05話.[動きたいと思う]

「お、よく来てくれたね後輩君」

「はい、おはようございます」


 そりゃそうだろうよ内で呟く。

 今度こそ守らなかった場合にはとんでもないことになっただろうから。

 昨日はちくちくと満に言葉で刺されたからそんなことになってほしくはなかった。

 言うことを聞いておけば大体は楽しく過ごすことができる。

 もっとも、疲れることは多いが……。


「ちょっと待ってください、これはいまどこに向かっているんです?」

「それは着いてからのお楽しみー」


 もう少し歩けばパチンコ店とかゲームセンターとか飲食店がある通りに出る。

 そこにはバッティングセンターも存在しているわけだからまさかそれか?

 少しは野球にも興味があるみたいだし、あまりおかしな選択とは思えない。


「だんっ、バッティングセンター」

「野球が好きなんですね」

「ちょっと興味があるよ」


 一応お金を持ってきておいてよかった。

 危ない危ない、もしここで持ってきていませんなんて言ったらどんな目に遭っていたか、考えるだけでも恐ろしい。


「ちょ、いきなり130キロは無理ですよ」

「いいでしょ、後輩君も好きな急速を選んでやりなよ」

「見ておきます、不安なので」

「大丈夫だよ、それになにかあったって入ってこられないでしょ?」


 お金が勿体ないということなら仕方がないが、せめて100キロからとかでいいと思うぞ。

 ま、余程のことがなければ現実のピッチャーと違ってほぼど真ん中だから心配しすぎなのかもしれないが。


「ふんっ」


 ……当たったうえに前に飛んでいるんですけど。

 俺が打席に立ったら初球は空振りしそうなのに。


「あはは、楽しいなあ」


 結局、先輩はその全ての球を前に打ちきった。


「ふぅ、って、本当に見てたんだ」

「すごいですね、中学時代は野球部に入ればよかったのでは?」

「わいわい楽しくできなきゃ嫌」


 気持ちは少し分かる。

 仮に勝てるのだとしてもギスギスしていたら嫌だった。

 楽しくできないぐらいなら勝てなくていい、……って考えるのは精神が弱いせいかねえ。


「君より年下の子達は上手だったけどさ、好きじゃなかった」

「先輩達がいてくれていたときよりは確実に雰囲気もよくなかったですからね」

「うん、試合を見ていたらよく分かったよ」


 何事もないことを願うために100キロを選んで打席に立つ。

 なんてことはない、中学生の頃を思い出せばカキンカキンと打ち返すのは容易だ。


「後輩君」

「なんですかー?」

「ホームランを打ったらなにかをあげるよ」

「いりませんよ」

「ほら、最近は貰ってばっかりだったからさ」


 正直に言って、コントロールも距離も足りないから無理。

 センターの手前が最高距離だから不可能だろう。

 当時は真面目にやっていたつもりだったけど、まだまだ足りなかったんだろうな。


「あちゃあ、そもそもほとんどピッチャーゴロじゃんか」

「俺の代わりに村岡先輩がチームにいた方が確実によかったでしょうね」

「あれれ、なんか落ち込んじゃった?」

「いえ、本当のことを言っているだけですよ」


 先輩ならあの後輩達とも上手くやれたんじゃないかって考えてしまうんだ。

 そうしたらまず間違いなく部内の雰囲気はよかっただろうな、後輩達は微妙だったかもしれないが。

 まあでも言っても仕方がないことだからここでやめておく、他のお客さんもいたから入り口の側で喋っていたら迷惑だし。


「ゲームセンターにでも行く?」

「村岡先輩が行きたいなら行きましょう」

「じゃあちょっと行こっか、UFOキャッチャーが好きなんだ」


 それはまた……お金のかかる趣味だ。

 残念ながらこっちは全く取れたことがないからやらないようにしている。

 でも、上手く数百円で取れてしまう人を見ていると羨ましくなるのが難点だろうか。

 で、ゲームセンターに着いたものの、先輩がしているところをじっと見ていても圧になるだけだろうからと別々に行動をしていた。


「後輩君後輩君っ」

「あ、どうしました?」

「手を出して? はい、プレゼント」


 なんだと思って見てみたら小さなグローブのキーホルダーだった。


「ありがとうございます、可愛いですね」

「後輩君が使っていたグローブと同じ青色だよー」

「どこで買ったんですか?」

「ガチャガチャですっ」


 逆にそれでよく俺のグローブと同じ青色が出たな。

 もしかして何回もしたとか? もしそうなら最近のガチャガチャは高いから払わなければならないぞ。


「お金、払いますよ」

「いいって、私はふたつも貰ったんだから」

「それなら後でアイスとか甘い物を買うので食べてください」

「え、んー」


 女子=甘い物が好きだと考えたのは短絡的過ぎたか?

 中にはしょっぱい物の方が好きという女子もいるだろうから。


「分かった、ありがとね」

「いえ、こちらこそありがとうございます」


 なんか今日は大人しくて調子が狂う。

 いつも通りでいてほしいような、このままでいてほしいような。


「村岡先輩、なんか今日は無理していないですか?」


 結局、言うことにした。

 仮に無理しているのであればせっかくの休日に休めないということだから止めたい。


「なんで急に? 寧ろあんまり仲の良くないおじさんやおばさん達といなくて気楽だけど」

「そうですか、いや無理していないならいいんですよ」

「心配してくれてありがと、だけどさっきも言ったように楽しいから」

「それなら良かったです、少しでも気を休められているということならそれで」


 後は先輩がやっているところを見ておくだけにした。

 うん、なんか上手いんだよな、数回で自分の物にしていく様は格好良くすら見えたぐらい。


「疲れたっ」

「意外と立っているだけで疲れますよね」

「うんっ、ご飯食べに行こっ」


 え、い、いや、付き合ってあげなければならないな。

 このグローブのキーホルダーを貰えたの普通に嬉しいから。


「いただきます」

「いただきます」


 あまり余裕がないからドリンクバーとサラダだけにしておいた。

 対する先輩は定食とかステーキセットとか男子かな? と聞きたくなるぐらいの量を胃に収めるつもりのようだ。


「ん~、美味しい~」

「良かったですね」

「うんっ、……って、後輩君はそれだけでいいの?」

「すみません、あんまり余裕がなくてですね」

「いいよいいよ、謝ったりしないでも」


 やばい、今日の先輩は本当にいつもとは違うぞ。

 思わずじっと見つめていたらまだ手をつけていなかった方のステーキセットを隠そうとした。


「あぁっ、ソースが服に……」

「あっ、……後輩君が狙うからだよ」

「違いますよ、じっとしていてください」


 紙ナプキンを数枚取って擦らないようにして拭いていく。


「すみません、今日はやっぱり遠慮しているようにしか感じなくて見ていたんです」

「ぶぅ、それじゃあ普段の私が自分勝手に振る舞う人間みたいじゃん」

「実際にそうですからね、そして俺はそっちの方が村岡先輩らしくていいと思ったんです――あ、とりあえず拭けましたよ」


 店から出たら早く帰って洗濯してしまうのが1番だ。

 今日のが元俺のパーカーであればあんまり問題もなかったんだけどな。


「ゆっくり食べてください、飲み物を飲みたいなら注いできますから」

「……じゃあコーラ」

「分かりました」


 家だと炭酸をあまり飲めないから俺も沢山飲んでおこうと決めている。

 先輩が食べ終えるまでにどれぐらい飲めるかの勝負だ。

 が、結果は駄目駄目だった、飲めたのは6杯ぐらいだけだった。


「ふぅ、お腹いっぱい」

「村岡先輩、それを落とすために早く帰った方がいいですよ」

「後輩君の家に行く、それでちょっと落とすために洗剤とお風呂場を借りてもいいかな?」

「あ、分かりました、いいですよ」


 家に着いたら使っていい物を教えて少し休憩。


「はぁ……」


 先輩が大人しくても疲れるなんて思わなかった。

 やっぱり満もいてほしいとまで考えて、ふたりきりで良かったと考え直した。


「ありがとう」

「はい」

「隣、いいかな?」

「いいですよ、どうぞ」


 少し浅く座り直して不快にさせないように気をつける。

 明らかに疲れている感じを出すのは先輩にとっていい気はしないだろうから。


「後輩君ってさ、私にだけ優しいわけじゃないよね」

「あ、満先輩ぐらいですけどね、他は」

「同学年に友達とかいないの? 女の子とか」

「それが積極的に声をかけたんですが上手くいかなくてですね、だからおふたりが来てくれているのは本当にありがたいですよ」


 もしそうじゃなかったら寂しい高校生活の始まりだった。

 その点、同級生に友達はいなくても年上に友達ができているのは非常に大きい。

 しかもふたりとも優しいからな、あ、……先輩の方は今日ので変に優しすぎると疲れると分かったわけだが、まあ、基本はそうだから。


「満には敬語をやめたって聞いたけど」

「もう戻しましたけどね」

「いいよ? 私にも敬語じゃなくて」


 もしかしたら双子のお姉さんか妹さんなのかもしれない。

 普段の先輩であればさらっと躱してしまうところだし、言ってもいいかわりに◯◯を守ってとなにか条件を出してくる人だからだ。

 ……俺の中の先輩のイメージがただ悪いだけなのかもしれないが、やはり今日の先輩はおかしいとしか言いようがない。


「俺らは仲良くなれましたか?」

「なれたっ」

「それなら彩先輩って呼ばせてもらいますね」


 名前を呼ぶ程度なら後輩だろうがする。

 ◯◯さんとか◯◯先輩とかそういう風に。

 だからここは変に拒む必要はないだろう、満を贔屓しているとか言われても嫌だからな。

 俺はどっちにも気に入られたくて優柔不断なところはあるかもしれないものの、少なくともどちらかだけとなんて考えはいないから。


「ちょっと寝てもいい?」

「いいですよ、また掛け布団を持ってきますね」

「あと、ここにいてね、部屋とかに戻らず」

「あ、はい、いますよ、寝顔とかは見ないようにするので安心してください」


 とりあえず布団を渡して、俺はこの前の満のように側面に背を預けて寝ることにした。

 母が愛用しているブランケットを利用させてもらって風邪を引かないように対策。


「ふぁ~……」


 俺も寝るか、ここにいるという条件なら同じようにしておくのが1番だから。




「保、起きなさい」

「ん……? あ、母ちゃん帰ってきていたのか」


 ということは大体19時過ぎぐらいということになる。

 ……流石に寝すぎたな、まず間違いなく夜中は寝られないぞ。


「彩先輩は?」

「ふふ、寝てるわ、とても気持ち良さそうにね」

「悪い、母ちゃん達と違って休みなのに寝てて」

「別にいいわよ、寧ろ休みなんだから休んでおけばいいのよ」


 さてと、そろそろ先輩を起こして送っていかないとな。

 あまり男の家に長時間いるというのも良くないから。


「彩先輩、起きてください」

「んー……あと50時間」

「駄目ですよ、触れていいのなら背負って運ぶこともできますけど?」

「じゃ……それで」


 荷物をちゃんと持ってきて忘れてないか確認してから本人を背負って外に出た。

 もう遅いから外は真っ暗だ、別に怖いとかそういうのはないからいいが。


「つい寝すぎてしまいましたね」

「ん……」

「まあ、布団は暖かいですからね」


 先輩の方は下も柔らかかったわけだからそりゃ眠くなるわ。

 そのうえで掛け布団をかけていたわけなんだから余計に。


「保君」

「え、どうしました?」

「……いつもありがと」

「それは村岡先輩達が良くしてくれているからですよ」


 俺が名前呼びをし始めたからということだろうか。

 でも、順調に仲良くできているような感じがして嬉しかった。


「あ、上着は持ってきてくれた?」

「はい、ちゃんと持ってきましたよ」

「ありがとう、せっかく洗ったのに放置することになったら意味ないから」


 先輩の家までの道順がよく分からないから案内してもらうことに。


「あちゃあ……すっごくメッセージとかがきてるよ」

「昨日の俺みたいな感じですね」

「あっ、あれはおかしいよね、満を優先して無視するなんてさ」

「全然気づきませんでした」


 携帯しなければならないからと持っていたはずなのに満の相手ばかりしてしまっていた。

 その結果今日のこれに繋がってしまったわけだが、まあ楽しかったから良しとしよう。


「あ、ここだよ」

「じゃ、下ろしますね」

「待って」


 ん? この状態で流石に中に入ることはできないんだが?


「今日はありがとう、後輩君が付き合ってくれて楽しかったよ」

「あ、はい、こちらこそありがとうございました」

「だからさ、家に泊まっていかない?」

「どうしてそこでだからとなるのかは分かりませんが、流石にできませんよ」

「そっか……、じゃあかわりにしてほしいことってない?」


 いきなりそんなことを言われても困ってしまう。

 だって大抵の願いは意味がないものになるだろ?


「じゃ、これからも仲良くしてほしいです」

「でも、後輩君は毎回疲れたような顔をするよね」

「すみません、村岡先輩は良くも悪くも自由な人ですからね」

「ごめん、自覚はしているんだけど自分の生きたいように生きたいって思っててさ」

「悪いことじゃないですよ、それに最低限に済ませていますからね」


 それ以外はにこにこ笑顔で接してくれるいい先輩だ。

 男っていうのは非モテであればある程、そんな単純なことに弱いのだ。


「下ろして」

「はい」


 下ろした後は荷物を渡してもう1度挨拶をして。

 今度は大人しく先輩も解散という流れにしてくれた。

 泊まっていかないかなんて、……本当は滅茶苦茶興味がある。

 親戚の人がいるからという可能性も高いが、先程の様子を見る限りでは今回は珍しく利用されているだけではない気がしたからだ。


「そういえば初めて名前で呼ばれたな」


 けど、後輩君って呼んで近くに来てくれる方がいいかな。

 保君呼びは満がしてくれているから新鮮味がないし。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 母ちゃんは態度が一貫しているから一緒にいて落ち着く。

 母親だからというのもあるだろうが、人として尊敬できるところが多かった。


「なによ?」

「母ちゃんは昔からそうだったのか? 喋り方とか雰囲気とか」

「違うわ、中学生まではあの子みたいな話し方をしていたの」

「あの子って彩先輩?」

「どちらかと言えば満君かしら」


 へえ、それはまたなんとも……想像できない母だな。

 俺が想像する母は学生時代は基本こんな感じで他者を寄せ付けない感じ。

 が、そんな冷たいとも感じる母にも弱い部分があってひとり抱えてしまう……みたいな。

 それを支えるのが運命の人である父と、冷たい感じでもやはり乙女なのだということで。


「出会ってからは毎日のように満先輩が満先輩がってあなたは言っていたわよね」

「おう、滅茶苦茶いい先輩だったからな」

「でも、転校することになってしまって本気で泣いていて驚いたわ」

「俺もだ、別に長期間関わっていたわけでもなかったのにな」


 だから彩先輩にばかり優しくするつもりはなかった。

 大体半分ずつぐらい綺麗に意識を向けられればいいと考えている。

 ただまあ、人間だからどちらかに偏ってしまうことはあるかもしれない。

 そこでひとつ言えるのはまだ彩先輩のことをそういう意味で好きではないということだ。

 恋をしたらまず間違いなくそちらばかりといようとするから気をつけないと。

 でも、母の言っていたように同性でも異性でも人を好きになるのは大切だ。

 そして俺はふたりのことが好きだ、だからこそ仲良くなりたいと考えているわけだし。


「あ、ご飯を作るわね、彩ちゃんを見ていたらなんか昔の私を思い出してついゆっくりしてしまっていたわ」

「あんな感じで寝てたのか?」

「寝るのは好きだったわ、中学生時代は全くお勉強なんてやらずに寝ていたから」


 想像できない……これは俺に合わせて嘘をついてくれているのだろうか。

 どうせならと手伝うことにして時間をつぶしていく。


「最近はよくお手伝いをしてくれるわね」

「俺にできる範囲でだけどな、世話になってばかりじゃ嫌だと思ってさ」

「あなたは昔から変わらないわね、いい子に育ってくれて嬉しいわ」


 いい子かどうかはともかくとして、いい子であろうとは努力をできているつもりだ。

 この先もそう言ってもらえるように、人に好いてもらえるように動きたいと思う。

 しかし、俺は器用ではないから関わる人数を増やしたところで上手くいかない可能性が大で。

 だからあのふたりに絞って、ふたりにいてくれて良かったって言ってもらえるような人間になれればいいなと考えていたのだった。

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