私(ホームレス)が見回りをしていると、王都のゴミ山に悪役令嬢(元寄り親の娘)が裸で放置されているんですが。

秋 田之介

私(ホームレス)が見回りをしていると、王都のゴミ山に悪役令嬢(元寄り親の娘)が裸で放置されているんですが。

 私の住処は橋の下。


 この界隈では一等地とも言える場所だ。


 雨をしのげる……なんて、甘美な響き。


 ただ、人が通る度に土が落ちてくるのが難点。


 特に馬!!


 あいつらはなんであんなに足音がうるさいんだ。


 それに時々、糞を落としていきやがる。


「馬のバカヤローー!!」


 ふう。スッキリ。


 私は別に馬の悪口を言いたいわけじゃない。


 ただ、日頃のストレスが爆発してしまうことがあると言うだけの話だ。


 私はホームレスだ。


 可哀相?


 実はそうでもない。


 意外と快適。


 むしろ、以前のほうが大変だったかも知れない。


 私は平民ではない。


 男爵家の嫡男だった。


 父上に多額の借金がなければ、今頃貴族として生きていただろう。


 没落し、嫡男である私は家柄を失い、ホームレスとなった。


 最初は父上を憎んだものだ。


 しかし、ホームレスによって私の才能が開花した。


 きっかけは王国のホームレス救済措置。


 ゴミ山から拾ってきた価値あるものに、それなりの値段をつけて買い取るというものだ。


 これによってホームレスたちはゴミ山を漁り、金属などを根こそぎ持っていった。


 そのおかげでホームレスを脱した者も何人かいた。


 いわゆる成功者。


 皆が羨む。


 私はというと、実は成功者。


 だけど、ホームレスは止めない。


 王国の救済措置はホームレスだけ。


 止めてしまえば、発明したゴミ山錬金術が使えなくなるからだ。


 どんな方法かって?


 ふっ……教えられるわけ無いだろ?


 どうしても?


 そうだな……それでは私の日常を紹介しょう。


 そこからヒントを得て、自分で考えて欲しい。


 私の日常は、まずはゴミ山を散策することから始める。


 大切なのはすぐに漁ろうとしないことだ。


 じっくりとゴミを見つめるんだ。


 ただ、そのうちゴミが話しかけてくるのではないかと思っている輩がいるが、それはない。


 ゴミは、所詮、ゴミだ。


 だが、価値あるものがある場所には特徴がある。


 それはニオイだ。


 それを嗅ぎ分ける能力。これこそが、私の考案した錬金術には欠かせないものだ。


 犬のように鼻を動かし、金目の物を探す。


 おっと、勘違いしないでくれよ。


 これをやったからと言って、毎日がウハウハなことはない。


 十日に一回程度だ。それでも十分な収入になるから問題はない。


 今日はどうかな?


 ん? んん? なんか、いい感じだ。


 甘く漂う香り……ゴミ山には不釣り合いなニオイだな。


 どうやら穴場を見つけてしまったようだな。


 ……そこには裸の娘が気を失って横たわっていた。


 ニオイの正体は、この娘だったのか。


 顔は美しい。体は、まだ若く、均衡の取れたスタイルだ。


 まずは平民にはいないな。


 と、つい宝のように物色してしまったが……


「人じゃないか!!」


 初めて見る殺人現場。


 血!! はないか。


 よく見ると、息をしている。


 寝ている? 馬鹿な。こんなゴミ山で裸で寝ている娘など聞いたこともない。


 しかし、それにしても美しい……って、この娘、知ってる!!


 うん、凄く知っているよ。


 ヤバイ。これはまずい。


 どうする? このまま放置?


 いやいやいや。なんで、ここに公爵家の令嬢がいるんだ?


 と、とにかく上着を羽織るんだ。それがいい。目のやり場に困っていたところだ。


 次は……そうだ。


 とりあえず、寝床に避難しよう。ここでは誰かの目に付くやも知れない。


 ……なんとか、連れてくることが出来たぞ。


 しかし、これで言い逃れは出来ないな。


 見つかれば、私は捕まるだろう。


 だが、私に後悔はない。


 それはこの娘だからに他ならない。


 さっきも説明したが、この娘は公爵家の令嬢。


 私は男爵の嫡男。


 何の関係もなさそうだが、実は深いつながりがある。


 公爵家と我が男爵家は寄り親と寄り子の関係。つまり、主従関係。


 おかげで、公爵家とはそれなりに付き合いをさせてもらっていた。


 この娘にも何度も会ったことがある。


 というか、没落する直前まで護衛として、共に行動していた。


 王立の学園にも何度も足を運び、交友関係もしっかりと調べ上げたりもした。


 実はこの娘は第二王子の婚約者。


 もうね。すごいよ。


 王族の婚約者。将来は王族……いやすごい。


 話が変わるけど、私は鳥が好きだ。


 子供の頃から鳥を飼っていた。


 実はこの娘……いや、リリアン……あっ、娘の名前ね。


 リリアンも無類の鳥好きだった。


 おかげで意気投合。


 護衛していた一年間は、本当に楽しかったな。


 そういえば、没落してホームレスになる直前、鳥をリリアンに預けたんだ。


 どうなっているだろか?


 そんなことを思い出していると、リリアンが静かに目を開いた。


「……ここは?」


「お目覚めですか?」


「誰!! ……あなたは……どうして、ここに?」


 かなり混乱しているようだ。


 それは無理はない。


 一応、事情を説明した。


「……そう。それはご迷惑をお掛けしました。それでは私はこれで……」


 そういって、リリアンは立ち上がろうとすると、すぐに蹲った。


 どうやら足首を痛めているようだ。


「私がお送りしましょうか?」


「いいえ。これは私の問題です。あなたには関係のないこと」


 確かにその通りだ。私は男爵ではない。ただのホームレス。


「……分かりました。ただ一つ。教えて下さい。サンジョバット六世はどうしました?」


 サンジョバット六世は飼っていた鳥の名前だ。


 意味?


 そう鳴くからさ。


 六世はなんとなく。


「そうよね。サンジョバット六世は元気にしているわ。今でも鳴いているわよ」


 そうか……良かった。


 サンジョバット六世に不憫な思いをさせてしまった。


 大好物のジャンジャンドワールも口にしていないだろうに……


 それが何かって?


 それを説明すると朝を迎えてしまうから、後にしよう。


「泣いているの? 相変わらず、鳥が好きなのね」


「本当にお嬢様には感謝しております。サンジョバット六世だけが私にとって心残りだったのです。無事で……本当にありがとうございます!!」


「ううん。私もあなたと一緒に鳥に話をしていた頃が一番楽しかったと思うようになったの」


 そんな訳がない。


 あの頃のリリアンを思い出しても、鳥の話六割、第二王子二割、食べ物二割とかなり第二王子にご執心だった。


 私なら、鳥の話で十二割は話せる自信がある。


「第二王子と何かあったんですか?」


「なぜ、それを……ううん。言ってしまえば、貴方に迷惑がかかるわ」


 こんなに弱々しいリリアンを見たのは初めてだ。


「知っていますか? 人間の恩は一日。鳥の恩は一生」


「なによ、それ」


「人間が受けた恩は一日返せばいいけど、鳥が受けた恩は一生を掛けても返さなければならない。サンジョバット六世への恩を私は返さなければならない。そう、一生を掛けても。ですから……何でも打ち明けて下さい。貴方のためならば、死をも厭わないでしょう」


「そんな話聞いたことがないわ……でも、貴方の鳥愛の前では、真実味を帯びてしまうものね。本当に不思議な人だわ。分かりました……打ち明けます。ただ、ひとつだけ……聞いてもいいですか?」


「なんでしょう?」


「私を愛してくれますか?」


 どうしてそうなるんだ?


 しかし、その答えは決まっている。


「もちろんです。愛せと言うなら、愛しましょう。死ねと言えば、死にましょう。サンジョバット六世の恩に報いるため」


「変な人。でも、だからこそ、信用できるかも知れませんね」


 一応、褒め言葉として受け取っておこう。


「私は第二王子を愛してしました。本当に心の底から」


 その言葉をリリアンから聞くと、なぜか胸がチクリと痛んだ。


「婚約は幼少の頃に決まっていたのですが、第二王子は私を一切相手にしてくれなかったのです。でも、それが王族として、男性とはそういうものだと思っていたのです。でも、それが可怪しいと気づいてしまったのです」


 というと?


「貴方の存在です。貴方は男性です。貴方はいつも私に優しく接してくれました。常に、私を思いやってくれました。その時、ふと、貴方が第二王子であればと願ったりもしました」


 なんだろう? リリアンを抱きしめたくなってしまう。


「でも、現実は上手くいないものですね。私がまごついている間に、第二王子に恋人が出来てしまったのです。平民での娘なんですけど」


 第二王子はリリアンという美しく、鳥にも優しい最高の女性を婚約者にしておきながら、他の女を恋人に、だと?


 なにやら、心にどす黒い感情が流れ込んでくる。


 こんな感情は、サンジョバット六世が猫に襲われているのを見た時以来だ。


「私は第二王子と結婚しなければなりません。平民の娘に第二王子から離れてほしいとお願いをしたのです。それが彼女のため。そうとも思ったのですが、状況は最悪になりました」


 平民の娘も大概だな。


 王族との恋が本当に成就すると本気で思っていたのか?


 ハッキリ言って、男爵だって平民と結婚するのに躊躇する。


 王族となれば……。


「第二王子は平民の娘の言う事なら何でも聞きました。当然、私の忠告もです。それ以降、第二王子の態度は攻撃的になりました。もちろん、真実を伝えましたが、どんどん歪曲していって、私が平民の娘を虐げていると思われてしまったのです」


 話を聞く限り、リリアンになんら不誠実なところはない。


 むしろ、第二王子が間違っている。


 婚約者を最大限に尊重する。それこそが貴族男子の本懐であり、義務である。


 リリアンを蔑ろにする第二王子……再び、どす黒い感情に支配されそうになる。


「ついに第二王子は私に嫌がらせをしてきました。最初は可愛いものでした。飼っている鳥にもちょっかいをしてきて……ついに今日のことが起きたのです」


 頭の血管が何本か切れたほど、怒りに心が沸いた。


「絶対に許せない!!」


 鳥にちょっかい……


「なにやら、違うところに怒っているような気がしないでもないですけど……そして、今朝、第二王子から婚約破棄を言い渡されました。もはや、私の言葉に耳を傾けてくれる第二王子はいませんでした。いえ、最初からいなかったのですけど……」


 鳥にちょっかい……


「聞いてます? それで本題ですが……私はどうしても第二王子に復讐したいのです。そのために貴方の力を貸してくれませんか?」


「ふっふふふふ……よくぞ言ってくれました。いいでしょう。そのような下衆。復讐など生ぬるく聞こえるほどのことをしてやりましょう」


「顔が怖いわよ。でも、嬉しい。やっぱり、貴方だけ……私のことで本気になってくれる人は……もし、貴方さえ良ければ……私と……」


 やっぱり、素晴らしい女性だ。


 サンジョバット六世はすでにあなたが飼い主なのだ。


 私の許可など……不要に願いたい!!


「それ以上は無用です。お嬢様。いえ、リリアン。これからは一蓮托生。貴方は私のために、私はあなたのために人生を使いましょう。この出会い、サンジョバット六世に感謝を」


「でも、具体的にはどうするつもりなの?」


「私の全てを使います」


「でも……」


 リリアンは橋の下の我が家を眺めて……


「こう言っては何ですが……あなた、ホームレスじゃない? 全てと言っても、相手は第二王子なのよ? こんなガラクタでは……」


 私もさすがにガラクタで戦おうと思うほどバカではないんだが……


「勘違いするのも無理はないですね。付いてきて下さい」


 リリアンは訝しげにしながらも、決して私を疑うようなことはしなかった。


 連れてきたのは、旧男爵家の屋敷。


 今は誰も使っておらず、廃屋となっている。


 実はこの建物には不釣り合いな程の大きな地下室がある。


 そこに連れて行った。


「こんなところに私を連れてきて……はっ!! そう、そうね。一生を誓いあったんですものね。当然、儀式が必要ですわね。分かりました。急で心の準備が出来ていませんが……あなたなら……」


 何をブツブツと言っているんだ?


「ここです。これが私の全てです」


 ここには今までゴミ山で得たお金を溜め込んでいたのだ。


 その金貨が山のように積まれている。


「これは?」


「私の全てです。それ以上のことはありません。ただ、これだけでも心もとないでしょう。ですから、最後の一手。これがあれば、必ず復讐を遂げられます」


「それは?」


「貴方と結婚をさせてください」


「もちろんよ」


 これには驚いた。


 結婚だよ? すぐに返事をしてくるとは……リリアンの執念の凄さに脱帽だな。


 後日……私とリリアンは結婚をした。


 といっても、公爵家当主が許すわけがない。


 娘が裸で放置されていると知っても、なお、王家に文句一つ言わない最低な親だ。


 娘を金勘定の道具としか見ていない下衆……


 ホームレスに娘をやることに利益がない以上、婚約など絶対に認めない。


 だから、ここにあるお金を全て引き出物として渡した。


 おかげで、無事結婚することが出来た。


 私が欲しかったのは……貴族の位だ。


 貴族の力で、成り上がった。ホームレスのときに得た商才で……。


 大金を手にした私はすぐにリリアンとの約束を果たす。


 お金の力は凄まじい。


 王宮内に私の金をばらまいた。


 稼いだ金をすべて、それに費やした。


 そして、一つの噂を流した……第二王子が敵国と繋がっていると……


 元から素行が悪く、庶民と婚約をしようとする愚か者を王家では、お荷物と思っていた。


 そんな時に、王宮に広まった噂を使わない手はないと踏んだ王家はすぐに行動に移した。


 金によって支配された王宮はすぐに第二王子を廃嫡するように王家に直訴した。


 王家はすぐに認めた。

 

 その上で、反逆の罪が問われた。


 第二王子の末路はそれは悲惨なものだった。


 それが今回の話の顛末。


 私とリリアンは、仲睦まじく暮らした。もちろん、サンジョバット六世もずっと一緒だ。

 

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私(ホームレス)が見回りをしていると、王都のゴミ山に悪役令嬢(元寄り親の娘)が裸で放置されているんですが。 秋 田之介 @muroyan

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