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 俺は、高校を卒業して、進学も就職もせず、フリーターになった。

特にやりたい仕事もなかったから、高3の冬から始めたバイト先でそのまま続けてる。

駅ビルの中のテナントの服屋だ。

女性物で、客層は若い女の子。

パンクっぽい、ギャル系の服屋だ。

バイトは、楽しかった。

俺は、コミュニケーション能力が高い。

初めて来た客とも自然に話ができて、そんな客は俺が薦めた服を必ず買ってくれる。

だんだんとリピーターも増えて、俺は、客の顔や、前に買ってくれた服や、話したことを覚えていて、また喜んで買ってくれる。

俺、物を売る才能あるな!って感じていた。


俺は、そんな客にちょっとずつ自分の話もするようになった。

バンドをやってて、今度ライブがあるから聴きにきてよ!って言うと、何十人も来てくれた。

そのうちに、バンドのファンです!って子が、何人も店にくるようになった。

写真を一緒に撮ってあげたり、握手してあげたりすると、ファンの子たちはすごく喜んで、店の売り上げにも貢献してくれた。

売り上げ額が高いからか、店長も俺のやり方に何も言わなかった。

俺からしてみれば、女の子とお喋りして、金も貰えて、バンドの宣伝もできて、ファンサービスもできる。

最高の環境だった。

バイトが終わったら、スタジオが使えれば練習したり、コーヒーショップで曲を書いたり、女の子とデートしたり、そんな毎日だった。


 9月のある日、俺の店の通路をはさんだ向かい側の花屋に、『パート・アルバイト急募!!』

の貼り紙が出ていた。

今までいた、おばちゃんパートさんが病気になって急に辞めてしまったと言うことだった。

おじさん店長と、2人のパートのおばちゃん、それと普段は違う店の方にいるという店長の奥さんも出てきて、なんだかバタバタとした感じだった。

パートのおばちゃん1人辞めたくらいで、こんなにも回らなくなるのかよ!って感じで見ていた。


その2日後、バイトに行ってみると、花屋の急募の貼り紙ははがされていて、もう新しいバイトさんが入っていた。

高校生なのか、大学生なのかって感じの若い女の子だった。

白いレースのワンピースに、長い黒髪。

なんか、ドキッとした。

こんな、ワンピースどこで売ってんだよ!少なくとも、うちの店では絶対売らないだろうって感じのロングワンピース。

だけど、すごく目を奪われた。

次の日も、ワンピース。

今度は、千鳥格子の膝丈のワンピースに、薄い黄色のカーディガンを羽織ってポニーテール。

なんか昭和っぽいな。

お嬢様なのかな?

とにかく、うちの客層とは真逆な感じ。

見た目、おとなしそうだった。

だけど、その子の “いらっしゃいませ” と “ありがとうございました” が、やたらデカイ声でこっちまで響いてくる。

通りすがりの人たちも、ついつい引き寄せられて、鉢植えの植物や、花束を買ってしまう、そんな接客だった。

俺のファンも、今買ってきました!って花束を俺にくれる人が多くなった。

毎日こんなにもらっても、正直迷惑なんだけど!って、うちの女性スタッフにあげたりしていた。

そうすると、みんなすごく喜ぶ。

花、そんなに嬉しいか?ってびっくりするくらい。

まだ入ったばっかりだけど、あの子接客上手ね~と、うちの店長も感心する感じだった。


ある日、ファンの子に、なんで花を買ってきてくれたの?って聞いてみた。

「プレゼントにいががですか?って声かけられて、真っ赤な薔薇の花言葉は、“あなたのことが大好きです”なので、気持ち伝わるといいですね!って言われたので、思わず買っちゃいました!桂吾さん!大好きです!」

って言われてしまった。

へぇ~~!そうゆう花の知識があるんだな。


うちの店長が、休憩室でその子と会ったから、話をしてきたって。

短大生だそうだ。

名前は、ゆきちゃん。

あぁ、あの白いワンピースが似合う名前だな~と思った。

昼間は、学校があるから、平日は夕方からラストまで、土日は通しのシフトだそうだ。

この子が入って、やっと花屋も落ち着いて回るようになった感じだった。

いつもいつも明るく仕事してる。

だけど、たまに、あれっ?今日はお休みかな?って思う時がある。

元気な声が聞こえてこない。

花屋の方を見てみると、あれっ?普通にいるじゃん!

具合いでも悪いのかな?

そんな時が、たま~にあった。


そんな静かな日、大丈夫?って声を掛けてみようかな?なんて考えながら見ていたら、花を見つめて、ツーーっと涙を流した。

 

えっ?


すぐに、俯いてしまったから、長い髪で顔が隠れて見えなくなった。

俺は、女の涙には騙されない。

すぐに泣く女が多すぎる。

特に嘘泣きする女は最悪だ。

そんなのバレバレだよ!ってくらいの嘘泣きが多い。

だけど、今のあの子のあの涙は、誰かを騙そうとしてるわけでもない本当の涙。

何か悲しいことがあったのか、辛いことがあったのか?

すごく気になったけど、誰かに涙を見られたとしたら、それは彼女にとって不本意だろう。

そう思って声は掛けなかった。


次の日は、普通に元気な “いらっしゃいませ” が響いていた。

この声を聞くと、ほっとするようになっていた。

なんの接点もないし、共通の話題もなさそうだし。

すぐ近くにいるのに、話しかけることは出来なかった。

ボウタイの白ブラウスに水玉のプリーツスカート。

なんてゆうか、今どきではない感じ。

だからと言って、ダサいわけではない。

昭和レトロみたいな感じが、自然でとても似合っていた。

花束を作ったりしてる時の表情が、とても柔らかで穏やかだ。

花が好きなんだな~ってそう思っていた。



 彼女がバイトを始めてから2カ月近く経ったけど、相変わらず話をすることは出来なかった。

“おはようございます”と“お疲れ様です”の挨拶はしてくれるけど。


そんなこんなで11月。

とても寒い日だった。

今日はまた静かな日。

客もまばらな木曜日だった。

横顔がまた、泣いているように見えた。

俺は、1、2歩花屋の方へ近づいた。

その気配を感じたのか、彼女は俺の方を向いた。

真っ赤な目をしている。

一瞬固まった……ダルマさんが転んだ!をしてるみたいに。

彼女は、スローモーションみたいに、ゆっくりと目を閉じ、開くと、


「海を見に行きませんか?」


と俺に聞いた。

今、思い出して考えても、あの時の彼女は、とても どうしようもなく、寂しかったんだと思う。

そんな彼女の気持ちにつけこんだ俺は、ゲス野郎だな。

でも、あの海の一晩の出来事がなければ、いつまでも世界が違う人だっただろう。


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