『桃源郷(六)』
青龍派の門人たちが出て行くと、入れ代わりに白虎派の弟子が部屋に入ってきて、何やら
「すまぬが、外せぬ用が出来た故、話は明日ゆるりと聞こう。そなたも食事を取って休むがよい」
食堂に入ると、奥の方で
凰華が近づいてみると、二人の話し声が聞こえてきた。
「熊将、さっきの体当たりは効いたぜ。ありゃ、間合いを潰された時に使えるな!」
「ああ、あの技は間合いによって頭突きや肩や背中、腰など色々応用も効く。拓飛、今度教えてやろう」
なんと、先ほど立ち合っていた二人が、この短い間にお互いを名前で呼び合っている。本気で拳を交えた二人は、お互いの実力を認めあったのだろう。凰華は二人の関係がなんだか羨ましく思えた。
「おう、凰華。なにボーッと突っ立ってんだ? おめえも座って食えよ。まあまあイケるぜ、ここのメシ」
「あ、うん」
凰華が拓飛の隣の席に腰かけると、熊将が口を開いた。
「拓飛、
「えっ? 寸止めなんですか?」
「一応はな。だが実際には武器使用あり、急所攻撃あり、禁じ手なしの何でもござれだ。武器や拳に眼が付いている訳でなし、万が一、相手を殺してしまったとしても試合中の事故として処理される」
禁じ手なしと聞いて、凰華の顔が明らかに引きつった。
「心配するな。明日は俺が審判を務める。
「お、お願いします……!」
「まあ、めんどくせえ事は考えずに相手をブチのめしゃあいいって事だな!」
凰華の心配をよそに、拓飛は豪快に笑い飛ばした。凰華は冷めた視線を拓飛に送ると、熊将に向き直り手を上げた。
「あの、青龍派ってどういう技を使うんでしょうか?」
「青龍派は武器術を主とする
拓飛は思わず龍悟に斬られた左腕を押さえた。
「……なるほど、ありゃ野郎の氣で造った剣だってワケかよ。タネが分かりゃ、もうもらわねえ……!」
「言うほど易しくはないぞ。俺は二年前の交流試合で青龍派の本拠に赴いたが、門人の質や量、統制、さらに本拠の規模、設備など、全て我が白虎派を凌駕していた」
「熊将、勝ったんだろうな?」
「いや、俺は辛くも引き分けたが、残りの者は全敗した」
「あっ、相手は
凰華が口を挟むと、熊将は少し驚いたように顔を向けた。
「石姑娘、どこでその名を?」
「凰華でいいですよ。西王母さまから聞きました。今回は来られないけど、必ず埋め合わせはするって言っていたそうです」
「そうか……!」
この言葉に熊将の眼光が鋭くなった。
「にしてもよお、おめえ以外は全員負けって、なっさけねえな白虎派の連中も」
拓飛は鶏の腿をかじりながら呟いた。
「……以前はここまでの差は無かったのだが、十数年前に青龍派の掌門が現在の
「岳のオッサンが?」
「そうだ。西王母さまの術は素晴らしいが、アレは教えて出来るというものではないからな。今、岳師叔がここにおられれば、我らを鍛えてくださったろうが……」
突然、凰華が手を叩いて声を上げた。
「それじゃあ拓飛が教えてあげればいいじゃない!」
「ああ? なんで俺が?」
「だって岳先生の弟子は拓飛だけなんでしょ? 適役だと思うけど」
「それはいい。是非そうしてくれ、頼む、拓飛」
熊将は立ち上がると、拓飛に頭を下げた。
拓飛は照れ臭そうに頭を掻くと、ぶっきら棒に言った。
「……しゃあねえな。めんどくせえから、熊将にだけ教えてやるよ。あの体当たりの代わりな」
拓飛は言い終わると、照れ隠しに手近の杯を掴み一気に飲み干した。
「おい、それは俺の酒————」
熊将が言うが早いか、拓飛は顔を真っ赤にすると、杯を持ったまま卓に突っ伏してしまった。ほどなくして寝息が聞こえてきた。凰華が苦笑いしながら説明する。
「拓飛、すっごくお酒に弱いんです……」
「……ふっ。酒に弱い虎など聞いた事もないぞ」
凰華は熊将の笑顔を初めて眼にした。
「こいつは俺が寝室に運ぼう。凰華、お前も女弟子に寝室に案内してもらうといい。明日は頑張れよ」
「はい。ありがとうございました!」
凰華が礼を言うと、熊将は拓飛を担いで、食堂を後にしていった。
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