第2楽章

(第 1 話)

仮入部期間のギリギリまで迷った挙句、俺は音楽部に入部することにした。そう、

「吹奏楽部」ではなく、「管楽器・打楽器」と一緒に「弦楽器」もある、つまりオーケストラのある「音楽部」だ。

自分の手で、素晴らしい演奏ができるようになれば・・・という思いを否定できなかったからだ。姉貴は

「どうせ、すぐに飽きるかもね」

ってバカにしたし、サッカー部の中山は

「なんで?」

という顔をしていたし、岩橋先生に至っては、音楽部顧問の村岡先生に

「佐野くんはすぐにレギュラーになれるから、試合の時だけ、レンタル移籍ってことでなんとか」

なんて交渉している。

でも、俺はもう迷わなかった。

サッカーが嫌いになったわけではないが、今の俺は、とにかく自分が楽器を弾けるようになって、多くの人たちを感動させたかった。自分がマジ感動したように。

さらには、川合先輩、もとい、あゆみ先輩の存在も大きかったのだが、それは後で長い話をする。


勇気を出して、音楽室の扉を押した。そこで真っ先に目に入ったのが、俺に最初に声をかけてくれた斉藤先輩だ。

「おう!浩太。ついに来たな」。

「あ、まだ本決まりでないですけど・・・・触るだけ、触ってみます」

「ああ、勿論どうぞ」

斉藤先輩の手ほどきで、最初、恐る恐るチェロを構えてみた時のことは、まだ覚えている。

椅子に座り、両足でチェロをはさむ。女性の体のような「くびれ」があると聞いて、俺はちょっと恥ずかしい気持ちになった。はい、思春期ですから(笑)。

で、弓を持たされて、縦の弦に対して真横に弓を弾く。「ギイ~ゴオ~」。すごい音。

「もっと、優しく!サッカーボールとはわけが違うぞ浩太」

分かってますよ、分かってますけど・・・

「グウ~ゴオ~」

どうしたら、あの「白鳥」のように鳴る? 一生、あんな綺麗な音は出ないと確信した。俺には、ムリだ。


(第 2 話)

後から分かったことだけど、斉藤先輩は、確かに高校に入ってからチェロを始めたけど、すぐにその面白さにはまって、1 年の夏休みから、毎月チェロの個人レッスンを受けているということだった。どうりでね。我流で上手になれるほど、カンタンな楽器ではないのです。で、あゆみ先輩によると、斉藤先輩は本格的に音大に受験する準備をしていて、将来はプロのチェリストになりたい希望がある。はるか 7 年上の先輩に、東京のプロ・オーケストラで活躍している麻生さんというチェリストがいて、しきりに誘われているらしい。その麻生さんも高校からチェロを始めて、一度普通の大学に入学したけれど音大に入り直し、プロのオーケストラ団員になった。我々後輩にとってのヒーローだった。

ともかく、チェロは感覚的に難しかった。

見かねた斉藤先輩が、

「じゃ、ヴァイオリン構えてみて」とチェロを引き取る。すんません。

「信山!浩太にやらせてみ」

信山先輩は、独りで鏡を見ながらゆっくりゆっくりボウイング(弓遣い)の練習をしていた。弦楽器の場合、演奏フォームはとても重要で、鏡を見ながらの練習はすごく大切なのだ。特にヴァイオリンを弾くときは、腕は肩を中心に「円を描く」動きをする。が、ヴァイオリンを左肩に乗せて、右手で弓を持つ。しかも、ヴァイオリンに張られている弦に対して「垂直に」弓を動かすことは、「円を描く」腕のそもそもの動きとは矛盾する。なので、絶えず弦に対して「垂直に」弓を走らせることは実は想像以上に難しいことなのだ。だから、信山先輩はいつも姿見の大きな鏡を独り占めにして、ボウイングのチェックを毎日 20 分以上、怠ることなくやっている。そういった、地味な努力があってはじめて、華やかな演奏が可能になると知った。

「浩太、やってみるか」

信山先輩はニコリともしないで、俺を迎えた。

「はい、お願いします」


(第 3 話)

初めて信山先輩の手ほどきでヴァイオリンを構えて、恐る恐る、弓を動かしてみ る。音域が高い。ギイギイではなく、キイキイ、の音がさらに苦痛。ああ~これもダメか。

信山先輩は表情ひとつ変えず、「浩太、つぎ、こうしてみろ」と弓を導いてくれた。すると、思ったよりも綺麗な音が出た。すげえ。

「じゃ、次はこう」

信山先輩の指示通りに弓を動かしたら、思いのほか、スムーズに綺麗な音が徐々に弾けるようになってきた。面白い!俺も、できんじゃん!

「浩太、お前、音楽はこれまで?」

「あ、実を言うと、小学校の時に、トランペット吹いてて」

「ああ~そうか。楽譜は読めるな。ふーん」

少し信山先輩は考えるような表情をした。そして、斉藤先輩のところに近寄って行 って、何やら話し込んでいる。しかしすぐに戻ってきた。

「浩太。お前、ヴァイオリンやってみるか?」

「えっ?あ、はい。別にいいですけど」

「ちゃんと、練習するな?」

「あ、はい!頑張ります!」

「OK。じゃあ、決まった。最初は俺がしばらく見てやる。いいな」

「はい!」


晴れて正式入部を迎え、俺は正式にヴァイオリン・パートの一員となった。

その初日。

「とりあえず、今日から 1 週間は、尺とり虫、やってもらう」え?何それ?

「楽器は使わない。弓だけ、使う」は?

「右手で、鉛筆を持つように弓を持つ。そうそう」

こんな感じ?

「で、弓を縦にする」はい。

「で、持っている右手で、弓を落とさないように、少しずつ上に上に、昇っていって」は?こう?

と思った途端に、弓を落としてしまった。

「落とすなって言ったろ!いくらすると思ってんだこの弓」

あっすみません。高いのかな?


(第 4 話)

信山先輩も、個人レッスンを受けていて、その先生の勧めでかなり高価な楽器に買い替えたばかり。でも、卒業後は音楽の方面には行かず、自衛隊に入隊する こと決めている。音楽は趣味と割り切って楽しみたいとのこと。

その「尺とり虫」の練習、思った以上に難しかった。5 本の指が完全に脱力して、自在に動くようにならないと出来ない。初日、2 日目とかなり苦労したけど、逆に指がつってしまうほど。日頃使っていない筋肉を使うって、実はハード。斉藤先輩も、

「筋肉をよく使う」

って、入部前に話してくれたっけ。

ヴァイオリンなどの弦楽器は、いわゆる音階を自分の指で作っていく。弦を抑える左手がそれにあたるわけで、音色を美しくする「ビブラート」も左手。しかし、本当に難しいのは弓をどう捌くかの「右手」。弦楽器奏者の間では「右手、一生」という言葉があって、弓遣いの右手の鍛錬には終わりがないことを現している。実際、ホント難しいよ。

とにかく 1 週間「尺とり虫」をやった俺の右手(正確には、指)はかなり柔軟になってきて、ソフトな握りで弓をホールド出来るようになっていた。良かった。下から昇るのと、逆に上から降るのがあるけど、どちらも俺はスムーズに出来た。運動神経、いいほうだから。

その運動だけど、ずっとサッカー少年だった俺が、毎日音楽室で 2 時間も座って

「尺とり虫」だの。身体がなまってしょうがない。ボールを蹴りたい衝動が日に日に大きくなっていった。「ああ~!なんか息がつまるよ~!」と大声で・・・・言えるわけ、ない。こちとら、まだドレミファも引けない新入生だ。でも、これを 3 年間やるとは・・・・想像すると、ちょっとブルーになりそうだった。


(第 5 話)

正式入部のあと、ある日のこと。

「おい、浩太」

斉藤先輩が俺の背中をたたいた。見ると、ジャージに着替えている。いつの間に?

「バスケ、付き合わねえか?」は?バスケって?

「浩太くん、行ってきなよ。最近、シケた顔してばっかり」

あゆみ先輩も遠くから声をかけた。

「あの、バスケって・・・」

「つまり、そのバスケだよ。来いよ!」

斉藤先輩が楽器をしまって、音楽室からつかつかと出て行った。

「ほら、置いていかれるわよ。行ってらっしゃい」

俺を指導してくれていたヴァイオリンの井川先輩も笑顔で俺を送り出してくれた。俺は仕方なく、走って斉藤先輩の背中を追いかけた。


行くと、昇降口の前で練習していたバスケ部の連中が、はあはあと息をしていた。同じクラスの、小林もいた。「?」という顔で、俺を見ている。俺自身も、どうしてここに連れてこられたら分からないから

「?」という顔をしていただろう。

「じゃあ斉藤も来たから、今から 3 on 3 だ。ゴールは、あれ」

キャプテンらしき人が指さしたところに、明らか手作りだけどバスケット・ゴールが自転車置き場のカベに設営されていた。げ、いつの間に?

「おい川辺。こいつ、浩太っていうんだけど、もともとサッカー部だから、スタミナはあると思うよ。でも、ドリブルっつったら、手じゃなくて足が出るかもよ」

と斉藤先輩がキャプテンの川辺さんに俺を紹介してくれた。

「おーそうか。じゃ、浩太には特別、ヘディングもありにするか(笑)じゃ、俺と同じチームだ」

ビブスを渡されて、俺は川辺さんと同じ。斉藤先輩は、敵だ。

(そういえば斉藤先輩、前にバスケを今も本格的にやっているって・・・)


(第 6 話)

「じゃ、笛吹いて。5 分ね」

川辺先輩が後輩にホイッスルを渡す。

「ピーッ」

試合が始まった。3 人対 3 人で、ハーフ・コートに分かれて攻撃しあう。俺はバスケも下手ではないと自分では思っていたので、いろいろ動いて、川辺さんと、もう

1 人の先輩からのパスを受けようと、いろいろ動き回った。基本、サッカーで「敵の裏をとる」動きは何百回と練習したので身体が覚えていた。オフサイドがないだけ、バスケは有難い。

何度か良いパスをもらったが、その都度、斉藤先輩のマークが容赦なかった。身長差は 10 センチあるし、ドリブルが上手ではないから、いとも簡単にインターセプトされ、ことごとくチャンスを俺のせいで奪われた。くう~!悔しい。くそっ!

敵のボールが、うまいパスで俺らを翻弄する。やられたら、やり返す。斉藤先輩がボールを持ったとき、俺は本気でマークに行った。でもいかんせん、経験値ではかなわない。あざわらうかのような見事なフェイントで俺を置き去りにし、何度 も斉藤先輩のシュートはバスケットをすり抜けた。何点か、俺のせいで決められ、時間がきた。ホイッスル。


「お疲れ~斉藤、いつもどうもな。浩太くん、良かったら、また遊びにきて。俺ら、メンバーギリギリなのよ。」よく見ると、俺たち 2 人が入って、ちょうど 7 名。ってことは、5 人しかいないの??

「ああ~さっぱりした。川辺、サンキュー。

じゃ、浩太、戻るぞ」

「(はあ、はあ、はあ、はあ、・・・)あ、は、はい」

肩で息をしながら、俺は音楽室へと続く階段をゆっくり昇って行った。


(第 7 話)

井川先輩が待っていてくれた。

「どう?ストレス解消、できた?」

「(はあ、はあ、はあ、・・・)はい、・・・・ありがとうございます」

「じゃ、今日は G-dur(ト長調) の音階をやってみましょう」


時々、斉藤先輩は今日のようにバスケ部の練習にちょっとだけ参加しているようだった。楽器の練習は、基本、地味な反復練習が 90%以上。ステージでの華やかさとは裏腹に、陰でいかに地味な練習を継続できるかが本当の勝負なの だ。そうなれば当然、俺だけでなくストレスもたまる。だからこうやって、定期的にガス抜きをするのも大切なことなのだと井川先輩が教えてくれた。

で、その井川先輩は絵がすごく上手で、将来は美術の教師になるという夢がある。へえ~ヴァイオリン弾いて、油絵を描いて。ゲイジュツカ~って感じだ。あとは、俺の憧れているあゆみ先輩は、茶道をやっている。

斉藤先輩がバスケをやることは、実はチェロの先生には内緒。何でも、一度バス ケをやっていて突き指をしてしまい、それでチェロを2 週間弾けなかったことで、先生が激怒し、受験が終わるまで、バスケはご法度になった。でも、斉藤先輩は そんなことは無視して、週に 1 度は川辺キャプテンと一緒にバスケをやっている。 2 人は、同じ中学で同じチーム。しかも当時は斉藤先輩がキャプテンだったそう。そう考えると、斉藤先輩はすげえ、と改めて思った。


練習を終えて帰ろうとすると、あゆみ先輩が

「ちょっとさ~、行ける人で Eve に行こうよ」

と誘ってきた。Eve は、駅前にある老舗のパーラーで、尾川中央の生徒のたまり場になっている。入部してすぐ、新入生歓迎会をそこでやってくれた。その日は音楽部だけで 25 人くらいいて、ほとんどお店は貸し切りになったっけ。


マスターはいつも気難しい顔をして、何度もコーヒーを淹れては捨ててを繰り返し。美人のママは奥様なのだけれど、

「作って、捨てて、陶芸家みたいでしょ」

と屈託なく笑う。金のない俺らはいつもソーダ水 350 円だったけど、イヤな顔ひとつしないで迎えてくれるのが嬉しかった。


(第 8 話)

で、Eve に集まったのは俺、ヴィオラののび太・森山(あ、これ本人に言うとすごく怒る)、チェロの富岡、オーボエの樋口、同じヴァイオリンの中川さん、悠木さん。そして信山先輩、井川先輩、斉藤先輩、あゆみ先輩、そしてホルンの渡瀬先輩。11 人ともなると、ボックス席でもぎゅうぎゅうだった。時々、こうして学校帰りにEve に寄ると、高校生になったんだな~ って感じる。だって中学生は、こういった 喫茶店には入れない。尾川駅前には喫茶店といえる店は他になく、多くの生徒はとなりの駅のサイゼリヤとミスドに流れている。そこまでカップルで歩いて行くのが、尾川中央の生徒にとっては密かな憧れになっていた。

Eve でもあゆみ先輩が仕切る。

「みんな、お疲れ~!今日は、渡瀬財閥がいてくれるから、遠慮なく頼むのよ!」

「え?渡瀬先輩、いいんすか?」

富岡がマジ顔で聞く。野暮だな。

「ああ、いいよ~」

気の抜けた炭酸水みたいな声で応じる渡瀬さんだが、哲学書をかなり読んでいて、もっぱら『話が長い』のが玉に瑕。親父さんが創業した町工場は、最近になって東南アジアに市場を開拓し、かなり潤沢に利益をあげているらしい。将来は、大学の工学部を経て専務として入社することが決まっている。


なんとなく座った席だったけど、正面に悠木さんが座った。右にはのび太、左には井川先輩。今日も素敵な香水の香りがした。高校生になると、女子はがらりと変わって、香水の匂い? 化粧品の匂い?をプンプンさせている。

ちょっと、あゆみ先輩が遠くなってしまった。ま、仕方ない。


(第 9 話)

「悠木さんさ、あの『指揮者コーナー』で、よく最初に手を挙げたよね」

俺が、前から聞いてみたかった質問をぶつける。

「ああ、あのときね。後から出ると、『さっきの人のほうが上手だったね』とか比べられるから、やるなら最初かなって」

恥ずかしそうに悠木さん。

「そうだよ。だから俺、やりにくかったもの」のび太がイヤそうに言った。

「でも悠木さんの指揮、見やすかったわよ」

さすが優しい、井川先輩。

「ありがとうございます」

悠木さんが、飼い猫のように大人しくな った。


「ところで今度の定演だけどさ」

渡瀬先輩が、珍しく真面目な声で言った。

「今のままじゃ、本番まで仕上がらねえぞ。信山、そう思わねえか?」

信山先輩は、座るなりずっと総譜(スコア)を読んでいたけど、渡瀬先輩の声に反応した。

「これは、コンマスとしての意見だが、本番までに仕上げることしか考えてない」。いつものように、表情は変わらない。

「ただ、ここからは俺個人の意見だ。先日、村岡先生とも話したけれど、曲がりなりにもお客様に、たとえ500 円だろうが300 円だろうが、チケットを買ってもらって聞いてもらうという観点に立てば、今の俺らだったら、ステージに乗るべきではないと思う」。

さっきまで笑って後輩とじゃれていたあゆみ先輩が、慌ててグラスを置いて信山先輩を見た。

「あゆみ、お前、ヴィオラパートとしてはどうなんだ」

冷徹な視線が、あゆみ先輩に突き刺さ る。


(第 10 話)

あゆみ先輩は、ちょっと気まずそうな表情になった。こんな顔、見たことがない。

「ちょっと信山くん。1 年生がいるところで、そんな話しなくても」

「何を隠すことがある?事実じゃねえか。ただ言ったように、俺はコンマスだから、演奏に関しては全責任が問われる。だから、妥協はしないで、当日までは絶対に諦めない」

コンマス=コンサートマスター。オーケス トラのメンバーの中の責任者。ヴァイオリンのトップ奏者がそれにあたる。

「ただ、同時に、客席のお客様に、俺たちの演奏がどう聞こえるのか、は別問題だ。自分たちが満足できていない状態で、お客様を感動させることなんて、絶対に 出来ない」

信山先輩の言葉は多くはないが、いつも的確に現実を捉えている。

「ヴィオラとしてはさあ~、やっぱ 2 楽章が問題なのね」

あゆみ先輩の顔が曇る。「As-dur(変イ長調)だから、かなり鳴りにくいし、緩徐楽章は余計に誤魔化しが利かないから」

「いつも、付点のリズムが甘いんだよな。何回言っても。レガートになってない」

渡瀬先輩のダメ出し。


「じゃあ木管のアンサンブルはどうなんだよ。いつも、音程ビミョウじゃん。ブレスも合ってねえし」

斉藤先輩も負けてない。

「ホルンは、カンペキだけどね」

渡瀬先輩は、基本、オラオラ系。いつも俺様が一番。もっとも、そうでないとトッ プ奏者は務まらないのだ。

「内輪もめしててどうすんだ、バカ。演奏の完成度を、まず考えろ」

信山先輩が、一喝。一同、シュン。


(第 11 話)

「ヴァイオリンだって、人のことは言えない。何回やっても、3 楽章のトリオに入る前、あそこで走っちゃう。2 年生は仕方ないかもしれないけど、3 年だってちゃんと弾けている人が何人いるか」

井川先輩も溜息をつく。井川先輩はトップサイド、つまりコンマスである信山先輩の隣の席。第 1 ヴァイオリン・パートをまとめる責任を負っている。

「定演、9 月だろ・・・。夏休み前までに、最低でも譜面だけはおさえて、あとは合宿の時から一気に解釈まで持ってく。村岡先生に、そう頼めないかな」

珍しく、弱気な斉藤先輩がいた。

「村岡先生には、もう言ってある。とりあえず 7 月までは、音程には目をつぶってくれって。でもな、それに甘えていたら、マジ定演には間に合わねえぞ」

信山先輩の目が光った。芸術家の目、だ。

俺たち 1 年生は、2 年生の先輩が誰もいないところで、『こんな話、聞いちゃっていいの?』という雰囲気になっていた。初めて聴いた『カノン』や『アイネ・クライネ』の素敵な演奏の陰で、こうした深刻な話し合いや濃密な練習があったとは想像だにしなかった。


ふと見ると、珍しく信山先輩が、スマホを気にしている。と、慌てて電話をとって、

「はい!ご無沙汰しています先輩!」と言いながら慌てて席を立った。その様子を見て、斉藤先輩とあゆみ先輩が目くばせをした。

「お~お出ましだあ~!和尚のお出ましだぞ!」

俺ら 1 年組は、キョトンとしている。あゆみ先輩がすかさず、

「うーん。この調子だと、来週の月曜日は居残り練習だわ、きっと」。

表情は、暗かった。オーボエの樋口が

「どなたか、先輩が来られるんですか?」と聞く。あゆみ先輩はそれには答えず、井川先輩にサインを送った。

「みんな。来週の練習、今から覚悟しといてね」

井川先輩のこんな顔は見たことがない。ヴァイオリンの中川さんが初めて口を開いた。

「あの、どなたが・・・?」

「発心寺(ほっしんじ)の和尚様、だよ」 渡瀬先輩の言葉には、いつになく、力が込められていた。


(第 12 話)

俺たちが Eve に行った翌日の土曜日。 弦楽器の LINE 連絡網が回ってきた。なんと、来週月曜日の 7 時半から朝練習なので集合、と。?音楽部なのに朝練? かなり懐かしい響きだ。入学以来、音楽部の朝練で招集されるのは初めて。なに、何が起こる?もしかして、信山先輩が受けたあの電話?和尚さん?誰なんだろう?

とにかく遅れられないから、月曜日は 6時に起床。母さんが珍しく

「なに?試合でもあるの?」

だって。俺はもう、サッカー部じゃありません!職人のオヤジも朝は早い。久しぶりに、一緒に朝の食卓を囲む。

「浩太、学校のほうはどうだ?」

「えっ、まあ普通」


「普通ってなんだよ。良いとか悪いとか、何かもっと気の利いたセリフ、あんだろ?あ?」

「だから、普通だよ」

「ヴァイオリン、ちっとは上手くなったのか?チゴイネルなんとか、いつになったら弾けるようになるんだ?オレは、それしか知らん」

サラサーテの超絶技巧・ツィゴネルワイゼンを知っているとは洒落た庭師だ。信山先輩が半年以上も練習しているけど、まだ先生の OK は出ていないそう。一度楽譜を見せてもらったけど、ぎゃ~、とい う感じ(苦笑)。俺は、一生のうちで、これを弾ける日が来るとは到底思えなかった。


(第 13 話)

7 時 10 分きっかりに、自転車で家を出る。

高校までは 15 分だから、まあ余裕だろう。信号にも割と恵まれ、スイスイと到着。 7 時 22 分。よし。昇降口の目の前にある階段を昇れば音楽室だ。階段を 1 段抜きで駆け上がり、音楽室の重い扉を開いた。すると、そこには信じられない光景があった。


信山先輩が起立したまま固まっている。背中しか見えなかったが、明らかにプルプル震えている。そして井川先輩、あゆみ先輩、その他の先輩、そして斉藤先輩までもが泣いている。なに?何があった?俺は恐る恐る、部屋に入ると指揮台の上にいる黒い作務衣に気づいた。お、和尚??

俺は完全にビビッて、そお~っと壁際のイスに座った。そしてゆっくりと視線を挙げて、作務衣の人物を見つめた。

(俺、遅刻していないよな?)

確かに、頭髪はきれいに剃りあげて青々としている。紛れもなく、お寺の僧侶のいでたちそのまま。数珠の代わりに手にあるのは、・・・・ヴァイオリン。いや、弓だけだ。

「もう 1 回」

和尚の低い声。

「はい」

信山先輩の声が、かすれている。

「いくぞ。2、3」

和尚が弓を振る。

信山先輩が弾き始める。3 拍子、『運命』の3 楽章。井川先輩がこの前に言っていたトリオの前。そう、インテンポ(=テンポ通り)で弾くのが難しく、どうしてもリズムが転んでしまう箇所。松坂桃李が主演した映画『マエストロ!』でも、その箇所が取り上げられていた、ヴァイオリンの難所。これをパート全員(20 人くらい)で揃えて演奏するのはプロでも難しいのだと斉藤先輩から聞いて、俺は心底驚いた のだった。


(第 14 話)

「早いぞ!リズム合ってない。移弦するときに遅れる。何回やれば出来るんだコンマス。もう 1 回」

和尚が静かに繰り返す。お経を読ませたら、いい声だろうけど・・・

「・・・・はい」

もはや信山先輩の顔色はない。

ヴィオラののび太が俺に耳打ち(数えていたけど、これで 24 回目)げっ!後から聞いたのだが、パートリーダーの先輩たちは 7 時に集合がかけられていた。

24 回目の演奏にもダメ出しをした和尚が、大きなため息をついた。

「定演は、いつだ、斉藤」

「・・・9 月 14 日です」

「あと、何日ある?」

「それは・・・・だいたい 4 カ月です」

「俺は『何日』って聞いたんだ」

「あっ、はい、・・・・すみません。数えておきます」

斉藤先輩の狼狽した姿は、正直見たくない。


「おいコンマスさん。いまのお前の演奏を聞かせてもらったら、全体の完成度はだいたい想像がつく。今は何%の出来だと?」

「・・・・すみません。正直、60%くらいだと思います」

信山先輩がうなだれる。

「6 割、ね。ふーん。『運命』の練習を始めたのは、去年のいつだった?」

「・・・去年の、・・・・10 月です」

「だよな~。去年の定演が終わってからだから、10 月。で、今は 5 月。7 か月あった。年末年始、春休みを差し引いても半年はあるだろう。で、半年で 60%。俺、間違っているか?」

「・・・いや、間違ってないです」

「おう。俺もお前たちと同じ、尾川中央に合格した頭はあるから、それはお前たちも分かるだろ」

一同、静かに頷いた。


(第 15 話)

「それで、だ。今 5 月、定演は 9 月。4 カ月だけど、夏休みやテストやらで、実際には 3 か月ない。村岡先生には、なんと説明しているんだコンマス?」

「・・・・はい。とにかく楽譜通りに弾けるようになると約束しているのが、7 月の夏休み前です」

「ふむ。ホントかよ?まあ、今はいい。ということは、夏休み前まで、村岡先生はオケを前にして、指揮が出来ない」

「・・・いや、出来ないとは思わないですけど」

斉藤先輩の反撃。

「何?」

和尚の目が光る。

「たとえて言えば、だ。家を建てる際に、骨組みの躯体工事が終わっていない状態。ここに、内装工事の業者が来たらどうなる?・・・・川合?」あゆみ先輩を指す。

「・・・・たぶん、・・・・混乱します」

「だよな。躯体の工事が終わってないのに、やれクロスを貼ります、IH ヒーターをキッチンに取り付けます、そんなこと言ってみろ。その通り、現場は混乱する。躯体の工事に遅れが出るに決まっている」

俺は、和尚の有難いお話に引き込まれていた。みると、樋口も中川さんも同じよ うに和尚から目を離さない。

「指揮者は、音楽の解釈をする。テンポ、フレージング、全体像の構築、そして作 曲家が何を言いたい、それを演奏家がどう演じる。これを決める。もっとも、村岡先生は T 音大の作曲科を卒業されている。いわば、先生は指揮者としてだけではなく、作曲家としての目も持って指揮棒を持つことになる」

ここで和尚、楽器と弓をケースにしまった。和尚はヴァイオリニストなのか。うーむ、どうも作務衣とヴァイオリン、ミスマッチでしかない。笑っちゃいそう。思わずニヤついた俺に向かって、和尚が

「そこの 1 年生、何がおかしい?」と矢を放った。

俺は、まさしく凍り付いた。


(第 16 話)

俺は完全にビビった。やっぱ、俺ってチキン(苦笑)。

「・・・す、すみません」

「名前は?パートは?」

「さ、佐野浩太です。ヴァイオリンです」そう答えるのがやっとだった。

「ああ、サッカーの上手い、佐野ね。聞いているよ」

げっ何者だ、この和尚?

「話を続ける。村岡先生はマエストロとして、昨年 10 月から演奏の構想を温めてきている。そして半年たっても、まだ指揮台には上がれない。躯体の工事が終わらなければ、内装にかかれない。さっき言ったとおりだ」

ここで 8 時のチャイム。始業は 8 時 15 分だ。

和尚の話が延々と続く。

「さらに、有難いことに現場監督であるコンマスから、7 月の夏休み前まで躯体工事が伸びるから、それまで待ってくれと言われる。井川、お前、美大に行くんだったな。インテリア・コーディネーターとして、工期が遅れて内装工事を始められない。そんな業者と、一緒に仕事をしたいと思うか」

「たぶん、・・・思いません」

「・・・・どうする、現場監督?」

信山先輩は、一言も答えられなかった。

「マエストロは、夏休み前まで、何をするんだ?避暑地でバケーションか?それとも、寺で座禅か?」

和尚のユーモアに反応する者はなく、だれ一人声を発することが出来ない。沈黙が、重くのしかかる。

「・・・・まあ仕方ないな。明日、同じ時間にまた来る。それまで、これからどうするのか、考えておけ。いいな信山」

「・・・・はい」

「じゃあ、解散」

和尚が指揮台を降りる。ん?どこか、動きがぎこちない。


(第 17 話)

「起立!ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

信山先輩の号令で、生徒一同が大きくお辞儀。俺も慌ててお辞儀をした。

信山先輩が、すかさず和尚に近づく。そして

「浩太!」

と俺を呼んだ。俺、先輩をかき分けて慌てて指揮台へ走る。

「佐野、だったな。悪いが、肩を貸してくれるか」

和尚の優しい声がした。

「えっ、はい」

戸惑う俺の肩に、和尚の手が伸びた。

「すまない」

和尚はひざの下にちょっと手をやる、すると左足が大きく折れ曲がった。

(義足、なのか?)その証拠に、ギイという軋む音がした。さらに、右と左、交互に足を出すとさらにギイギイと音が鳴る。俺は息をのんだ。

(両足、だ)

こんな時、階段は実に残酷だ。和尚は右手で俺の肩をがっしりとつかみ、左手に手すり。1 段 1 段降りるたびに、ギイギイと義足が鳴る。ヴァイオリンケースは、信山先輩が持って後に続いた。

「おお~三神。恒例の朝練か!」

書道部顧問の武田先生が和尚に気づき、階段の下から声をかけてきた。音楽室の隣が書道室になっているのは前に説明したとおり。武田先生は、来年で定年 を迎える、尾川中央の名物教師だ。

「武田先生~!ご無沙汰しております」

和尚が頭を下げた。実に柔和な表情に、先ほどとのギャップを感じる。


(第 18 話)

「どうだ、お母さんとお姉さんは元気か?親父さんは?」

「はい、お陰様でみな元気にしています。」


「そうか~。しかしお前、また太ったな! よく言われるだろ」

「ええ~そうなんですよ。葬式と法事で、美味いメシばっか、出されるので」

和尚が明るく笑う。

武田先生も笑って応じる。

「出されたってお前、全部食べなきゃいいだろ」

「いや~そういうわけにも。基本、『坊主、丸儲け』なので」

「あ~っはっは!その通りだな。でもお前、いくつになった?」

「今年、32 ですよ。もうそんな年です。早く、嫁さん欲しいんですよね」

ギイギイと足を鳴らしながら、和尚はようやく 1 階にたどりついた。

「佐野、ありがとう。もう大丈夫だ」

和尚が俺に頭を下げた。

俺の人生の中で、お坊さんから頭を下げられるのは初めてだった。


和尚は馴れた手つきで靴を履き、昇降口から外に出て行った。和尚は、車を運転してここまで来たようだ。

「ありがとうございました!」

信山先輩の声が響く。俺は何も言うことが出来ずに、黙ったまま和尚を見送った。


これが、和尚こと、三神素明(みかみ・もとあき)さんとの最初の出会いだった。


(第 19 話)

最初の出会いから2 か月後くらいに分かったのだが、和尚が両足を失ったのは、まだ赤ちゃんだった頃。かなり大きな事故だったそうで、オヤジの庭師仲間で発心寺の檀家の方がいて、それでオヤジを通じていろいろ教えてもらった。

雪の降る、国道。和尚をおぶったお母さんが足を滑らせ、そこにスリップしてきた大型トラックが突っ込み、電柱とトラックとの間に2 人は挟まってしまった。結果、お母さんは下半身切断。和尚も、ひざ上から切断。2 人の命が助かったこと自体が奇跡と言われた事故だったらしい。

和尚、いや三神さんは、尾川中央に入学したころは車椅子での生活。昔の卒業アルバムを図書室から探して、和尚の姿を探した。すると、カメラを首からぶら下げた笑顔の和尚がそこにいた。見ると、多くの友達に囲まれて実に幸せそうな顔。見るからに「クラスの人気者」という雰囲気を漂わせている。

もし俺の両足がなかったら? それは想像することすら、怖いことだ。


この前、ニュースであるアスリートが紹介されていた。彼は大学 2 年生の時に箱根駅伝に出場したランナーだったが、まだ 20 代前半の若さで、骨肉腫と診断された。命を救うためには左足を骨盤から切断するほかはなく、彼はそれに同意した。少し落胆したものの、彼は再びアスリートとしての生活を取り戻し、今はパラリンピック出場を目標にして頑張っているということだった。俺に、そんなガッツがあるだろうか?

三神さんは赤ちゃんの頃にその事故に遭った。いや、事故に遭ったことの記憶はないはず。ということは、もの心着いた頃には、自分の足がなかったことになる。しかも、自分のお母さんも。お父さんに足があることを、きっと不思議に思ったことだろう。


(第 20 話)

三神さんは、いったいどんな人生を歩んできたのだろう。それを思うと、夜も眠れなくなりそうだ。


音楽部にはどんなきっかけで入部されたかは知らない。しかし三神さんは確かにコンサートマスターとして、ウェーバー「魔弾の射手」序曲を演奏した記録が残っている。冒頭のホルンのハーモニーが美しい曲だ。当時はオーケストラが発足してからまだ数年で、その時点でこの難曲を演奏することがどれだけのものだったのか、想像するしかない。

実家が曹洞宗のお寺であるので、三神さんは尾川中央を卒業後に、某大学仏教学部に進学した。そこにオーケストラのサークルがなかったので、発起人としてオケ設立に奔走。いろいろ武勇伝を聞 くことが出来たが、それはだいぶ後になってからだ。

最初に会ったその翌日も、三神さんは朝練に来てくれた。そして、信山先輩が提示した、定演までの練習計画を見やって、ふーんと一つ、息を吐いた。

「ま、次の定演は、お前たち 3 年生のためのものだから、・・・」

斉藤先輩が、ゴクリと唾をのみ込むのが分かる。

「お前たちが、悔いのないように。それだけだ。」

三神さんの言葉に、音楽室全体が引き締まる。今日も黒い作務衣が似合っている、さすが和尚。

「なあ斉藤。音楽やってて、一番、悔しいことって何か分かるか?」

「・・・本番が終わって、『もっと練習しておけば良かった』って思うことですか?」

「まあ、それもそうだろう。これは絶対的な答えじゃないかもしれん。でも、俺が大学 4 年の時。最後の演奏会でブラームスの1 番を演奏した後に、俺が痛切に感じた悔しさは」

皆の視線が、三神さんに集中する。

「どう頑張っても・・・・ブラームスに、俺の演奏を聴いてもらえないってことだ」。

その言葉に、心が揺さぶられた。


(第 21 話)

和尚の来訪から数週間。ベートーヴェンの言わずと知れた大傑作、『運命』交響曲の練習のピッチが上がってきた。

「樋口。A(アー)くれ。442、で」


信山先輩の合図で、音合わせのためにオーボエの樋口が最初の音を出す。442 とは、音の周波数。そのオーボエの音が基準となって、オーケストラ全体の響きが決定される。ドレミファでいうと、A 音は『ラ』。でもドイツ語読みでは『アー』になる。入部してからというもの、こんな感じで音楽特有の『ことば』にも慣れてきた俺だった。

樋口は電車で 15 分離れた町から通っている。もともとバレーボール部の出身だが、合唱がずっと好きで、合唱部がないので音楽部に入ってきた。ダブルリードのオーボエをいきなり始め、なんとか 2 番オーボエで『運命』のステージに乗るべく猛練習をしている。もともと球技あが りということもあり、俺とはすぐに気が合った。

のび太こと、森山も樋口と同じ中学校。楽器の経験はなかったが、クラシック好きの親父さんの影響が大きい。パートがヴィオラに決まってすぐ、親父さんが早速ヴィオラを買って森山に持たせてくれた。普通、1 年生はまず学校にある楽器を借りて練習する。森山の例は異例だ。俺も、早く上手になって、自分の楽器を手にできたらどれだけ嬉しいだろう。これにチェロの富岡を加えた 4 人で、俺たち音楽部の 1 年生はよくつるむようになっていた。


部活の帰り。大概は、同じ町のすぐ近くに住む、渡瀬先輩と一緒に自転車を走らせることが多かった。姉貴とは同級生で、いつも

「姉ちゃん、元気か」

と聞いてくる。別に、気があるってわけではないと思うけど。


(第 22 話)

ある日の、渡瀬先輩との会話。

「なあ浩太。お前、ニーチェは読んだこと、あるのか?」

なんて訊いてくる。あるわけないっしょ、まだ高 1 ですから、俺。

「今度、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』の CD、貸してやる。聴いてみろ」

(なんでも、同名のニーチェの著作があるらしい)

「あざーっす」

で、借りてみた。映画『2001 年宇宙の旅』の音楽に使われていたと。俺はその映 画は知らないけど、純粋にその音楽が 好きになった。ほかにも、ワーグナー、ビゼー、ブラームスなど、次々と大作曲家の作品を色々聴かせてくれた。

斉藤先輩はバッハのチェロ組曲を教えてくれ、あゆみ先輩は大好きだというチャイコフスキーの名曲をいくつも教えてくれた。樋口と俺、森山と富山で、いろい ろ同じ CD を聴いては、その感想を交換しあった。にわか、クラシックファンだ。

「カラヤンの、ベートーヴェンはどうも好きになれない」

森山は、今までの蓄積がある分だけ、知識も意見も深い。俺はまだ、指揮者によって演奏が変わってくることをまだまだ理解できない。

樋口はオーボエ吹きの視点から、

「やっぱさー、デュトワはフランスもの振らせたら世界一だよ。音の色彩感覚がさ」

なんて言っている。

富岡はどっちかというと俺と同じで、

「誰の指揮とか、別に気にしない。モーツァルトの第 40 番のシンフォニー(交響曲) は、切ないなあ〜」

と、繰り返しそれだけ聴いているようだ。


俺も、それらの名曲の世界に浸り続けた。そして、いつかそんな響きを自分もその 一員として演奏できるようになりたい。その一心で、地道な音階やボウイングの練習に明け暮れたのだった。


(第 23 話)

尾川中央には、『恒例行事』が3 つある。


ひとつは、1 月のセンター試験の前に開かれる、『百人一首大会』。これはクラス対抗、受験生であろうが容赦なし。男女混合の 5 人チームがクラスから 8 組。40 人学級だから、つまり全員参加。まったく、すごい時期に開催するもんだ。


次に、11 月に全校一斉に行う『クロス・カントリー』。斉藤先輩や信山先輩が上位に入った、あれ。勿論、俺はまだ走ったことがないけど、サッカー部の中山だけには負けたくないから、密かに走り込みをやろうと春の段階から決めていた。


3 つめが、クラス替えの後にクラスの団結を目的とした『合唱コンクール』。これも、クラス対抗。これは、恒例として「指揮者:男子」「伴奏者:女子」と決まっている。

俺ら 1-A 組でも、4 月下旬にその「曲決め」と、指揮者・伴奏者の選出のための話し合いが持たれた。

A 組の担任は布宮先生。社会を教えている。専門は哲学。なんでも、給料やボーナスの大半を海外旅行(特に、インド) に費やしているから、いつも同じ服を着ている。ファッションという言葉が、布宮先生の辞書にはなさそうだ。かといって不潔ではない。いちおう、先生の名誉のために。

で、布宮先生がホームルームで。

「曲と、指揮者と、伴奏者。で、女子?ピアノ弾けるの、挙手」

と女子を促す。2 名、おずおずと手が挙がった。見ると、同じ音楽部の悠木さんと、もう一人はテニス部の葛西さん。へえ~知らなかった。でも、葛西さんは

「あたし、6 年生で止めたから、出来れば悠木さんお願い~」

とお願いポーズ。ま、テニス部だしね。


(第 24 話)

悠木さんは、こんな時でも動じない。

「曲に、よります。難しい曲だったら、ちょ っと困るけど」

布宮先生が、助け船。

「じゃ、そうしろ。ピアノがカンタンな、合唱曲。誰か、何か知らないか?」

男子も含め、いろいろ声が挙がった。A 組は、割と積極的な奴が多く、何でもすぐに盛り上がる傾向があった。

「翼を、ください」

→「きっと他のクラスから、出るよ」

「マイ・ウェイ」

→「古いぞ~それ!」

「栄光の架け橋」

→「合唱曲か、それ?」

「流浪の民」(シューマン作曲)

→「やめて~」と叫ぶ、悠木さん。

「大地讃頌」

→「おお~知っている」

「賛成!」

「中学で歌ったから」

布宮先生、悠木さんを見る。

「前に一度、楽譜を見たことはあります。ただ、実際に弾いてみてからで、いいですか?」

もちろん。ピアニストがそう言うのだから。

「じゃ、ひとまず『大地讃頌』にしといて。

次は、指揮者だけど」

布宮先生が、クラスを見渡す。でも、すぐに悠木さんが手を挙げた。

「あの、同じ音楽部ですから、浩太くんでどうですか?」

ええ~!何それ?指揮、やったことないぞ!

「いや、悠木さん待ってよ」俺が慌てる。

「だ、誰か、指揮やったことある奴、いないの?」

・・・・沈黙。


(第 25 話)

「ま、女子でもいいんだけど。葛西は、伴奏はいいから、指揮はどう?」

布宮先生が葛西さんに水を向けるも、

「いや~あたし、ラケット振るので精一杯で。佐野くんでお願いします」

ええ~!そんな・・・

「浩太、じゃ、お前やれや。決まり、だな」

鹿俣が後ろから叫ぶ。

「浩太!浩太!浩太!」

クラスは、浩太コールになっちまった。ええい、ここまで期待されて、引き下がれるか。

「分かりました。俺、やります。ただし、それには、みんなの協力が必要です。ちゃんと、練習してくれますね?」

「ほーい」

「じゃ、決まったな」

布宮先生が、俺に目くばせした。ホームルームは、短時間で終わった。

俺は悠木さんに頭を下げた。

「俺、指揮、初めてなの。分かると思うけど。サッカーでは、司令塔だったけどね」

「ま、理屈は同じっしょ。みんなを、ひとつの方向に導くってことだから」

「だよな、きっと。でもさ、楽譜、あんまり読めないんだけどな」

「ま、ピアノに合わせて歌えば、それで何とかなるよ。どうせ、優勝は 3 年生のクラスだと思うし」

「え~!悠木さん。戦う前から、負けるつもりなんて、俺の辞書にはないんだけど」俺はちょっとカチンときて、戦闘モードにはいった。

「まさか、『絶対に負けられない戦いが、そこにはある』なんて、言わないよね」

と悠木さんが笑う。

ああ、やるからには、勝ちに行く。俺はその日のうちに渡瀬先輩から『大地讃頌』の楽譜を見せてもらい、毎日、Youtube で演奏を聴き始めた。


(第 26 話)

だいたいが、俺の指揮なんてメチャメチャだった。そりゃそうだ、ついこの前まで はサッカーボールを蹴っていたのだから。NHK 教育テレビを毎週日曜日に観ては、実技とイメージ・トレーニングを開始した。

俺は大まじめでやっているのに、姉貴も母さんも

「ああ~ついに、イカれた」

って笑いやがんの。くっそ~、絶対入賞して、2 人を見返してやる。


『大地讃頌』は超メジャーな合唱曲。伴奏もそんなに難しくなさそうだが、中間部に美しいピアノ・ソロの部分がある。そこが、聞かせどころだ。

悠木さんはさっそく練習を開始。ピアノは細々と続けてきたということで、パッと簡単に弾けるわけではなさそうだった。でも、頑張り屋さんだしメンタルの強さは俺も一目置いているので、きっと本番は大丈夫だろう。ピアノが上手いフルートの沼沢先輩から、弾き方と練習のコツを、部活の後に質問していた。


俺は俺で、渡瀬先輩から合唱指揮のノウハウを短期集中コースで伝授してもらい、指揮者気取りになっていた。

肝心の練習だけど、クラスのみんなが思いのほか練習に協力的で、前に歌ったことのある高木が率先して男子パートの音とりを手伝ってくれた。ありがたい。女子も、リーダーシップのある何人かが悠木さんを盛り立てて、クラスの中は凄く良い雰囲気になってきた。

それが布宮先生の耳にも感じられるようで、

「おお~1-A 組のサウンドが、仕上がってきたな~」

と喜んでくれた。

ちらりと他のクラスの練習を聞きに行ったけど、俺たちのクラスほど真面目には練習していない。よし!1 年生の部での1 位は貰った。

あとは、全体で入賞できるか。ライヴァルは勿論、信山先輩が指揮する 3-A 組、斉藤先輩が指揮する 3-B 組、そして渡瀬先輩が指揮する 3-C 組。音楽に、年上も年下もない。俺は長い指揮棒を買ってきて、本番に備えた。


(第 27 話)

合唱コンクール当日。

発表の順番は、1 年から 3 年。そして学年の中で、抽選で順序が決まる。指揮者の俺がクジを引き、6 組中、5 番目に決まった。

最初の 1-C 組の演奏。やっぱ緊張で声が出ていない。ある意味、最初は不利。サッカーでも、初戦はみんな固くなり本調子はなかなか出せないからね。

3番目の 1-E 組。伴奏で致命的なミス。俺の席からは伴奏者の顔は見えないけれど、きっと顔面蒼白だろう。指揮者も、明らか困っちゃってた。うわー、気の毒。まあ、悠木さんはメンタル強いから、きっと大丈夫でしょ。と思い、隣の悠木さんを見ると、なんと固まっている。うわー、影響されているよ。まずいな。

「悠木さん、悠木さん」俺が、ささやく。

「いつもの調子で、やろうよ。ミスを恐れず、リラックスして」

悠木さんがスゴイ顔で俺を見た。

「ミス、なんて言わないでよ!受験生に、

落ちるって言っているも同じよ」ああ、ゴメンなさい。

俺は一抹の不安を抱えながら、自分たちの順番を待つ。そして 3 番目の演奏が終了。それと同時に、皆でステージの下手に集まる。俺は列の最後に並び、ピッチに向かう選手のように、気持ちを高ぶらせていた。

「思い切り、やろうぜ」

俺が、胸に手を当てて悠木さんを見る。いささか、顔色が戻ってきたように見えた。

「うん。浩太くん、よろしくね」。

4番目の 1-B 組が終わった。

入れ替わりに、俺たちがステージへ。


心臓の高鳴り。俺は会場にお辞儀をし、指揮棒を握りしめた。

いくぞ。

悠木さんと目が合う。こっくりと、頷く。

俺は指揮棒を振り、最初の音出しに全神経を集中した。

『母なる~大地の~ふところに~』

俺は思わずギョッとした。

「!」


(第 28 話)

なぜだ?みな、声が出ていないぞ。キンチョウしているのか?いつもの元気がない。俺は必死に笑顔をつくって、身振り手振りで『もっと大きく!』とアピールした。

こういう時、指揮者は慌ててはいけない。慌てた素振りは、かえって皆を不安にさ せる。サッカーの鈴木先生もそうだった。俺たちのパフォーマンスが良くなくても、 最初の10 分はまずはどっしりと座って動かない。立ち上がりにあれこれ怒鳴ったら、選手は委縮しちゃうだけだ。だから、 仮に本調子でなくても、開始早々に点を取られても、動じない。それが指揮官の役目だ。

俺は鈴木先生の姿を思い出し、曲の前半はこのまま自然に流し、皆が平静を取り戻せるように願いながら明るく楽しい雰囲気で指揮を続けた。

くそっ、何か出来ないか?

例のピアノ独奏のパートにきた。まず合唱は一休み。この独奏のあと、一気に盛り返そう。それを、俺は精一杯、表情に出してそれを伝えていた。多くのみんなが、俺の表情から、それを読み取ってくれているようだった。

ところが。

突然、ピアノが止まった。

うっ?何が起こった?

俺はすぐさま悠木さんを見る。

すると悠木さんの表情が強張っている。

完全に、止まってしまった。なぜだ?

悠木さん、悠木さん!

俺は必死に心の中で呼びかけた。悠木さんは必死になって、途中から引き直す。でも、同じ場所で止まってしまい、その先に行けない。一度、二度、三度。どうしてこうなった?俺はパニックになった。

俺の表情に加え、完全に伴奏が止まってしまったことで、クラスのみんなも俺以上に動揺が走った。みな、

「まずい」

という顔をしていた。

こんな時、指揮者はどうするのか?

悠木さんが、怖々と俺を見上げた。もう

涙目になっている。

俺は精一杯の笑顔を向けて、悠木さんに声をかけた。たぶん、会場の人にも聞こえたかもしれない。でも、そんなことは関係ない。

「大丈夫。深呼吸して、そこからやり直そう」

悠木さん、頷くのがやっと。

四度目。ようやく、鬼門のパッセージを弾き切った。会場全体に、溜息がもれるのが分かった。


(第 29 話)

よし、後半戦だ。

前半の失点は、忘れる。いいな、みんな。俺はクラスのみんなに、必死で訴えた。表情で。指揮棒からのメッセージで。

「悠木さんを、全員でカバーしろ!」


俺はテンポをいくぶん速め、歌の力を増すように大きく指揮棒を振り続けた。

すごい、すごい。

皆が生き返った。

皮肉だが、悠木さんのミスが、全体の団結を増したのだ。これはサッカーでもよくある。まさか音楽で、合唱で同じロジックが再現されるとは思わなかった。


クライマックスにさしかかり、俺は今まで以上に大胆にリタルダンドをかけ、皆に

「フォルテ!」と指示。皆がそれに従う。

『母なる大地よ ああ~讃えよ大地を ああ~』

最後の音を、俺は力一杯の指揮で終えた。しばらくは、動けなかった。

会場からは、これまでにない程、大きな拍手が寄せられたように思えた。俺は指揮台から降りると、皆に

「ありがとう、ありがとう」

と声にならない声をかけた。何人も、俺に頷いてくれる。クラスメート、っていい な。見ると、泣いてしまった悠木さんを、3 人で取り囲んで支えている。もう、そんなことはいい。失敗、ではないよ。男子も含め、悠木さんを取り囲んだ。会場からは、さらに拍手が盛り上がった。

ステージを降りると、そこに布宮先生が待っていた。

「みんな、お疲れ!最高だったぞ!」と声をかけてくれた。

最後の俺を、布宮先生がハグしてくれた。

「浩太、お前、見事だったな。後半、見違えるような歌になった」

「・・・ありがとうございます。俺、ただ、必 死で・・・・」

ちくしょう、なんで涙が出てくるんだ。

「おうおう、お前、頑張った。悠木も、みんなも。よくやった!」

布宮先生は、上機嫌だった。

俺はというと、悠木さんには気の毒で声をかけられなかった。


(第 30 話)

その後の記憶は、ほぼ、飛んでしまっていた。2 年生の発表は聴いたはずだが、印象には全く残っていない。

3 年生の合唱は、完成度が段違いに素晴らしかった。特に信山先輩の 3-A 組と、渡瀬先輩の 3-C 組が突出して上手かった。そして、結果。最優秀賞は渡瀬先輩のクラスだった。オレ様・渡瀬先輩の鼻が、また高くなりそうだ。


その日の部活。やはり音楽部員は多くが指揮や伴奏をしたので、コンクールの興奮が冷めやらないようだ。

悠木さんは、いつもの明るさを失って音楽室に入ってきた。俺は、声をかけないのが親切だと思い、敢えて自分からは近づかなかった。あくまで無関心を装い、練習はほぼ機械的にこなした。

部活の時間が終わると、悠木さんはいつの間にか帰ってしまっていた。俺はさすがに焦って、LINE を送る。

「今日は、お疲れさま!悠木さんと一緒にできて、良かったよ。今日はゆっくり、寝てください。俺も、そうします」

夜、8 時過ぎに返事がきた。

「浩太くん、今日はホントにごめんなさい。今日は、カンベンしてね。おやすみ」

勿論、返信はしなかった。


今日のことをあれこれ考えていると、下から母さんが俺を呼んでいる。

「電話!電話!布宮先生から!」

はあ?なんで先生が?俺は慌てて、階段を駆け下りた。

「はい、電話代わりました」

「おう!浩太。寝てたか?」

「いや、まだ 9 時ですから」

「そうか、まだ 9 時か・・・どうして俺は、こんなに眠いんだ?ああ?」

げっ酔っている。酒飲んで、電話してきたのか、先生?

「ちょっと布宮先生、呑んでるんですか?」

「おう!・・・・呑んでいるさ。美味~い、酒だ。勝利の、美酒だぞ」

何が勝利の美酒だ。俺ら、学年 2 位にも入れず、表彰されなかったのに。

「浩太!俺は、お前を見直したぞ。いや、お前は、一番だからな。ある意味、当然だ」

はっ?何のこと?


(第 31 話)

布宮先生、完全に酔っぱらっている。母さんも、普通じゃない様子を察して、俺の顔をジロジロ見ている。俺の所為、じゃないっての!

「ちょっと・・・・先生、何、言っているんすか」

「だ、か、ら。浩太。お前は、一番なの」

「・・・・ありがとうございます(って、いい加減にしろ、この酔っ払い)」

「だ、か、ら。お前は、一番で、入ったの。尾川中央に」

は?

「だ、か、ら。佐野浩太が、トップで合格したの。1 年生の中で」

は?

でも、新入生代表の誓いの言葉。それは他のクラスの女子生徒が。

かつて鈴木先生が、進路面談の時に

「尾川中央に、トップで合格してみろ」と言った言葉を思い出した。

まさか。

たかが、酔っ払いのたわ言だ。俺は、真面目に取り合わなかった。

「先生。いま、何処で呑んでるんすか? 早く帰らないと、奥さんに、また叱られますよ」

「うるさい。お前は、トップだから、トップらしい振る舞いをしろ。俺からは、それだけだ。今日の指揮は、合唱は、俺は、最優秀賞だったと思っている」。

俺も、勿論、そう思っているよ。

とにかく、俺は電話を早く切りたかった。

「先生。お酒はほどほどにして、早く帰ってくださいね。じゃあ、切りますよ、切りますよ」

まだ、布宮先生は大声で喋っている。

「おう!マスター。俺は、・・・・教え子の、 トップの、さの・・・・さの、こうたに、電話しているの。・・・・こうたは、・・・・トップで合格したの。だから、・・・・@▲%#5¥」

(何、言っているか意味不明)

俺は強引に電話を切ったが、それでも布宮先生の言葉が何度も耳の奥でこだました。

「トップで合格したの。1 年生の中で」。

ホントかよ。

ま、どうせ酔っ払いの言うこと。気持ちが大きくなってしまったのだろう。

俺は気にせず、さっさと風呂に入った。


(第 32 話)

合唱コンクールの翌日。

昇降口で上履きに履き替えていると、後ろから

「おはよう~」

と元気な声。良かった。悠木さん。

「あ~、コンクール終わって、スッキリした~。これで、ヴァイオリンに集中できるわ」

「そうだな。頑張って、サード・ポジションやらないとな」

「そうなの~。浩太くん、先に行っているもんね。追いかけるわ」

そういうと、悠木さんは走って教室に向かった。俺は心底、ほっとした。

朝のホームルームの冒頭。布宮先生がコンクールについて、ふれた。

「ええ~。昨日はみんな、お疲れさま。特に、練習をずっと引っ張ってきた、浩太と悠木さん。本当にありがとう。みな、拍手!」

クラスが一斉に、俺らに拍手を。やべえ、照れるじゃねえの。

俺はすかさず立ち上がって

「いや~みんなこそ、ありがとうございました。後半の巻き返し、すごかったっす。まるで別のチーム」

「浩太、サッカーじゃねえぞ」

鹿俣がからかう。一同、どっと笑う。見ると、悠木さんも笑っている。良かった。

「それで、だ」

布宮先生が続けた。

「私からみんなに、気持ちだけプレゼントする。おい、佐藤、阿部」

2 人が同時に立つ。そして教室を出ると、1 分くらいですぐに戻ってきた。


(第 33 話)

アイスだ。

「みんな~、さぞ、毎日練習して、甘いものが欲しいのかなと。差し入れだ。ほれ、好きなの、みんな取れ!」

先生が、ハーゲンダッツをばら撒き始めた。クラスは大騒ぎ。

「俺、抹茶!」

「あたし、キャラメル!」

「ストロベリー、ある?」

佐藤と阿部も、誰彼構わず、アイスを投

げる。俺も思わず

「バニラ、バニラ!」

と叫ぶ。阿部が俺に投げたのは、ビターチョコ。これって、メッセージかよ?

「悠木は特別だ。ここに来て、選べ」

先生、えこ贔屓だよ!でもまあ、許そう。悠木さんが、意中のハーゲンダッツを取り出して、最高の笑みを見せた。俺はビターチョコを持って近づき、悠木さんと乾杯した。お疲れ!

「じゃあ、次やるぞ!」

阿部の号令。は?すると、皆が俺に集まる。何?何?あっという間に、俺は宙を舞った。

「バンザイ!バンザイ!バンザイ!」

5 回、俺は胴上げされ、それが終わると

「浩太、浩太、浩太!」とコールに。俺は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、最高のクラスメートに心から感謝した。

(第 2 楽章 完)

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