第十八章

『隠士捜索(一)』

 月餅湖げっぺいこを出発した拓飛タクヒたち一行は馬を走らせ、正午しょうごには紅州こうしゅうの州都である紅京こうけいに到着した。


 紅京は気候も温暖で海に近い事もあって、新鮮な野菜や果物、海の幸が豊富に集まり、様々な名物料理が神州中に名を馳せていた。つとに魚料理は有名で、遠方からわざわざ食しに足を運ぶ者もいるほどである。


「わあーっ! 凄い人だね!」


 往来に人が溢れる様を見て、凰華オウカが眼を輝かせた。


「ホンマやな。ワイは首都の黄京こうけいにも行った事あるけど、ぎょうさん人がおるんは一緒でも、コッチの方がなんや活気があるわ」


 セイが感想を述べると、拓飛も同意した。


「確かにな。黄京は人も物もなんでもあるけど、忙しなくて、なんか冷てえ感じがするんだよな」

「そうなんだ、いつか黄京にも行ってみたいなあ。あ、でも今はお昼ごはんが先よね! あたし魚料理が食べたい!」


 そう言うと、凰華は嬉しそうに歩き出した。


「……花より団子とは、よう言うたモンやな」

「まったくだ」


 昨夜とは全く逆の構図だったのだが、呆れ顔で拓飛と斉は焔星エンセイ桃花トウカを引いて、凰華の後を追った。


 


 昼時という事もあって大通りの茶館や酒楼はどこも客でごった返している。


 とりあえず一際大きな『南海清鮮飯店』という酒楼に入ると、給仕の女性が三人の姿を認めるなり、


「申し訳ございませんが、当店はご予約をされていないお客様はご遠慮させていただいております」


 機械的に説明した。凰華が残念な表情を浮かべると、拓飛が横から声を掛ける。


「おい、アレ見せてみろよ」

「アレって……? あ、アレの事ね!」


 凰華が懐から白虎牌を取り出すと、それを眼にした給仕の女性はサッと顔色を変え、厨房の奥へ引っ込んでしまった。ほどなくして女性は作り笑いを携えて戻って来るなり、店の奥の方へ手を差し伸ばした。


「失礼致しました。奥の個室へどうぞ」


 


 個室に三人が陣取ると、まだ注文すらしていないのに、料理が次から次からへと運ばれて来る。前菜から始まり、たんの次には様々な野菜や魚、肉料理が円卓の上を所狭しと彩った。


「いやあ、白虎牌っちゅうのんは威力絶大やな!」


 斉がエビス顔で口を開くが、凰華はあまり箸が進んでいないようである。


「でも、なんだか悪い気がするわ。列を横入りしたみたいで……」

「気にするこたぁねえよ。皇下門派こうかもんぱってのはカネも貰わねえで妖怪退治やってんだろ。こんぐれえ役得がねえとな」


 そう話す拓飛の脇には、空になった器がうず高く積み上がっている。


「うん……あ、そうだ。ガク先生の事を教えてよ」

「岳のオッサンか、俺の考えだと紅京にはいねえと思う」

「なんで分かるねん?」

「まあ見てろ」


 拓飛は意味深な笑みを浮かべると、ちょうど追加の料理を運んできた給仕の女性に声を掛けた。


「ちょっと訊くけどよ、この街に岳っつう腕のいい医者はいるか?」

「岳、先生ですか……? いえ……申し訳ありませんが、私は存じ上げません」


 女性は少し考えた後に答えると、そそくさと部屋を出て行った。


「医者? 岳先生はお医者さんをやってるの?」

「ああ、氣功で大概の怪我や病気は治しちまう。で、今ので分かったけど、やっぱりココにはいねえな」

「せやから、なんで分かるねんて?」


 再び斉が突っ込むと、拓飛は肉を飲み込んでから口を開いた。


「まず、岳のオッサンはこういう大都会は好まねえ。かと言って、人が全くいねえド田舎もダメだ。規模的にはそうだな……、おめえの故郷くれえの田舎がちょうどいいみてえだ」


 拓飛に箸で刺された凰華は、複雑な表情を浮かべた。


「……ド田舎じゃない田舎で悪かったわね」

「ちょお待てや、そんなん分かれへんやん。気ぃ変わって、都会に住んどるかも知れへんやん。あのおネエちゃんが知らんだけなんとちゃうか?」


 もっともだと思える斉の意見に凰華が賛同するように頷くが、拓飛は再び含み笑いを浮かべる。


「まあ、今はメシを食おうぜ。あのオッサンを見つけるのは俺に任せとけ」

『……?』


 妙な自信を見せる拓飛に、凰華と斉は顔を見合わせた。


 


 酒楼を出た三人は拓飛に先導され、紅京を後にした。


 拓飛は紅京で買った地図を頼りに、当たりを付けた小規模のまちを訪れると、一番大きな酒楼に入り、一言尋ねるのみである。


 

————この鎮に岳っつう腕のいい医者はいるか?


 

 いない、知らない、分からない、といった返事が返って来ると、拓飛はそれ以上詮索する事はなく、その鎮を後にする。凰華と斉には、この問答が何を意味するのか分からないが、仕方なく拓飛に付いて行く。


 そうして一週間ほど紅州中の鎮を渡り歩くと、遂にとある酒楼で聞きたかった言葉が耳に入ってきた。


「岳先生? ああ、いるよ。この先のちょっと行った裏通りに店を構えてる。お世辞にも腕がいいとは言えんがね」


 人捜しに気疲れしていた凰華と斉は、この言葉にパアッと顔を輝かせたが、拓飛は無表情のまま踵を返した。


「行くぞ。ここにはいねえ」

「なんでやねん! おるて言うてるやんけ!」

「そうよ、そうよ!」


 たまらず斉と凰華が突っ込むが、拓飛は背を向けたまま答える。


「いるって言うならいねえ。それにヤブだってんなら絶対にいねえ」

『ハアーーーっ⁉︎』


 このナゾナゾのような問答に二人は全く意味が分からず、再び顔を見合わせた。


 

 さらに一週間後の夕刻、一行は『庄夏堡しょうかほ』という鎮に辿り着いた。人口は数百人といった所だろうか。周囲にはのどかな田園風景が広がり、どこにでもある農村のようである。


 拓飛はこの鎮唯一の食堂に入ると、開口一番、例の言葉を店主にぶつけた。このやりとりに飽き飽きしていた凰華と斉は、店主の返事を聞く前に店の入り口に足を向けていたが、この鎮の様子は今までと違っていた。


 先ほどまでは、野良仕事を終えた村民たちの賑やかな笑い声がうるさいほど聞こえていたというのに、拓飛の問いかけを耳にすると店主と客全員がピタッと話をやめ、店は瞬時にして不気味な静寂に包まれた。


「……おらんね。そんな人はこの鎮には」


 店主は引きつった顔でゆっくりと答える。拓飛はその表情を眼にすると、ニヤリと笑った。


「……いるんだな……?」

『えっ⁉︎』


 凰華と斉が同時に驚いて声を上げると、客の一人が立ち上がり、拓飛の前に立った。


「……おい、白髪のガキ。岳なんて医者はここにはいねえが、てめえ何処でその話を聞いた⁉︎」


 男は殺気立った表情を浮かべ、今にも拓飛に襲いかかりそうである。


 普段の拓飛であれば、このような物言いをされると口より先に手が出ていたものだったが、今回は違った。


「ヘッ、今回は思いの外、早く見つかったな」

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