第4楽章  4-1

 1月1日

こんな日に、契約するなんて、異例中の異例だと言われた。

そりゃそうだ。

元日だぜ〜!

お正月じゃん!

別に俺らがこの日を希望した訳じゃないし。

事務所の意向だから、異例と言われても、はぁって感じだけど。


まず、午前中に所属事務所との契約、午後に音楽制作会社との契約だった。

ルピアーノは、レコード会社と言う言われ方は嫌いなんだと瞬が言っていた。

だから、音楽制作会社。

どうでもいいけど。

事務所もルピアーノの傘下というか、同じ系列の会社だし、それに関してはなんの問題もない。

ちゃちゃっと名前書いて、ハンコ押して飲みに行こうぜ!って悠弥と話していた。

でも、さすがに瞬は事前に契約内容を取り寄せて、いろいろ調べたり、大輝と相談していた。

時間よりちょっと早めに着いた。

ルピアーノプロモーションのビル。

会議室ではなく、応接室のようなところに通された。

高そうなソファに腰をおろし、5人で待っていた。

ガチャっとドアが開き、瞬が立ち上がろうとして、俺たちも立とうかと思ったところで、

「そのままで結構です」

と言いながら入って来たのは、2次オーディションの面接の時に、俺が花を渡した女性だった。

俺たちの向かい側に腰をおろすと、

「ルピアーノプロモーション副社長の橘茉莉亜です」

と、自己紹介された。

“副社長” でびっくりして、“マリア”って名前で、ちょっと笑っちまった。

母さんと同じ名前。

気が強そうな感じがマリアっぽい!!

「桂吾さん何か?」

普通に日本語で質問された。

「いえ、副社長だったんですね!

うちの母もマリアなので、雰囲気がマリアっぽいって思っただけです」

「そうなの?奇遇ね!」

そう言って笑った。

副社長の隣りに座ったメガネのオジサンが

「人事部契約担当の佐々木です。

まずは、私の方から、ご説明と契約内容のご確認をさせていただきます」

と、説明を始めた。

オジサンにしては、ちょっと高めの声。

でも、聞きやすいし、ゆっくりと説明してくれる。

契約期間は、初回1年更新とする。

1年目は、給料制、手取り15万。

安っ!!

マンションの家賃や、水道光熱費などは事務所が負担してくれると言う。  

「もう、引っ越しは終わったのよね?

東京であの場所で1人暮らししようとしたら、いくらかかるか知ってる?

家賃の負担がないんだから、1年目の新人さんで15万円は破格値だと思うわよ!

新人さんなんだから!」

と副社長が言った。

それに対して、瞬が

「そうですね。僕たち、新人さんなんで、レッスンもさせて欲しいんですが」

「レッスン?」

大きな目を見開いて瞬の顔を見た。

「僕たちと一緒のオーディションのRay−zarさんたち、研究生としてレッスンすると思うんですが、同じようなレッスンをさせてもらえないでしょうか?」

副社長は、目を丸くして

「せっかくデビューするのに、まだレッスンなんてしたいの?」

と聞いた。

「今まで、僕たちは各自レッスンをしながらやってきました。

新しい技術を吸収するというよりは、基本を忘れないように。

自分なりにやり易く崩してしまうところを、正しく直しながらやりたいと思うからです」

と、瞬は答えた。

「瞬さん、あなたのピアノを聴けば、今の話は納得するわね。

基本が出来ているって感じたわ。

瞬さんだけじゃなくて、大輝さんのドラムも、悠弥さんのベースも、桂吾さんのギターも、基本的な技術の上に、オリジナルを足してると思うわ。じゃ、いいわ!レッスンの話、考えましょう」

「ありがとうございます。

それと、手取り25にしてもらえませんか?」

普通の顔して、さらりと言った。

「アハハハハハ!瞬さん!あなたが影のリーダーかしら?

見た目の感じよりもかなりグイグイ攻めるわね!ハハハ!そうゆうの嫌いじゃないわ!

佐々木、契約書25に変更してすぐ持ってきて!!」

「あっ、はい!承知しました」

佐々木さんは、困ったような顔をして出て行った。

「じゃ、契約書を待ってる間、何か質問でも、要望でもあれば聞きますけど」

コーヒーカップを持ち上げて言った。

「はい!では、質問なんですが、Ray−zarと俺らで、俺らをとってくれたのはどうしてですか?」と、悠弥が聞いた。

「悠弥さんは、Ray−zarをどう思ったの?」

質問に質問で返された。

「上手いな〜と思いました。

ヤバイな〜って。

ボーカルも龍聖とはまた違った感じですごく良かった。

ハードロックな楽曲は、普段俺らがやってる感じと結構似たものを感じました。

演奏も上手かったし、悪かったところは何もなかったと思いました。

なので、審査員の人たち、満場一致で俺らを選んでくれたって聞いて、意外とゆうか、俺らのどこがいいと思ってもらえたのかが知りたいです」

「Ray−zarもね、同じようなことを言ってたわ。同じようなことって言ったけど、正反対のこととも言えるわね。

Realのどこが良かったんですか?って聞いてきたわ。

自分たちは、完ぺきだった。

Realよりも劣っているとは思えないって。

割とスタイルは一緒よね。

5人組で、ピアノじゃなくて、キーボードって違いくらいかしら?

年齢も近いわね〜。

あの子たちの欠点は他者を認められないところ。自分たちのあとにやったRealの演奏は聴いたと思うわ。

それなのに、Realを認めることが出来ない。

自分たちの方が良かったと思ってるのは、慢心だわ。

自分たちのパフォーマンスの方が盛り上がったって!そりゃそうよ!ロックナンバーなんだから。Realはバラードだから、そもそも盛り上がるわけないのよ。

でも、最後の音までしっかりと聞かせたのは見事だったわ〜!

観客は、最後の音の響きが消えるまで、一緒になって余韻を感じていたのよ。

そして、あの歓声。

あなた達を応援にきたんじゃない人たちも含めて、すべての観客の心に響いたのよ。

あなた達Realはそうゆうものを持ってる。

悠弥さん、あなたは、ライバルも素直に認めることができる、素晴らしい人だわ」

「えっ?俺……そんな風に言われたの初めてです。ありがとうございます」

と、照れ笑いした。

副社長が悠弥のことを誉めてくれて、なんだか俺も嬉しかった。

この人、見る目あるな。

信じられる人かもしれない。

「大輝さん、何故バラード曲でエントリーしたのかしら?」

「それは、桂吾が作ってきたから!ってのが、正直なところです。

観客の盛り上がりが考慮されることは事前に聞いていました。

バラードだと盛り上がることはないということもわかっていました。

それを差し引いても、まだ有り余るくらい、桂吾のYO.I.Nが素晴らしかった。

桂吾には、そもそもコンテストに出す為の曲を書けと言ってなかったので、純粋にラブソングを作ってきた。

それが、バラードだったというだけです。

桂吾が作ってきた仮歌を聴いた時点で、俺はグランプリとれたな!って思っちゃいました。

それは、先ほど副社長が仰られたように、慢心だったのかもしれません。

瞬もそう言っていました。

でも、桂吾の作る物に、俺は絶対的な信頼と自信を持っています。

そして、桂吾の世界観をメンバーで高めたいと思って演奏しています。

お題のラブソングがバラードだった。

俺の心にはしっくりと落ちました。

このバラード曲が評価されるのであれば、俺らハードロックから、バラードまで幅広く出来ます!って胸を張って言えるだろうと思いました」

副社長は、うん、うん、と何度も頷きながら聞いていた。

「大輝さん、あなたの決断力は、リーダーとしての資質が高いわね!

何が正しいのか、目先のことにとらわれずに、見極める判断力。

それと、団結力もね。

あなたを中心にちゃんとまとまっているのがわかるわ」

「ありがとうございます」

大輝も素直に喜んだ顔をした。


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