『桃源郷(三)』
「オラ、来いよ。オッサン」
「…………」
熊将は無言で拓飛の前に進むと、右足を引いて構えを取った。
「
熊将は背丈こそ拓飛とさほど変わらないが、身体の厚みが桁違いである。氣が全身に満ち溢れているようで、相当の使い手だと見て取れた。
「……お前の左腕は、人間のものとは違うらしいな……?」
静かに熊将が口を開いた。
「だったらなんだよ? 退治でもしてみっか?」
「……いいだろう」
熊将の身体がゆらりと動くと、間合いを一気に潰してきた。その巨躯からは想像できない俊敏さである。
踏み込みと同時に、氣を孕んだ右拳が拓飛に襲いかかる。拓飛は半身になり受け流すと、下突きを熊将の脇腹めがけて打ち出した。
しかし、その拳は寸前で熊将の左手で受け止められ、凄まじい力で引き寄せられた。拓飛は瞬時に腰をかがめ抵抗したが、抵抗虚しく足が宙に浮いた。
(————何⁉︎)
たたらを踏んだ拓飛に熊将の巨岩のような体躯がぶつかる。この交差法で拓飛は数丈後ろの壁へ派手に吹っ飛ばされた。
「拓飛!」
したたかに壁に打ち付けられた拓飛はピクリとも動かない。凰華が駆け寄ると、拓飛はガバッと跳ね起き、口から垂れる鮮血を拭った。
「……いいねえ、オッサン……! 久しぶりに効いたぜ。白虎派ってのは雑魚が群れてるだけの連中かと思ってたが、ちったあマシな奴もいんだな」
この言葉に熊将の眉根が持ち上がり、再び虎と熊は交錯した。
拓飛と熊将の振るう技は共に接近短打を旨としており、両者の打ち合いは噛み合った。
拓飛は師父の
しかし、眼の前の相手は違う。技の威力や速度に型の正確性、氣の運び、全てが一級品である。一撃でも急所にもらえば、即行動不能になってしまうだろう。
師父の元を飛び出してから、初めてこのような
熊将は拓飛の隙を見逃さず、渾身の突きを繰り出した。拓飛は笑みを浮かべたまま足を斜めに踏み出すと、左手で突きを払いながら右拳を叩き込んだ。拓飛の得意技の一つ『砲拳』である。
顔をしかめた熊将が数歩後ずさった。
追撃しようと拓飛が間合いを詰めると、熊将は右手を伸ばし遮った。
「————待て! ここまでだ!」
「あ?」
熊将は西王母に顔を向けると、
「西王母さま! 間違いないかと」
「うむ、もうよいぞ。ご苦労じゃった、熊将」
熊将は西王母に一礼をすると、拓飛に向き直り包拳をして傍に退がってしまった。
「おい! ふざけんなよ、オッサン! てめえ、まだやれんだろうが!」
呆気に取られた拓飛が怒鳴り上げるが、熊将は何の反応もしない。
「拓飛や、そなたの師父は『
不意に西王母が問いかける。
「……あ? 成虎? 誰だ、そりゃ?」
「何? そなたの師父は
「師父ってほどのモンじゃねえが、岳ってオッサンにはちっと技を教わったな。下の名前までは知らねえ」
この言葉に西王母の表情が緩んだ。
「……ふ、ふふ、ハッハッハッ! 成虎の奴め! 相変わらずじゃな!」
突然高笑いを上げた西王母の様子に、拓飛と凰華は顔を見合わせた。
「拓飛、どういう事……?」
「知らねえよ。……ちっ、なんかやる気が削がれちまったぜ。クソが」
西王母は
「……そなたの師父、岳成虎はな、白虎派第六世代の筆頭じゃった男よ」
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