『真氣開放(三)』
少し空を駆けると、
降り立ってみると、それは小さな廃廟だった。すっかり荒れ果てており、人がいなくなって久しいようだった。
中に入り、残っていた蝋燭に
「拓飛……ごめんね、あたしのせいでこんな……!」
「……ホントだぜ、おめえと出会ってから、ロクな事がねえ……」
拓飛は眼を開けると、少し笑いながら口を開いた。凰華は拓飛がいつもの軽口を叩いた事で少し安心した。
「拓飛。あたし何でもするから、何でも言って? 毒を吸い出せば良い?」
「いらねえ。さっき
毒が全身に回ったと聞いて、凰華の眼から再び涙が溢れ出た。
「そ、そんな……! どうするの拓飛……!」
「大丈夫だ。内功で体内の毒を集めて傷口から押し出す。
この言葉に凰華は息を飲んだ。岳という拓飛の師父はありとあらゆる状況を想定して、拓飛に鍛錬を施している。
「拓飛。あたしに手伝える事があるなら言って」
「いらねえっつったろ。おめえは
「どうして!」
「野郎がじきにここを嗅ぎつけるからだ」
凰華は絶句した。
「し、死んだんじゃないの……⁉︎」
「いや、突きが浅かった。あの程度じゃ、くたばらねえはずだ。今の内に早く行け。野郎の狙いは俺だ」
「——だったら尚更行けないわ! あたしが拓飛を守る!」
拓飛は妖怪が死んでいないと凰華に伝えた事を後悔した。凰華の性分からして、話せば残ると言い出す事は、冷静に考えれば分かっていたはずだった。
「……おめえが居たら集中できねえんだよ。安心しろ。おめえが出て行ったら、野郎がここを嗅ぎつける前に毒を追い出せる」
「——嘘。拓飛って嘘つく時、絶対あたしの眼を見ないもん」
拓飛は思い通りに動いてくれない凰華に腹が立った。
「おめえは俺を殺してえのか、殺したくねえのか、どっちなんだ⁉︎」
「……拓飛。あたしに内功を教えて」
この状況で内功の秘訣を聞いてくるとは、拓飛は耳を疑った。
「てめえ……!」
「見損なわないで!」
凰華は拓飛の眼を真っ正面から見据えると、静かに口を開いた。
「あたしが拓飛を置いて逃げられると思うの? 内功を教えてくれれば、拓飛が毒を追い出してる間、あたしが拓飛を守れるわ。二人で生き残るにはそれしかないわ」
拓飛も凰華の眼を見据えた。なんの曇りも無い真っ直ぐな眼だ。こうなっては、この女はテコでも動かないだろう。拓飛は溜め息をついた。
「……一つ条件がある」
「何? 何でも言って!」
「今は言わねえが、俺の言う事を一つ聞け。それが条件だ」
「だから、それは何よ!」
「今は言わねえって言ったろ! これが飲めねえなら、この話は無しだ!」
凰華は拓飛が何を言いたいのか分からないが、いつ妖怪が現れるかも知れない状況では、これ以上手をこまねいている時間は無い。
「分かったわ。何でも言う事を聞く」
「……よし。俺の前に座れ」
凰華が言われた通り拓飛の前に座ると、拓飛は右腕を伸ばした。
「左手を伸ばして、俺の手と合わせろ」
「え、でも……」
「いいから早くしろ」
凰華は拓飛の蕁麻疹を気にしたのだが、拓飛に従い手を合わせた。
「
極限状態のせいか、肌が触れ合っていても拓飛は蕁麻疹が出ていないようだった。
「ただし、これは普通のやり方じゃねえ。俺がいいと言うまで絶対に俺の手を離すなよ」
「もし離れたら、どうなるの?」
「……知らなくていい。始めるぞ」
拓飛が眼を閉じると、合わせた掌を通して、温かい何かが凰華の身体に流れ込んで来た。それは心地よいような、むず痒いような不思議な感覚だったが、凰華は力に逆らわず、拓飛の氣をその身に受け入れた。
氣がヘソの下あたりに差し掛かると、急に丹田が焼けるように熱くなり、凰華は耐えきれなくなってきた。しかし、ここで手を離してしまうと苦労が水の泡になるどころか、おそらく氣が逆流して拓飛の身体を損ねてしまうだろう。凰華は歯を食いしばり必死に耐えた。
蝋燭が燃え尽きる頃、焼けるような熱さは収まり、凰華は今まで感じた事の無いほどの力が全身にみなぎるのを感じた。まるで身体の内側から泉の如く力が迸るような爽快さだった。
「……よし。もう手を離していいぞ」
低く拓飛が呟くと、凰華は大きく息を吐いて手を離した。
「いいか。おめえは氣の制御もできねえだろうから、今は蓋が開いて氣がダダ漏れになっちまってる状態だ。妖怪を仕留める好機は一回きりだぜ……!」
好機は一度きりと聞いて、凰華は固唾を飲んだ。
「今から俺は体内で氣を循環させて毒を追い出しに掛かる。かなり精神を集中しねえといけねえから、その間に妖怪が来ても俺は手を出せねえ。おめえだけが頼りだぜ」
凰華は拓飛の口から初めて自分を『頼る』という言葉を聞いて、全身に力が湧いてきた。それと同時に、あの拓飛が自分を頼るという事は、今が相当危険な状況であるのだと再認識した。
「任せて。絶対二人で生き残るわよ……!」
凰華が強いて笑顔を見せる。応えるように拓飛も笑うと、大きく深呼吸をして眼を閉じた。程なくして拓飛の額に大粒の汗が浮かび上がり、頭から湯気が立ってきた。
今、拓飛は必死に毒を体外に追い出そうとしている。凰華が邪魔をしないよう、入口の方へ移動しようとした、その時である。
「……みぃつけたぁ……!」
あの耳触りな声が戸口から聞こえてきた。
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