1-5
「おつかれ~~」
いつもバンド練習に使っている貸しスタジオに行くと、まだ悠弥と瞬しかいなかった。
「おっ!桂吾おつ!!」
「おつかれ!」
いつもなら、来てすぐに瞬はピアノを弾き始めているのに、今日は珍しく本を読んでいた。
「今度のライブ、俺ら30分だから、4曲だって!何をやりたいか考えとけって。大輝、今日遅れるから決めとけってさ」
悠弥がペットボトルの炭酸を飲みながら言った。
「何やりたいかって、そうゆうとこ大輝適当なんだよな!流れがあるだろ!」
と、瞬が相変わらず本を読みながら言った。
その感覚は、瞬と同感。
やりたい曲をぶつ切りで4曲やるより、コンセプトってゆうか、テーマを決めて流れでやりたい。
「まぁいいや。とりあえず、案を出してみようぜ」
「わり~、遅れた」
龍聖が小走りで入ってきた。
「おつかれさん!まだ何もやってね~から」
と俺が言ったのと被せるように、
「ちょっと~~!!龍!!歩くの早過ぎ!!待ってって言ってんのに~~!!も~~!」
と、大声で言いながら、理彩子が入ってきた。
「うっるせーなー!」
と、悠弥が言うと、理彩子は、べーとやりながら俺の横に座った。
「あれっ桂吾!髪のびたじゃん!私に切らせてよ~」
そう言いながら、俺の髪を撫でて耳にかけた。
「なんだよ?練習台かよ?龍聖の方が長いんだから、切ってやれよ」
「ダメダメ!!龍はあまりにも直毛で怖いんだよ~!失敗したらごまかせないじゃん!」
「アハハハハ!それって俺は、失敗してもいいってことかよ?」
「じゃなくて、桂吾はちょっとクセがあるから、流したり出来るじゃん!」
そう言いながら、また俺の髪を撫でた。
「流してごまかせるってことかよ?クセがあるから、難しいんじゃね~の?そうだ!瞬を切ってやれよ!サラリーマン風に」
「えっ!俺も失敗されたら仕事に差し障るからNG!」
瞬が慌ててそう言った。
「じゃ、しょうがね~な~!俺、切らせてやるよ!」
と悠弥が言った。
「切るとこねーじゃん!板前みたいな頭して!」
「なんだと!ブスっ!!」
「二人ともいい加減にしろよ」
ボソッと龍聖が言った。
ちょっと、怒ってる?って感じだったけど、理彩子は全く気にした感じもなく
「ってゆうか、桂吾いつもとシャンプーの匂い違わない?」
と、俺の髪に顔を近づけた。
「えっ?気づいちゃった?ラブホのやっすいやつ!!アハハハハ!」
「へぇ~!相変わらずモテるね~!
で!その相手良かったんだね?」
「はぁ?アハハハハ!良かったって何?
理彩子エロ話かよ?」
「アハハハハ!今日の桂吾すごい機嫌がいいなぁって思ってさ!」
「理彩!お喋りが過ぎるぞ!」
龍聖が低い声で怒った。
龍聖と理彩子は、高校から付き合っている。
なんで、理彩子なんだろ?って、いつも思ってた。
龍聖ほどのいい男だったら、女なんて選り取りみどりなのに。
龍聖は、身長が俺より10センチ以上高いから、190近いのかな。
足が長くてスラッとしている。
端正な顔立ち。無口で影があって、男の俺から見ても超かっこいい。
理彩子は、本当に明るく超ハイテンションの元気な子だ。
屈託なく男子にもガンガン喋ってくる。
悠弥は、小学校の同級生だったこともあって
“ブス!”って平気で言うけど、それは俺も同感だった。
さすがに、俺はそんなこと言わないけど。
龍聖、ブス専かよ?なんて、そんなことも聞けないけど。
まぁ、性格はいい子だからな。
高校の時から、俺らのバンドのマネージャー的なことをしてくれている。
今は、服飾だか、ヘアメイクだかの専門学校に通っている。
高校の時、龍聖に理彩子のどこがよくて付き合ってんだ?って聞いたことがあった。
そしたら、
「付き合うのに、理由なんて必要なのかよ?」
って言った。
すげー!カッケー!って思った。
これ、絶対いつか歌にしよう!って思った。
って、まだ作ってなかったけど。
とにかく、龍聖は超かっこいい!!
あのルックス!あのタッパ!そして、何より歌声は最高だ!
俺の作る曲は、龍聖が歌うことを前提に作ってるけど、俺が思ってた以上にいつもかっこよく歌ってくれる。
龍聖がボーカルで良かった。
今は、大学に通っている。国際グローバルなんとか?の勉強をしてるって。
英語も俺と会話できるくらいだ。
大輝が一時間遅れで来た。
「わり~」
「おっ!大輝お疲れ!」
「仕事、ご苦労様!4曲選曲しといたよ」
「ライブ当日の順番だけど、理彩子に確認してもらったら、俺らの前がbluebabyで、後がG.K.Sだって!
それを踏まえた上で、今回はガッチガチのハードロックでいこうかって選んだけど。
あとは、大輝の意見で」
そう言いながら、瞬が大輝に楽譜を渡した。
「OK!!俺待ちで時間押しちまってるし、みんなで決めたなら、それでいいや!早速通してやってみようぜ!理彩子タイム計っといてな!」
そう言ってドラムを叩き始めた。
大輝は、このバンド “Real” のリーダーだ。
そもそもは、高校の軽音部。
高1の時に、楽器出来るヤツを大輝が引っ張ってきて始まった。
バンド名は最初、“realtime rock” だった。
一番最初にボーカルの龍聖が決まり、ギターとピアノが上手い瞬が誘われた。
あとは、ベースを入れて4人組のバンドのつもりだったそうだ。
ベースが出来る悠弥を誘いに、ボクシング部に来た。
ちょうど、俺と悠弥は二人でリングの上にいた。
悠弥にベースやってくれよ!って頼んで、俺をチラッと見て
「お前も入る?」
って聞かれた。
俺は、なんだか嬉しくて
「入る!!入る!!」
って即答した。
後日、軽音部の部室に呼ばれ、5人が顔を合わせた。
「お前、楽器何できる?」
って、初めて聞かれた。
「ギターかな」
ギターを渡され、弾いてみた。
「瞬とは比べ物にならないな」
大輝が言った。
「ピアノも出来るけど」
弾いてみた。
「あ~、上手いけどな。瞬の方が、格段に上手いな!」
「バイオリンも出来るけど!」
「アハハハハ!バイオリンはいらねーなー!
楽器は、これから練習してくれりゃ~いいや!
おまえハーフなんだってな!おまえ見て一目惚れした!!これは、女がほっとかね~な!って。
聴いてくれる人を呼び込んで、バンドのファンを増やすのがおまえの仕事!!いいな!」
って、大輝は笑った。
それからは、瞬に教わりながら、ギターもピアノも練習したし、女の子にガンガン声かけてバンドのファンを増やしてきた。
役割分担は果たしてるかな。
あと、曲作りは殆ど任せてもらえるようになった。
本当に大輝には、感謝している。
あの時、俺をバンドに誘ってくれて。
なんも出来ない俺を見捨てないでメンバーに入れてくれて。
大輝は、高卒で親戚の叔父さんがやっている自動車の整備工場で働いている。
昨日みたいに急に雪が降ると、タイヤ交換が忙しくなるんだそうだ。
俺もまだスタッドレスに換えてなくて、車を駐車場から出せないでいる。
この雪が解けたら、タイヤ交換しないとな。
大輝は、やってやるよって言ってくれてるけど、遅くまで働いてるから悪くてな……
みんな、それぞれ忙しい。
悠弥は、コンピューター関係の専門学校に通っている。
とにかく、課題が多くて大変だと言っている。
俺と悠弥は、中学の同級生で仲がいい。
中学の頃、俺らはだいぶヤンチャだった。
別グループや、他校の奴らとケンカするのはしょっちゅうだった。
やった、やられたの繰り返し。
そんな毎日でも、悠弥はベースをよく練習していた。
5つ上のお兄さんがいて、中2の時にお兄さんは大学に進学して家を出てしまっていたが、ベースは使っていいぞと置いていったそうだ。
俺は、実際に見たことなかったけど、兄貴がステージでベースを弾く姿が超かっこよくてさ!
俺もああなりたい!!超えたい!ってよく言っていた。
身近にいいお手本がいたからか、悠弥のベースはセンスがいい。
俺と一緒で、頭は良くないけど、運動神経が超良くて、大抵のスポーツは上手くできる。
高校に入学して、二人でボクシング部に入った。
体を鍛えて、もっと強くなろうって。
悠弥は、ケンカっぱやいけど、一本筋が通ってる男だ。
ボクシングでも、大会でいい成績をおさめていた。
俺たちは、大輝に誘われてバンドに入ったけど、俺らの所属はボクシング部で、かけもちで軽音部の助っ人的な感じでやっていた。
瞬は、このメンバーの中で、一番常識人。
でも、穏やかな見た目よりも、ストイックな男。
俺に対しても厳しいことを言ってくれる人だ。
ピアノは3才から、ギターは6才で始めたそうだ。
俺も、ピアノは3才からだけど、瞬の練習量は半端なかった。
高校の頃も、ピアノのレッスンに通ったり、自主練も何時間も。努力を惜しまず、向上心のある人だ。
頭が良くて、高校では特進クラスという優秀な人が集まってるクラスにいた。常に学年でも上位だった。
そんな瞬が、高校卒業後の進路を就職にした。
意外だった。
瞬なら余裕で行かれる大学いっぱいあったはずなのに。
瞬が就職したのは、大手の楽器屋さん。
音楽や楽器に携われるのは勿論だが、バンドで使う、楽器や機材、消耗品を社割りで買えるのだという。
会社が持っている貸しスタジオを、予約がない時間は自由に使ってもいいというすごい特典があった。
高校時代は、いくらでも学校で練習ができた。 でも、卒業後は場所もない。
金もない。
それを確保するための就職。
そこまでのことを考えての就職だったんだ。
最近は、俺の作る曲を誉めてくれる。
書いた譜面を渡すと、ピアノでサラッと弾いて、ここはこうした方が良くない?とか、このイントロ部分、もっと長くして、ピアノソロやらしてくんない?とか。
俺が最初作ったよりグッとよくなる。
「桂吾は、感性が豊かだし、鋭い感覚で表現するのが得意だ!何をやっても、それなりにこなせちゃうだろ?ギターもピアノも上手いよ!
だけど、普通に上手いってレベルじゃ上にはいけないぜ。俺は、このバンドでプロを目指してる。お前は、そこまでの覚悟があるのかよ?」
って言われた。
俺は、正直プロとか、そこまでのことは考えてなかったから、瞬に言われてハッとした。
瞬は、高みを目指しているんだな。
今は、一端就職して、バンドデビューに向けての準備期間。
10年後は、プロとしてやってる予定だからって笑った。
瞬が、そういうなら出来そうな気がする。
いや、その為には今出来ることを精一杯やらなきゃいけないな!
「今度、バイオリン持ってこいよ!どうせ、全然メンテしてね~だろ。メンテ出してやるよ。
今は必要ないかもしれないけど、少しずつレッスンしとけよ。で、10年後には、バイオリンとピアノから入る曲とかもやってみようぜ。そうゆうのを作って、胸を張って演奏できるようになってくれよ!」
「俺らロックバンドじゃなかったっけ?クラシックバンド?」
「アハハハハ!融合だよ」
明日のバイトのシフトと、デートの予定を把握しとくだけの俺とは違って、瞬は10年先を見越して行動してる。
すげーな。
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