1-7

 メンテに出していたバイオリンが戻ってきたからって、瞬から連絡がきた。


「桂吾!これ、超高いバイオリンだったぞ!

子供がやる初心者用のやつかと思って気軽に出したら、ガチもんじゃん!職人さんもビビってたわ!」

そう言って、バイオリンケースを俺に渡した。

「あぁ、そうかもな。これ、3台目だから、初心者用じゃね~やつだわ」

「おまえ、知ってんなら、宝の持ち腐れにしてんじゃねーよ!バイオリンのレッスンプロ手配してやるから、まじめにレッスン受けろよ!」

珍しく瞬は興奮気味に言った。

「了解!!できれば、キレイなお姉さんにしてくれよ!」

「バカか!」

「アハハハハ!冗談だよ!」


3台目と言ったが、厳密に言えば、これは母のバイオリンだ。

俺の母は、アメリカ人。

プロのバイオリニストだ。

バイオリンもビアノも母に教わった。

初めは、楽しかった。

俺は、大概のことはそこそこできてしまう。

母に誉めてもらいたくて、頑張ってやっていた。

だけど、そこそこできてしまうことは、母は気に入らなかった。

誉められることはなく、かなり厳しくやらされた。

母は、完璧主義者で、子供だからって妥協は許さない。

ある日、あれは8才くらいだったか、レッスン中に母と口論になり、もうイヤだ!ってバイオリンを床に投げつけた。

大きな音をたてて、割れて破片が飛び散った。

 

「わかった。もういいわ。終わりにしましょう」


フランス語で言った。

いつもは、英語で話す母が、その時はフランス語だった。

すごく切ない響きが耳に残った。

 

俺が壊したバイオリンが、中級者向けの2台目。

その後、バイオリンに触れることはなかった。

今、手にしているこのバイオリンは、両親が離婚して、母が日本を離れる時に、俺にくれたもの。

「桂吾、あなたがいつかまた奏でたいと思った時に、使ってちょうだい」

そう言った。


バイオリンを手にするのは、10年ぶりくらい。

母のこのバイオリンを胸を張って、人前で演奏できるように、母の前で恥ずかしくないように、

真面目に練習する!!

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