雪割草の真実 後編 那由多の此方

雪割草の花が咲く季節に必ず姿を現す少女がいる。

そこに母が眠っているとかで、どうしてもそこへ行きたいらしい。

男性は車を運転してその地に少女を連れていく。

少女は名前を名乗らない。

名乗りたくない理由があるらしい。

普段は街でトラムを運転しているクリョーンキャットの獣人男性は、その時期になるといつもこうして名前を名乗らない少女を、自身の車に乗せて長い道のりを走る。

キヌネコの獣人である事は間違いなさそうだが、なんせ名前が分からないし「ヒミツはヒミツです」しか言わない為に、勝手に【秘密王国のヒミツ姫】という風に名付けた。

彼女は昔から「雪割草」という植物の花の写真を手に持っている。

彼女は「これを持っていると、落ち着くんです」と言っていた。

随分古そうな写真だが「母が持っていたんです」と言っていた為、思い出の品だろうと男は思った。

毎年同じ時期に現れてはお願いされ、断ったり戸惑ったりしたが、名は明かさない代わりにどこに住んで、誰が保護者なのかは教えてくれた。

連絡先として預かっているメモに「セバスチャン社交ダンス教室」と書かれている。

トラムを走らせる街に、確かにその教室は存在し、セバスチャンという名前の男性にも会えた。

その男は「確かにその少女を知っているが、面倒を見てるのは自分ではなく、兄のカルセドニーという名の男だ」と話してくれた。

セバスチャンの話でも、兄が聞いてもつねに秘密という言葉を使いたがる。何を聞いても「ヒミツはヒミツです」と返ってくるから、なにも分からないことが多いらしく、「だから好き勝手にさせている」と言われた。

仕方なくトラムの運転手も、これも何かの縁だろうと、彼女を手助けする事に決めた。

少女に自分の連絡先を渡し、「用があるなら必ず自分がそこまで連れて行くから」と話し、今では二人で一年に一回、その場所まで遠出している。




男は少女と約束をした後、花屋で働く娘に雪割草って知っているかと聞いてみたが、娘は知らないと答えた。

近くにある図書館で調べたら良いかも知れないと行ってみると、その花は図鑑に載っていた。

特別な花には見えないが、その花が咲いている場所は随分な場所だと思い、改めて「この場所に行くなんて危険だ」と説得しようと思っていたが、少女は毎年母親とその花が咲く時期、一緒に見に言っていたと話してくれた。

しかし、いつしか母は自分の目の前から忽然と消えて、見つかった所がその場所だと説明してくれた。

その日は捜索隊の人と一緒に行き、母の悲しい姿を見つめ、その後、段階的に記憶が消えてしまったという。

それを聞いての決意だった。

そして今日がその日である。

今日も二人は世間話をしながら、その「とても悲しくて近寄りたくもない場所」へ行くのだ。

“母に会いに”

彼女は一言も「さびしい」と口にしないし、自分の事を聞かれても「ヒミツ」

男は「自分が何者か、分かってないのでは?」とも思ったが、記憶自体は消えた部分と、消えてない部分があるらしい。

誰も居なくなってから施設で暮らしていたらしいが、馴染むことが出来ず脱走したらしい。

その後、モグラさんと一緒に居ただの、コアラさんと一緒に居ただのしていたらしいが、キャンプ場だった所があった跡地がある島が、アーテル村では無くなると聞いて、密かに脱出した結果、今のような生活になったのだと説明してくれた。

少女の荷物の中に見知らぬ本があり、モグラさんにキャンプに関わる本だと教えてもらったが、大人向けで読めないので、写真や絵だけを見ている事が多かったらしい。

元々、母親がキャンプが好きなのもあり、二人でよくキャンプをしていたらしく、自分のキャンプ道具も持っているらしい。

どうやら母が、子供向けのキャンプ道具を持たせたようだった。

それで今も半分キャンプ暮らしだが、学校にも再び通い始めたとも、珍しく話してくれた。

勉強についていくのはとても大変らしいが、友達がいてくれるから学校も楽しくなってきたんんだと少女は男に話した。

今日はやけに自分の事を話してくれると思ったが、男はとあることに気付いた。

“そうか、生活が変わって、安定してきたんだな”と思い始めると、色々な辻褄があってくる。

それは彼女のメモでは「セバスチャン」となっていたが本来は「カルセドニー」という男のお陰だろう。

一番最初に会った時より表情が和らいで見える。

ある程度、自分の事も話してくれるようになった。

言葉の大半は母親が言っていたらしい。

母も多くを語らず、いつも「ひみつなの、ひみつなの」と言っていたらしい。

なぜ教えてくれないのかと聞くと、怖い人がやってくるからと言われていたそうだ。

だから少女は多くを語ってはいけないし「ヒミツはヒミツ」という言葉を言うようになったのだと教えてくれた。

「おじさんは、かる、セバスチャンさんのように、やさしくて、ヒミツを守ってくれるから、特別です」と言ってくれた。

この少女を良く分からない子だと思っていたが、過去があり今があると思うと、自分だって過去の自分は誇れるような人生ではない。

妻と生まれ育った場所から駆け落ちし、食う物も寝る場所も無く途方に暮れた所を、親切な人に救われた事がある。

それから娘に苦労させて申し訳ないと思っている所に、親の心を知らずに娘は浮浪者のような男を拾った。

今もその男は家の庭で居候として生きているが、追い出したりする気は全くない。

男は娘のそのエピソードや、花の名前を付けた事を話すと少女は「お母さんの名前は…」と話し始めた。

「私のお母さんは良く名前をまちがわれるらしいです、雪の子供と書いて、ゆきこと思われるそうですが、お母さんはせつこです。雪割草から取ったって、おじいちゃんから言われたそうです、

おばさんは、そのまま、「早苗」だったから、自分だけ「雪子」で、ちょっとイヤだったそうですが、雪割草からだと言われてからは、イヤじゃなくなったそうです。雪割草はお母さんの好きな花です。あっ、でも他の人には言わないで下さい。悪い人が来ますから、雪割草は、おじいちゃんにとって、とても大切な花なんです。おばあちゃんと会ったのが、その雪割草の花が咲く場所だったみたいで、それで二人は、ロマンスの世界へ行ったと、お母さんが言ってました。私もいつか、大人になったら、ロマンスの世界へ行くんです。もうその相手は決まってて、それは「くろねこのおうじさま」なんです。

ニコニコと喋る少女の姿はまるで恋する乙女だった。

車を運転中である男にはあまり見つめる事は出来なかったが、それは幸せそうな姿だった。

「ふふっ、それで、私の名前が「せつなになったんです、お母さんと同じような名前です、雪の菜っ葉と書いて、雪菜です」

「んっ?せつ?せつなで合ってる?」

「はい、せつなです。でもヒミツですから、私の名前は今、「白井 音子」です」

「しらい?ねこ、しろいねこ?」

「しろいねこです、昔は、おばさんの早苗からとって「かなえ」という名前だったんですけど、施設は抜け出したので、その名前は使ってません。

私のお父さんは、「とおいかなた」さんですから、お母さんが居なくなった後、しばらくは「かなえ」で良かったのですが、その名前も怖い人に知られたので、使うのを止めました。とてもざんねんです。おばさんとお父さんの名前に似て、気に入ってたのに」

「とおいかなた」がお父さんか、随分な名前だなと思ったが、「お父さんは?今どうしてるの?と聞くと、「お母さんは、とおいかなたにいる、としか、私に教えてくれませんでした」と返ってきた。

もしかして「とおいかなたさん」は「遠い彼方さん」なのでは?と思ったがこれ以上聞くのは止めた方が良さそうだと男は思った。

少女は鼻歌交じりに足をバタバタさせていた。

車はどんどん山道へ入って行く。

「もうすぐ会えますね、お母さん、待っててください」

少女は寂しさも感じさせないような口調でその一言を口にした。

それを聞いてこの先に待っているのは、雪に埋もれながらも懸命に咲く雪割草の花だけだと思うとこちらの方が悲しくなってくるが、少女、雪菜ちゃんがここまでして会いたい母親はもうこの世にはいないが、会いに来たいという気持ちを守れるだけで充分だった。


           雪割草の真実 終わり



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アーテル国に住む者達のドキュメント まるみ @marumi-tama

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