1-27

 「よ~し!じゃ、ちょい休憩!!龍聖、疲れたか?」

大輝が声をかけた。

「いや?全然大丈夫だよ!」

水を飲みながら、龍聖は答えた。

「そっか?じゃ、なんか、迷ってる?」

「えっ?」

龍聖の動きが止まった。


俺と悠弥は、一服しにスタジオを出ようとしているところだったけど、龍聖が止まったのにつられるように、俺も止まってしまった。


「なに?調子悪いの?気づかなかったけど」

と、瞬も話に加わった。

「なんだよ?一服行かねーの?」

スタジオから出た悠弥が戻ってきた。

「今のリアクションからすると、迷ってるってことか?」

と俺は聞いてみた。

「迷ってないって言ったら、ウソになるかも」

「なんだよ?遠回しだな!ズバっと言えよ!」

大輝がちょっとイラついた声をあげた。

「今のこの曲、なんか違うな!って気がしちゃって。

桂吾の仮歌が良かったから、俺が歌うと違う感じになっちゃって、桂吾の歌い方に寄せた方がいいのかって」

「何それ?あはは。寄せんなよ!俺の仮歌なんて、だいたいのニュアンスが伝わればいいやってくらいのもんだから、龍聖らしく歌ってくれりゃそれでいいじゃん!」

と俺は言った。

「龍聖!嫌なら嫌って言えよ!ちゃんと伝えろ!」

龍聖がこんな風に言われるのは珍しい。

「一旦、これ外そう!別に無理してこれを入れる必要性もないから」

と、瞬が言った。

「ごめん!桂吾」

「なに、なに!気にすんなよ!俺の仮歌もあんま、気にすんなよ!あんなへたっぴなヤツに寄せんなよ!アハハ」

「よし!じゃ、休憩終わり!」

と大輝が手を叩いた。

「ええっ!一服行ってね~のに~!」

と、悠弥がブー垂れた。


 練習が終わり、一緒に帰ろうぜって龍聖に声をかけた。

って言っても、龍聖の家は、ここから徒歩5分のアパートだ。

寄ってけよって言われて、部屋にあがった。

「相変わらず、なんもない部屋だな~!」

なんもないってゆうか、整理整頓がきちっとされているから、余計な物が散らかってない。

お気持ち程度の小っちゃなガラスのテーブルが置いてある。

「まぁ、座れよ」

「あぁ」

冷蔵庫からビールを2本だしてきた。

「サンキュ!」

缶ビールをあけ、とりあえず乾杯をした。

龍聖が一口飲んだのを見て、口を開いた。

「何が嫌だった?あれ?」

「…………」


だいぶ沈黙だった。

これ、大輝だったらキレてる。

“質問には、2秒で答えろ!” って言われちゃうやつだ。

「イヤだったわけじゃない。さっきも言ったけど、迷ってた」

「何を?俺に寄せるかってこと?」

「…………」


とりあえず、ビールを飲みながら、龍聖を待った。


「“real or not real” 俺らのバンド名が入ってる」

「あぁ。そうだけど、別にそこに深い意味持たせてないぜ」

「だな。歌詞から読み解けるのはな。

でも、仮歌聴いて、だいぶ感じが違った」

「それって、前にも言ってた楽しい気持ちが入ってるってのじゃねぇの?アンバランスだって言ってたやつ」

「……そうだな。それに、近いんだけど、な。

楽しいけど……不安な感じ、かな」

言い難そうに、言葉を選んでいる感じだった。

「俺に寄せるってゆうのは、そうゆう不安な感じを出すってこと?なら、出さなくていいよ!

あの曲に不安的要素入れる必要ね~から!」

「だよな。ちょっと、難しいって思って、まさか大輝に突っ込まれると思わなかったから、焦った」

「龍聖は、深読みしすぎだろ!もっと気楽でいいぜ!」

「あぁ。サンキュ。桂吾、泊まってけよ!」

「おっ!いいの?帰るのめんどくなってたとこだった」


“real or not real”

特に深い意味はない。

ラブソングでもない。

だけど、彼女のことを考えていたのは確かだ。

龍聖が言葉を選んで言った “不安”

それは、まさに的を得た言葉。

彼女は、短大生だから卒業まであと、2ヵ月もない。

就職先も決まっているって言っていた。

だから、バイトを辞めるだろう。

今のように、毎日顔を会わせることはなくなる。

だけど、カラダの関係は続けられるのだろうか。

俺が、こんなにも彼女を手離したくないって思っていることを、彼女はわかっているのだろうか。

彼女も俺と離れたくないって思ってくれているのだろうか。

龍聖が感じた “不安” ってゆうのは、たぶんそういうことだろう。

俺のあの仮歌から、どうしてそんなことが感じとれるのか、龍聖は勘が鋭い。


ちょうど1年経ったころから、彼女はやたらと『ありがとう』って、俺に言うようになった。

「けーご!ありがとう!」

「そこは、桂吾大好き!じゃね~のかよ?」

「アハハ!それは、みんなから言われてるでしょ?私は、ありがとうって思ってるよ」


俺には、『ありがとう』が『さようなら』に聞こえる気がした。


初めてカラダを重ねてから1年が経って、お互いのいいところがわかるようになった。

無口だった彼女もいろいろ話してくれるようになった。

けど、彼女は『彼女』にはなってくれない。

俺は彼女の『彼氏』にはなれないらしい。

こんな状況で、あと2ヵ月のタイムリミットが近づいていることに、不安と焦りを感じていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る