雪割草 ライオンさんの記憶

この日、デパートでは季節物を置くため皆が忙しそうに動いていた。

そんな中でライオンさんはとある少女に出会った。

顔を見た瞬間、どこかで会った気がしたが思い出せなかった。

その後、デパートで働くキヌネコの女性を見つけ声をかけた。

彼女はバックヤードで仕事をしていた。

「紫音、忙しそうだな」

「暇そうなのはあなただけよ」

「今、君と同じ種族の少女を見つけたが、君に生き別れた妹はいたか?」

「なんなの?突然?妹は私が知る限り一人しかいないわよ、あなたも良く知る、紫月だけよ」

「そうだな、それにしても、俺はキヌネコに縁があるんだろうか?」

「どうかしたの?」

「実は、昔、俺がまだ若かった頃の話だが、船、といっても大型客船のクルーズ船だが、そこでチェロ弾きの女がいて、その女とはベッドを共にしたんだ。それが君の妹と被ってしまう時もあるが、まぁそれは置いといて、そのキヌネコの女性は・・・。そうだな、君の妹より、君や今日会った少女の方が似てるな。だからかその、思い出したんだ。彼女の事、名前はたしか、「さなえ」といったかな。後は、そうだな、妹がいてその妹の事を、随分と心配していたんだ、なんか施設にいるとかで」

「へぇ、あなたが遊びの女性の事を覚えてるなんてね」

「覚えてるさ。君の唇のように、やわで繊細そうな唇だった、紫音、俺の遊び相手になるか?お前なら大歓迎だぞ」

「やめてよ」

「藍華が怒るとでも?」

「…そんなんじゃないの」

そう言うと、キヌネコの女性は、ライオンさんの胸に手を置いて、頬を近づけて言った。

「妹が、もしかしたらあなたの事を好きみたいで…」

「バカなことを。俺といくつ離れてると思っているんだ。それに俺は、少女趣味じゃない」

「それは分かっているけど、ねえお願い、妹に変な事は教えないで?今、大人ぶってんのよ、全く、私の気持ちも考えて欲しいわ」

「俺は、おまえに俺の気持ちを理解して欲しいな。紫音、君の唇が愛おしい」

「やめて、その昔の女を思い出したから、キヌネコの女性なら誰でも良いんでしょ?」

「そんなことはない、あるわけない」

ライオンさんはキヌネコの女性の後頭部に手を当てた。

「愛してる、紫音」

「そういう言葉は、もっとムードを考えて」

「場所さえ良ければ良いのか?」

「無理よ、私を惑わさないで」

「紫音」

紫音は黙ってしまった。

静かに唇を奪われたが、妹の事を考えてしまうと彼を止めさせなきゃと思ったが、無理なのは分かっていた。

彼の甘い優しさに惑わされて、逃げ出せないのは紫音だけではない。

その頃、ライオンさんは唇を重ねた瞬間、昔出会った紫音と同じキヌネコの女性の事を思い出していた。

「妹の名前は、今も変わらなければ…」

彼女の声が蘇った気がした。

唇を離すとライオンさんは「紫音」と呟いた。

指で紫音の顔を撫でる。

シルクのような白い毛がライオンさんの手に触れられていく。

紫音は涙目でライオンさんの顔を見つめていた。

「妹に怒られちゃうわね」

「君の妹に伝えてくれ、俺は少女趣味じゃないと」

紫音から離れると、バックヤードから出てその場をゆっくりと離れて行った。

しばらくして紫音に似た少女とすれ違った。

先程の少女のようだと直ぐに気付いた。

服が同じだったからだ。

ライオンさんは少女を見つめていた。

紫音の店へ入って行くようだ。

少女はライオンさんも知る男と一緒だった。

その男はトラム運転手で、ライオンさんや紫音が住むアパートの大家だった。

管理の為にアパートへ顔を出す為、ライオンさんは何回か会っている。

その男と買い物だろうか?と思ったがライオンさんには関係ない話である。

ライオンさんは首を横に振り、記憶の中に蘇った女性の面影を消し去った。


                  終わり


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