなあ、帰っても問題ないなあという感じのときは付いていくことだけに専念するとかそういう感じに。
もちろん、帰っても問題ないと考えても実際に帰って迷惑をかけたりするつもりはない、大した理由もないのに途中退場をすると明らかにイメージが良くないし。
「じゃあいまからなら優先してくれるの?」
「はい、あまり余裕はありませんですけどね」
「それなら僕の家に来てよ、お父さんは忙しいし、お母さんは部屋に来たりはしないからさ」
「分かりました」
特に汚れているとかでもないから気にする必要もないよな?
なによりいまから行くのは初めてとはいえ同性の家だ、緊張しすぎる方がおかしい。
「ここだよ」
「あ、満先輩の家は知っていますよ、中に入ったことがないだけで」
「あ、そっか、そういえばそうだったね」
中に入らせてもらったらなんか暗く静かな場所だった。
「飲み物を持っていくから先に上がってて」
「はい」
人の家で短時間とはいえ単身で行動していると緊張してきてやばい。
早く来てくれと願う程来てくれない気がするし、こういうときに限ってその相手の家族と出くわしたりすることがあるから。
が、今回は特になにもなく満も早く来てくれたため助かったことになる。
「特になにもないけど入って」
「はい」
うんまあ普通の部屋だ。
適当に座らせてもらって少し休憩。
「眠たいなら寝てもいいよ」
「いえ、そこまでではないので」
「彩といたときは寝たって聞いたけど」
確かに遅くまで寝てしまって母に情けないところを見せてしまった。
本来であれば俺は起きていてある程度のところで起こしてやるべきだったのに、普通に寝るぐらい睡眠時間を重ねてしまったということになるからな。
「満先輩こそ愛に付き合って疲れていますよね? なので寝たらどうですか?」
「そうしたら保君は帰っちゃうでしょ?」
「帰る前に起こしますよ」
「じゃ……1時間ぐらいしたら起こしてね」
「はい、分かりました」
一応許可を貰ってから寝転がせてもらった。
転んでいれば時間をつぶすのなんて容易だ。
今回は前回みたいに寝てしまったりしないように気をつけながらではあるが。
それにしても気になる人って結局誰だったのだろうか。
愛が会いたいと言ってもわざわざ動く必要はないと言ったということはあの場にいたということだ、愛だけがすぐに察することができたのはふたりだけでそういう話をしたからなのか?
「んー、気になる人って誰だよ」
「君だよ」
「え」
いやでも最近の絡み方だけを見ていればそれでもおかしくないな。
一応寝言かどうか確認するために上半身を起こして見てみたら満と目が合った。
ばっちり開けていて寝る気なんか全くない感じ。
「最後の涙が衝撃的過ぎたんだよ」
「なるほど」
他人が転校するぐらいであんな馬鹿みたいに泣いたのは初めてだった。
しかもたった1ヶ月ぐらいの仲だぞ、中間テストや遊ばなかった日曜日のことを考えれば1ヶ月未満の関わりでしかなかったのにだばだば溢れたんだから。
だから衝撃的だと言いたいことも分かる、うわぁって感じで引くようなことだとも。
「同級生や他の後輩の子と離れることになったのも確かに悲しかった、けど、ずっと気になっていたのは保君のことだったんだ。空白期間だと言ったのは心残りがあってあっちで残りの学校生活を楽しめなかったからかな、受験勉強もしなければならなかったからね」
別に緊張している感じもなく微笑を浮かべながら満は言ってくれた。
「まだ気になっているところなんですよね?」
「いや、あれは愛ちゃんがいたからそう言っただけだよ」
「分かりました、それじゃあ少し時間をください」
いや待て、時間をくださいじゃないだろ。
なにを考えるつもりだよ俺は、モテなさ過ぎるからって同性愛に走るのは駄目だろ。
確かに満は優しくしてくれた人だ、これからも関わりを続けたいというのは変わらない。
でも、だからってこればかりは……。
「無理なら無理でいいよ、もしそうでも僕は納得できるしね、なにより可愛い彩が側にいてくれているんだから普通はそっちを選ぶだろうしさ」
って、全然それで納得できるような顔をしていないんだけど。
断ったら絶対に露骨に顔に出すやつだこれ、しかもその後も普通に戻れなくて終わるやつ。
同情で付き合おうだなんてことをするつもりはないが、……そうなるのも嫌だなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます