04話.[やっぱり疲れる]
俺はまたもや試されていた。
とはいえ、相手は満だから対村岡先輩時よりは緊張しない。
「えと、もう1度いいですか?」
「うん、敬語はやめてよ、あとこの前も言ったように満って呼び捨てでいいから」
「どうして急に……俺らはまだそんなに仲良くないですよね?」
「え、酷いなあ、一緒に遊びに行くような仲なのに」
それぐらいはただの先輩と後輩でも行くだろうから意味もない話だ。
俺が言いたいのは先輩に対して敬語をやめるような仲にはまだなれていないということなのだがどうやら満からしたら不満で仕方がないらしい……ように見える。
「さあほら、とりあえずお試しでさ」
「……できませんよ、それとこれとは別です」
「年上に敬語で接することができるのはいいことだと思うよ、それでも本人がいいと言っているのなら言うことを聞くべきじゃないかな」
なるほど、本当に手強いのは満だった、ということか。
「分かったよ、普通に話せばいいんだろ?」
「うん」
ただ、ふたりきりのときか村岡先輩もいるとき限定のことにしておいた。
彼もここで文句を言うと面倒くさいことになると判断したのか納得。
「急にどうしたんだ?」
「なんか線を引かれているような感じで嫌だったんだよ」
「そんなことはしていないぞ」
仮にしていたのだとしてもそれは仕方がないことだ。
親しくのない相手といるときは誰だってそうなる。
「いいから帰ろうぜ、明日からGWなんだしまた休みにでも会えばいいだろ?」
「彩は親戚の人のところに行くって言っていたけど」
「聞いたよ、それは仕方がないことだからな」
俺らにできることはなにもないし、先輩にもできることはなにもない。
親が集まるって言ったら従うしかないのだ、バイト禁止の高校なら尚更な。
進んで仲間外れにしたいとかそういうことではないが、先輩がいなくたって集まることはできるわけだ。
それこそ満にその気があれば毎日いることだって可能だ、少量の課題しか出されていないから初日にでも終わらせてしまえば後は自由だから。
「俺らは連絡先を交換しているんだ、用があったら呼んでくれ」
「うん、分かった」
今日は珍しく先輩が来なかったから意外だったけどな。
出会ってから毎日顔を出してくれていたというのにどうしてだろうか。
いやまあ、自由なんだから来いとか言うつもりはないけども。
「いま、彩のことを考えているでしょ」
「まあな、今日は来なかったから意外でな」
「ずっと突っ伏してたよ、そんなに親戚の人と会いたくないのかな?」
「その突っ伏している理由は分からないけど、そんなことは言っていたぞ」
で、あのパーカーが返ってくることはあるのだろうか。
もうあれは先輩の物だというのなら諦めるつもりではいる。
仮に洗濯をしたのだとしても気恥ずかしいのと、そもそも外に着ていけるような綺麗さではなかったから。
それに何年も利用していてヘタっていたからな。
それでも、退屈さや納得のいかなさをそれでなんとかできるとは考えていないが先輩の力に少しでもなってくれればいいと考えていた。
「そういえばいつの間に服なんてあげてたの?」
「この前、親戚の子を高校に案内していたときにたまたま会ってな、なんかそういうことになって奪われた形になるかな」
「彩が保君の服をなんで貰おうとしたんだろう」
「なんか気を紛らわせるためだって言ってたけど」
「男の子の服を貰って気を紛らわせるって……」
ま、実際はなんだこれってなって終わるだけだろう。
寧ろなんでこんな物を貰ってしまったのだろうと我に返るかもしれない。
それかもしくはもう捨てられている可能性すらある、お古だからな。
「そういうつもりはないから安心してくれ、俺の中にあるのはあくまで普通に友達として仲良くしたいという感情だけだからさ」
「って、その言い方だと僕が彩のことを狙っているかのように聞こえるんだけど?」
「違うのか?」
「違うよ、彩はいい子だけどそういう目で見たことがないよ、向こうもそんなこと求めていないだろうし」
そんなことは分からないだろ。
まあだからってその気があるとも言えないから黙るしかできないが。
こういう考えになってしまうのは満の前でだけ態度が変わるからだ、それがなければこんなことを言っていない。
で、そうなると気になっているからとしか思えないんだよな、逆の感情を抱えているのであれば一緒にいるのはおかしいし。
「悪い、それなら余計なことを言ったな」
「そういえばこの前も仲良くさせようとしたとか言っていたもんね」
「結局、俺が余計なことをしたせいで逆効果になりかけてしまったからな」
仲良くさせるつもりが不仲にさせるところだった。
やはりもっと上手く対応できる人間でなければこんなことを企むのはよくないな。
ふたりに嘘をついたことにもなるわけだからいいことなんてなにもないから。
「っと、もうここか、それじゃあな」
「うん、それじゃね」
休み中は掃除でもするかね。
両親は共働きで朝から夜までいないから代わりにやってやらないと。
買い物とかに自分で行くのもいいよな、そうすれば少しは楽させてやれるだろうし。
食材選びのセンスはないから後で母にちゃんと聞いておこうと決めたのだった。
「保、女の子が来てくれたわよ?」
「え、こんな朝早くに? 分かった」
母がこんな言い方をするということはとすぐに来てくれた人が分かった。
だって愛を除けば村岡先輩としか異性との関わりはないからな。
「おはよ」
「おはようございます」
「今日から親戚で集まるんだけどさ、その前に後輩君に会っておこうと思って」
って、捨ててるどころか普通にパーカーを着ているぞ。
着心地がいいからお気入りだった面もあるから気に入ってくれているのなら単純に嬉しい。
「わざわざ来てくれてありがとうございます」
「あのさ、あ、いや……メッセージとか送るから反応してね」
「分かりました、え、それだけならそれこそメッセージでよかったのでは?」
「なんか直接言いたくなったんだよ」
「そういうことですか、分かりました」
先輩は最後には物凄くいい笑みを浮かべて「ありがとっ」と言ってくれた。
そのままたたたと走って行く先輩の背中をぼうっと見続け、はっとなって家の中に戻って。
「行ってくるわね」
「あ、おう、気をつけろよ」
「ええ」
早速とばかりに掃除をしようとして道具を持ったところまではよかったのだが。
「綺麗だな」
母は出勤する前でも掃除をすることを思い出して失敗したなと悟る。
早く起きたからってゆっくりしているんじゃなかったと後悔してももう遅い。
風呂掃除だって毎日最後に入って済ませてしまうからやるところがないぞ……。
「後輩君っ」
やることがなくて自分の部屋のベランダから外を見ていたらまたまた先輩がやって来て下に移動した。
「どうしたんですか?」
「なにかちょうだいっ」
「なにかちょうだいと言われましても……」
「ちょっと上がるからね!」
おいおい、どれだけ親戚の人と会いたくないんだよ。
しかもこの前パーカーを持っていきましたよね? 満から貰っておけばいいのに。
「これを貰っていくねっ、絵を描くのが好きだからそのときに利用させてもらうね!」
「あ、ま、いいですけど、気をつけてくださいよ? 急いでいるときはいいことがなにもないですからね」
「そうだっ、後輩君も付いてきて!」
「無理ですよ」
先輩は少し拗ねたような顔でいながらも家から出ていった。
俺があげた物で少しは落ち着けるのならいいけどよ。
「保くーん」
「え、こんな朝早くからどうしたんですか?」
「ちょっと歩いていたんだよ、家でじっとしていたいタイプではないから」
どうせ家にいても暇だから一緒に歩かせてもらうか。
少しずつ暑くなってきているから汗をかいてもいいように運動着みたいなのを着てからではあったが。
「へえ、さっき彩が来たんだ」
「はい、それで今度はペンを持っていきましたよ」
「保君のことを気に入っているんだね」
利用されているだけなのだとしてもわざわざ俺を選んでくれているところは喜んでおくべきだろうか?
「ところで、どうしてまた敬語に戻ってるの?」
「いいじゃないですか、最低限の礼儀はあるということです」
満だけにタメ口にしておくつもりが他の先輩の前でもぽろっと出てしまう可能性がある。
そうなったときに怒られるのはこちらだ、だからなるべく年上には敬語というのを貫いていたかった。
……昨日のでそれを台無しにしたわけだが、こうして当たり前のように意識していなくても敬語でいられるのはいいと思う。
「そうだ、キャッチボールでもしない? 久しぶりに野球ボールに触れたいからさ」
「あ、いいですよ、それじゃあ取りに行きましょうか」
グローブと数球ボールを持って今度は満の家に行く。
「おぉ、ここが満先輩の家なんですね」
「うん、ちょっと待ってて」
あまり大きな公園がないからやるなら河川敷かな。
狭い場所でやってどっかにいかないかとか、人が急に来て危ない感じにならないかなどと気にすることになるぐらいなら少し遠いものの広々とした河川敷に行って遊んだ方がいい。
学校で使えれば1番いいんだけど、多分無理だろうからな。
「お待たせ」
「行きましょうか」
満も同じようなことを考えているのか自然とそちらの方に向かって歩き始めてくれた。
6月に転校したということは最後の大会も当然のように出られなかったんだろう。
そうしたら悔しいよな、1年生の頃から入部して頑張ってやってきただろうに最後の大会に出られないなんて。
「幸い、優しい子が多かったから人間関係については問題なかったんだけどさ、部活には入れなくて困ったよ」
「それこそもう1年ぐらい早ければなんとかなった可能性もあるんですけどね」
「うん、悔しかったなあ」
しかも部長だったから余計に引っかかったんだろうな。
「やりたくても付き合ってくれる子が全くいなくてさ、たまに彩が相手をしてくれていたんだけど本気では投げられなかったから」
「優しいですね」
満がいなくなった後も毎試合見に来ていたみたいだし野球が好きなのかもしれない。
これも偏見かもしれないが中々女子で野球が好きという人はいないと思う。
ソフトボールが好きな女子は結構いるみたいだからいないこともないだろうが、距離間とかルールとかが全然違うしな。
「だから付き合ってくれるのは嬉しいよ、しかも相手は同じ部活仲間だった保君なんだからね」
「俺もまたキャッチボールだけとはいえ満先輩とできて嬉しいですよ」
よし、着いた。
色々なスポーツをやっているものの、空いている面の端でやっておけば怒られることはないだろう。
バッドで打ったりするわけじゃないから大目に見てもらいたい、一応無料利用できるところだから。
「少し準備運動でもしようか」
「そうですね」
たかがキャッチボールと言ってもあのときと違って衰えたから気をつけないと。
無理に捕ろうとした際にぐきっ、とかなりかねない。
「おぉ、なんか新鮮だよっ」
「俺も久しぶりでテンションが上りますよ」
本当に相手がいないとできないことはないが面倒くさいので助かる。
ひとりだったらそもそもやろうとも思わない、ここは少し距離も離れているのも大きく影響している。
一定のリズムで投げて捕ってを繰り返していた。
「泣けるっ」
「うわっ!?」
なんとかキャッチできてよかった、後ろに逸らしたら最悪に近いからなー……。
「泣けるぅ……」
「って、本当に泣いてるんですか?」
「だってさ……」
でも、最後の大会も当たり前のように負けて終わったとき、俺はほっとしてしまった。
これ以上、後輩と活動しなくて済むんだって考えたら余計に。
確かに彼らは上手だった、それでもそれはあくまで部内だけの話で。
しかもチームの雰囲気が悪かったから協力どころではなかったんだよなあと思いだして。
「タオル、使ってください」
「ありがとう……」
満と同学年の先輩と、そのひとつ下の先輩がいてくれたときは純粋に楽しかったんだがな。
対人間関係のことはどこにいっても付きまとう問題であり、1度固まってしまうと中々変わってはくれないもので。
最後の年はまるで楽しめなかった、そのことを考えると確かに悔しいかもしれない。
「うぅ、残れればよかったなあ」
「親に付いていくしかできないですからね」
中学生なら尚更のこと。
弱いから頼るしかない、だから言うことも聞くしかないのだ。
幸い、そういう環境が一変してしまうようなことにはならなくて俺はいいと考えている。
「でも、戻ってこられてよかったよ、彩にも君にもまた会えたから」
「難しいですよね、この短期間で戻れるならなかったらよかったのにって思いますよね」
「そうだね、なんとかこっちの高校の試験を受けて合格することはできたけど、中学3年生の6月から卒業までは空白期間と言っても過言ではないぐらいだからね。同級生の仲のいい友達と最後まで楽しみたかった、後輩の子達ともいい関係を築きたかったよ」
言っても仕方がないことだからって片付けたつもりでも引っかかるんだよな。
そのときは大丈夫でも時間が経過した後に◯◯だったらって無駄なことを考えてしまう。
「大丈夫ですか?」
「うん、ごめん」
「ゆっくりでいいですよ」
どうせ家には誰もいないし、やることもあまりない。
それよか満といた方がいいだろう、利用するみたいになって少し申し訳ないが。
「よし、続きをやろうか」
「そうですね」
流石にもう野球をやめるという選択はできなかったので助かった。
俺ぐらいになるといちいち移動してきた距離とかを考えてしまうのだ。
「おりゃあ!」
「急速は変わってないですね」
「そう? なら嬉しいなあ」
ただ、重みは昔と一緒でなかった。
本人の性格が大きく影響している気がする。
あんまり強すぎると相手に負担をかけてしまうということで。
よし、じゃあ俺も少し本気を出すか。
「てりゃあ!」
「速っ――」
俺の投げた球は満の額にぶつかって後ろに飛んでいった。
「す、すみませんっ、大丈夫ですかっ?」
「うぅ……」
駄目そうだから終わらせて帰ることにする。
今度からは言ってからにすることにしようと決めた。
「大丈夫ですか? すみませんでした」
「うん……大丈夫だよ」
そうか、一応去年の7月までは俺は野球をしていたわけで。
そういうところでも差が出て当然なのかもしれない。
先輩は俺が1年の6月から野球をやっていなかったことになるわけだからな。
「帰りましょう、俺だったらいつでも付き合うので」
「まさか捕れないとは思わなくて……」
「すみません、仮に慣れていたのだとしても言ってからにするべきでしたね」
長年ピッチャーとキャッチャーをやっているふたり組でも球種や急速を変えるときは言うみたいだし。
あくまで動画投稿サイトで見たやつだけど、そういうやり取りはするものだろうから。
「喉乾いていませんか? お詫びになにか買いますよ?」
「あ、それならご飯を作ってほしいかな、両親がいないからさ」
「あ、いいですよ、チャーハンとかそういうものになってもいいのならですけど」
「うん、大丈夫、チャーハンは大好きだから」
いまならスープだって用意できるぞ。
少しだけだけどベーコン入りのコンソメスープとか。
「どうぞ」
「お邪魔します、そういえば何気に初めてだね」
「あ、そうですね、いつもは村岡先輩が来ていただけですから」
中学時代に遊んだことはあったものの、場所は毎回外だった。
中学校のグラウンドとかバッティングセンターとか、スポーツ用品店とかに行ったりした。
とにかくわいわい楽しくできるのがよかったな、あの頃に戻りたいと考えるときはある。
「あ、やべっ」
慌てて携帯をチェックしてみたら通知が56件。
ずらぁっと段々と怖くなっていく様というやつを見ることができた。
「すみませんっ、ちょっと電話をかけてもいいですかっ?」
「誰に?」
「村岡先輩に、メッセージの数がやばいので」
つまり先輩の言いたいことは『返事をしろ』ということだ。
家の中は静かだとは分かっていても自然に静かな場所を求めてしまう。
「あ、村岡先――」
「馬鹿っ、馬鹿後輩君!」
「す、すみませんでしたっ、満先輩とキャッチボールをしに行っていてっ」
「私の方が先約でしょ!」
「すみません、いまからは家にいるのでちゃんと対応できますから」
ひぃ、GWが終わったら絶対に突撃されるだろこれ。
でも、先輩の言う通りなんだ、暇だからって家を出るべきではなかった。
分かったと言っていなければまだよかったが実際は分かったと言ってし
まったわけだからな。
「もういいっ、明日は絶対に家に連れて行くからねっ」
「え、いや、親戚の人も困ってしまいますよね?」
「いいよっ、なんか昔と違って自由にしていてくれればいい的な雰囲気だから来てね」
「その場合はふたりきりにしてもらわないと緊張で変になりそうですよ」
冗談じゃない、誰が好き好んで全く知らない先輩の親戚さんや親御さんと会おうとするのかという話だ。
俺らはそういう関係じゃないんでね、親御さんに挨拶なんかしなくてもいいんだよ。
「分かった、じゃあふたりきりでどこか遊びに行けばいいでしょ」
「はい、そういうことならまだ大丈夫ですから」
「ちゃんと反応してよね、それじゃ!」
通話を終わらせてリビングに戻る。
昼食を作る前に少し休憩、やばいわ、先輩の相手をするのはやっぱり疲れるわ。
「明日、彩とどこかに遊びに行くんだね」
「あ、聞こえました? そういうことになりましたね」
「休日だからね、彩も遊びに行きたいか」
なにかトラブルが起きないのであればそれでいい。
さ、昼食を作って空腹感をどうにかしよう。
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