冒険の始まり  王女誘拐事件 1

 今から30年前のエレス暦3937年。

 砂漠の小国に過ぎなかったグラーダ国にアルバス・ゼアーナ・グラーダ三世が即位する。

 

 グラーダ三世は、即位してから、僅か5年の内に、圧倒的な個人の武を背景に、エレス大陸全土に覇を唱えた。その事から、人々はグラーダ三世を「闘神王」と呼び、恐れていた。


 しかし、グラーダ三世は、世界を一度征服した後、再び元の支配者だった王や代表者にそれぞれ国を返還する。

 その際に、様々な条約を結んだ事から、公(おおやけ)には、その戦争を「世界会議戦争」と呼称している。


 だが、「戦争をする事」自体が目的だったかのようなグラーダ三世の凶行に、人々はこの戦争を「グラーダ狂王戦争」または、「狂王騒乱戦争」と呼んでいた。



 しかし、その一連の戦争によって、旧大国カロン国を併(へい)呑(どん)したグラーダ国は、世界一の超大国となった。

 そして、世界規模の大街道を敷設し、その中心に新たな都市を造り王都「メルスィン」とした。



 人々を驚かせたのは、「闘神王」、「狂王」などと呼ばれていたグラーダ三世は、その後様々な改革を行い、その統治は公正にして公平で、国民に大いに指示されたのである。

 改革の提案者は賢聖リザリエで、彼女の示した改革は、世界中に波及し、世界中の生活水準を何段階も引き上げる事に寄与していた。


 こうして砂漠の小国だったグラーダ国は、今や軍事、経済、文化、産業、あらゆる分野で世界第一の国となったのである。



◇    ◇



 グラーダ三世には1人だけ娘がいた。

 最愛の妻の忘れ形見である王女、アクシス・レーセ・グラーダ。

 狂気の王として恐れられているグラーダ三世だが、その実普段は感情を顕わにする事無く、ひたすら政務に取り組む有能すぎる王だった。

 そのグラーダ三世が感情を顕わにして溺愛するのが、このアクシス王女だった。


 箱入り過ぎる王女は、15歳で既に成人しているのだが、見合い話一つ無い上に、王城リル・グラーディアの五階、王族の居住階から出る事は無く、政務もほぼ行っていない。


 そんなアクシス王女だが、唯一年に一度だけ、重要な政務を執り行っている。

 

 旧王都、現在は産業都市レグラーダとなっている都市に行き、祭を執り行うのである。

 祈りを捧げ、人々の前で唄を読み、人々の祈りをその身に集める仕事である。


 王女がリル・グラーディア城を離れるのは、この祭の時だけ。

 王都メルスィンから、旧王都レグラーダまでは5日の距離。グラーダが敷設した大街道「メルロー街道」から「進軍街道」を通れば着くので、非常に移動がしやすい。


 街道は、街道警備の軍が、各街道を警備しており、利用者が困らない様にサポートしてくれるし、馬糞清掃員も大勢雇っているので、非常に利用しやすくなっている。

 馬車用の道、歩行者用の道とが別れており、安全性でも優れている。

 商人も、旅人も利用しやすい上に、グラーダ国内はさらに安全性も非常に高い。

 何かあっても、街道警備軍や街道を利用している冒険者たちが助けてくれる。



 

 王女護衛隊は500人。

 グラーダ三世はもっと数を増やしたいと思っていたが、基本的にアクシスは王城の5階と4階にしか行かない。経費も人員も無駄になるので、それ以上増やせなかった。


 王女護衛隊の隊長はベンドルン・ゼス。

 旧カロン国においては、有名な騎士の家の出身である。

 剣の腕はもちろんだが、実直な性格でグラーダ三世も信頼していた。その部下も有能な人材をベンドルンが選んで抜擢していた。



 そんな王女護衛隊500人に囲まれて、アクシス王女が乗る馬車は、「進軍街道」を進んでいた。

 かつてグラーダ三世がカロンに電撃逆侵攻を果たした時に通った道なので、「進軍街道」と呼ばれているが、現在は広い田舎道である。


 

 産業都市レグラーダまで、あと一日の距離まで来ている。

 午後には都市圏に入るが、今はなだらかな丘と緑化が進んできたために広がっている草原ばかりの景色である。

 街道沿いには、日陰を作る街路樹が植わっている。

 

 2月9日、朝9時過ぎ。

 前の宿泊地を出発して一時間程度しか進んいないが、周囲には民家は無くなっている。

 大街道だが、人通りは途切れがちになっており、時折商隊や冒険者とすれ違う程度である。

 

 


 世界一安全な国の、安全な街道を行く旅である。

 王女護衛部隊隊長ベンドルンにしても、ここ数年同じ任について慣れている。気が緩んでいたと言える。

 他の隊士や魔導師たちにしても同じである。グラーダの旗を掲げた正規の軍隊に対して、いったい何者がケンカを売ったりなどするだろうか。神々や魔神でさえ道を開けるだろう。



 「隊長。隊長も一口どうですか?」

 騎乗しながら酒瓶を勧めてきたのは、副隊長になって2年目のジモス・カートンだ。弓の腕が立ち、頭も切れる男で、隊の庶務をそつなくこなし、隊長であるベンドルンをよく補佐してくれる頼れる男だ。

 ただお調子者で、何かと軽口を叩いたり、羽目をはずす。それが欠点でもあるが、隊士たちに分け隔て無く接するし、こうした副隊長の態度が隊士たちを明るくさせていた。おかげで、隊の雰囲気は彼が着任してからグッと良くなった。


「馬鹿もん。職務中だろうが」

 そう言いながらも苦笑して、ベンドルンは瓶を受け取り口を付ける。

「うん?!こりゃうまいな」

「でしょ?今回の旅の共にと、女房が持たせてくれたんです。もっとありますが、どうです?」

あまり飲んだ事がないような高級な味の酒に、ベンドルンは生唾を飲んだが、さすがにこれ以上はまずい。それでなくても昨晩の宿泊先で飲み過ぎていた。おかげで今日はまだ頭が痛い。

「いや、やめておこう」

「そうですか」

 ジモスは屈託無く、細い目を更に細めて笑うと後方の隊列に戻っていった。そして隊列に戻る途中で魔導師たちと談笑していた。

 彼は明るい性格と、偉ぶらない態度から、多くの人に好かれていた。

 魔法も多少使えるとの事で、魔導師たちとも話が合うようだ。

 彼が来てから、王女護衛隊全体の雰囲気はとても良い。

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