第5話:賠償移住

(さあ、こんな所はさっさと引き払って領地に向かうわよ)


 イーシスが移住を急き立てます。

 よほど王都に立ち込める悪臭が嫌なのでしょう。

 私はもう慣れてしまっているのか、それほど臭いとは思わないのですが。


(なに言っているのよ、そんなだと自分が臭くても気がつかないわよ。

 それともアグネスは糞尿臭い令嬢と言われてもいいの)


 イーシスは本当に言いたい放題、デリカシーの欠片もありません。

 ですが無視する気にもなれません。

 社交界で糞尿臭いなどと言われるのは絶対に嫌です。

 でも、まあ、もう社交界には関わらないので、関係ないのですが。


(そうよ、私に感謝しなさいよ。

 衣食住の心配なしに暮らせるのは私のお陰なんですからね)


 少々カチンときましたが、でもイーシスの言う通りです。

 私では国王相手にここまで賠償させる事はできません。

 未開の辺境とはいえ広大な領地を強請りとってくれました。

 王家が蓄えている莫大な富の一部も強請り取ってくれました。

 その額はグロブナ公爵家の年収十年分以上になりますから、未開地の開拓資金に不足する事もありません。


 しかも強請り取ってくれた爵位は辺境伯です。

 位は侯爵家と同格ですが、軍事指揮権だけを考えれば侯爵以上です。

 まあ、それだけ危険な場所という事でもあります。

 蛮族に破壊された廃城を修築して拠点にしなければいけない点も大きいです。


 蛮族に備えるために、王都の貧民を領民として連れて行く許可もくれました。

 当面彼らを食べさせていくだけの食糧は賠償金と別枠で渡してくれます。

 彼らを辺境まで運ぶ馬車と最低限の武器防具も別枠で渡してくれます。

 全てイーシスが交渉してくれたことです。

 イーシスの話では国王と重臣達にも思惑があるそうです。


 国王と重臣達は「厄介払いできた、蛮族殺されればいい」と思っているそうです。

 心を読んだイーシスがそう言っていました。

 私は少々心配でしたが、イーシスが大丈夫だと言ってくれました。

 蛮族など魔術一つで皆殺しにできると、自信満々で断言してくれました。

 廃城の修理もイーシスが確約してくれました。

 そんなイーシスなのに、王都の悪臭と道の汚さだけは耐えられないと言うのです。


(うるさいわね、糞尿の処理ができないのは民度が低いのよ。

 私はそんな民度の低い所は大嫌いなの。

 だから引き連れていく貧民達はもちろん、辺境の蛮族もビシビシ鍛えるわよ。

 近づいても鼻が曲がらないように清潔にさせるからね)


 イーシスから心底嫌そうな気持ちが伝わってきます。

 長年側に仕えてくれている侍女が驚くほどの大声で笑ってしまいました。

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