第三章

『鏢局荒らし(一)』

 拓飛タクヒ凰華オウカが麓の町に着いた時には、すっかり日が暮れて夜になっていた。


「すっかり遅くなっちゃったね」


 明るく話しかける凰華だったが、その顔には疲労感が漂っている。


「そうだな。今日はもう宿を探すか」

「賛成!」


 拓飛のこの言葉を待っていた凰華は両手を叩いて大喜びだ。


 ほどなくして一軒の旅籠が見つかり、中に入ると番頭が笑みを浮かべて二人を迎え入れた。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

「二人だ。部屋は別々にしてくれ」


 拓飛と凰華の姿を見た番頭の顔からみるみる笑顔が消えてゆき、不審気な表情に変わった。


「失礼ですが、お客様方はどのようなご関係で?」

「えっと、あたしたちは……」


 凰華が答えようとするが、拓飛が身体を入れてその言葉を遮った。


「兄妹だ」


 番頭はますます訝しげな表情になり、拓飛と凰華の顔を代わる代わる見比べる。歳の頃は近そうだが、男の方は白髪赤眼で凶悪そうな面構え。女は黒髪黒眼で、全く血の繋がりがあるようには見えない。

 全然似ていない兄妹もいないことは無いだろうが、本当の兄妹ならば部屋を別々でというのもおかしい。


「カネは先に払うぜ」


 言うなり拓飛は懐から銀錠を取り出すと、受付へ乱暴に置いた。番頭は銀の輝きを眼にすると再び笑顔に戻り、


「これは失礼致しました! お部屋をご案内致します。ささ、こちらへどうぞ!」


 旅慣れた拓飛はカネは口より物を言うことを知っていた。


「ねえ、何で拓飛とあたしが兄妹なの?」


 凰華が後ろから小声で話しかける。


「おめえ、さっきバカ正直に全部話そうとしたろ? んなことしたら怪しまれるだけだぜ」

「でも拓飛とあたしじゃ全然兄妹に見えないと思うけど」

「いーんだよ別に」


 そうこうしている内に旅籠の一番奥から二部屋を案内された。


「じゃあな、明日の朝まで入って来るんじゃねえぞ」

「うん、おやすみ。お兄ちゃん!」

「けっ!」


 嫌そうな顔をして拓飛は乱暴に扉を閉めた。凰華が自分の部屋に入ると、中には粗末な卓と椅子が二つと、硬そうな寝台と窓があるだけの殺風景なものである。


「ふう……」


 凰華は水を一杯飲んで一息ついた。


 今日も色々なことがあった。生まれて初めて故郷を離れて旅に出て、妖怪と闘った。自分の力では退治できなかったが、拓飛が助けてくれて、同行の許可を得た。


 拓飛にまで思いを馳せると凰華は急に不安を覚え、拓飛の部屋の前まで行き、様子を窺った。部屋の中からは物音一つ聞こえない。扉に耳を当ててみるが、やはり無音である。眠っているだけならいいが、別れ際の一言が気になった凰華は扉を開いた。


「拓飛!」


 部屋に入ってみると、拓飛は寝台の上で眼をつむって座禅を組んでいた。


「……入って来んなって言っただろ」

「ご、ごめん拓飛。あたし、てっきり……」

「今さら逃げねえよ。いいから早く出てけ」


 拓飛が行っているのは代表的な内功の修錬法であった。全身に氣を巡らし内功を高めるものである。この時は精神を統一し、無心で行わなければならない。もし、精神が乱れ氣が逆流すると心身を痛めることもあった。このことを父親から聞いていた凰華は静かに扉を閉め、心の中で拓飛に詫びた。

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