『交流試合(六)』
龍悟は数歩後ずさると、額に脂汗を浮かべた。
「……へへっ、やっとブチ当ててやったぜ。てめえ剣に氣を使い過ぎてて、防御がなってねえんじゃねえか?」
拓飛が得意げに言うと、龍悟はキッと顔を上げたが、その手の双剣が眼に見えて短くなっていた。
「どうして間合いの利を捨てて剣を短く……⁉︎」
「短くしたのではない。氣を消耗して、そうせざるを得なくなったのじゃ。剣身を維持しようとすると、その分、剣の強度が落ちてしまう。いくら奴でも紙の剣では斬れまい」
その間にも龍悟の剣は小刀ほどの長さになってしまった。
「今の奴の状態では、最低限の強度を持たせるには、あの長さが限度じゃろうな。じゃが、この局面に持って来るまでに拓飛が失った物も大きい」
その言葉に凰華が視線を戻すと、拓飛が膝を突いているのが見えた。
「拓飛! どうしたの⁉︎」
「血を失い過ぎておる。あの様子では恐らく、もういくらも保つまい」
「そんな……!」
西王母の指摘通り、拓飛は出血多量で目眩を起こし、朦朧としていた。いくら脚に力を込めても全く言う事を聞かない。
「龍悟! 今のうちよ! 止めを刺しなさい!」
「…………」
その時、拓飛の左腕が虎と化した。虎手は拓飛の身体を引きずるようにして龍悟へと向かって行く。
この光景に練武場はざわめき出し、先程までの静寂とは打って変わって蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
慶と青龍派の門人たちが各々得物を手に雪崩れ込んで来たが、その行く手を龍悟が遮り、
「来るなッ‼︎」
大声で一喝した。この剣幕に青龍派の門人たちの動きが止まる。
これほど感情をあらわにした龍悟を見るのは、慶にとって数年ぶりの事であった。幼い頃に母を亡くして以来、龍悟は感情を押し殺すように剣に打ち込んできたのである。
「龍悟、どうして……?」
「…………」
しかし、龍悟は無言のまま何も答えない。その間にも拓飛の身体は龍悟の足元に辿り着くと、虎手が大きく肥大し、今にも龍悟に振り下ろされようとしていた。
「————邪魔すんじゃねえッ‼︎」
突如、拓飛は大声を上げると、振り下ろされた虎手を右腕で掴み、自分の顔の前に捻じ上げた。
「コイツは俺と龍悟の野郎の
拓飛の叫び声が周囲に響き渡り、再び練武場は静寂に包まれた。
ゆっくりと立ち上がった拓飛の左腕は、人間のものに戻っている。
「悪いな。待たせちまった」
「……いや、僕も君とは誰の邪魔も入れず、二人だけで決着を付けたい」
拓飛がニッと牙を見せると、龍悟も微かに笑みを浮かべる。
龍悟は左剣を消滅させると、右剣に残っていた氣を集中させた。再び長さと強度を兼ね備えた剣が右腕に握られる。
「君の時間切れを待ったりはしない。僕の剣で終わらせる……!」
龍悟は右腕を上げると突きの構えを取った。対する拓飛は最早腕を上げる事も出来ないのか、構えようとしない。それどころか、龍悟に対し正対してしまっていた。人体の急所は正面に集中しており、急所を対手に晒す事は武術の禁忌である。
「来いや……!」
しかし、拓飛の眼光は一層鋭さを増し、勝負を捨てたようには見えない。龍悟は小さく頷くと地面を蹴った。
身体ごとぶつけるような神速の突きが拓飛に向けて放たれる。剣先が心臓に迫っても、拓飛はやはり動けないのか微動だにしない。
————青龍の爪が白虎の肉体を貫いた————。
「拓飛ッ‼︎」
「————見事……!」
凰華と西王母が同時に声を上げる。
心臓を貫いたと思われた剣は拓飛の脇の下を通過し、その肉体を数寸切り裂いたのみだった。
常人には剣が肉体を貫いたように見えるほどの寸分の無駄の無い動き————
極限の集中と脱力がなせる、究極の歩法であった。西王母の慧眼だけが、神速の攻防を捉えていたのである。
二人は身体が密着するほどの間合いになり、右腕を封じられた龍悟は左腕を手刀にして振り上げた。その左脇腹に拓飛の右拳が力なく押し当てられる。
(間合いが近すぎる。構うものかッ!)
構わず龍悟が手刀を振り下ろすと、押し当てられた拓飛の右拳から波濤の如く真氣が雪崩れ込んでくるのを感じた。
この衝撃によって龍悟は一瞬にして意識が寸断され、左腕を振り上げたまま前のめりに倒れ、動かなくなった。
この一打は拓飛にとっても予想外の威力であった。迅さと重さを信条としていた彼にとって、今の突きは青天の霹靂とも言うべき一打になった。
拓飛は足元に倒れた龍悟を見つめると、感情を抑えきれずに勝利の雄叫びを上げた。
「うオォォォォぉぉぉッッ‼︎」
「————勝者、凌拓————」
凰華は一瞬何が起こったのか分からなかったが、
「時間切れじゃ。早う止血せねば死ぬるぞ」
西王母の声でハッとすると、血相を変えた。
「拓飛‼︎」「龍悟‼︎」
凰華と慶が同時に声を上げ、もつれ合うように倒れた龍虎に駆け寄った。
———— 第十三章に続く ————
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