冒険の始まり  王女誘拐事件 2

 グラーダ軍の華とされる、十二将よりも格としては上とされる親衛隊、王女護衛隊である。

 その隊士に任命されたのだから、皆腕に自信があった。実際に全員が精鋭である。

 だが、親衛隊に比べて王女護衛隊は、苦痛なくらいに何もする事が無い。

 王女が立ち入り禁止の王城五階や、高級官僚以外は立ち入らない四階にしか行かない。

 五階、四階にはそれぞれ専用の王城守備軍や王女の身辺警護をする「影」やら「蜘蛛」やらが侍っているので、王女護衛隊は基本的にする事が無い。

 こうして年に一度の都市間の移動を護衛するだけである。


 端的に言って、隊士たちの士気を保つ事はかなり難しい。

 「十二将の元で働きたかった」という声が多いのはベンドルンも把握している。

 腐り気味の王女護衛隊の雰囲気を良くしてくれているジモスの存在は、性格的に面白みに欠けるベンドルンにとって助けになっていた。


「結構な事だ」


 任務中に酒を飲む事や隊規の緩みに問題意識が希薄になっていたベンドルンは気付けなかった。

 長い時間をかけて、自分たちが恐るべき地獄の亡者に浸食されていた事に。


 本来のベンドルンは、こうした隊規の緩みは見過ごせる性格では無い。実直で剛直。

 酒を浴びるほど飲むなどという事とは無縁だった。

 ジモスの行動を見て、「結構な事」等とは死んでも思わなかったはずである。

 特に現在は、唯一と言って良い王女護衛隊が活躍するこの護衛任務中である。どう考えてもあり得ない。

 だが、ベンドルンだけで無く、どの隊士も気が緩んでおり、油断もしており、公費で遊びに行く感覚でこの護衛任務に望んでいた。



 ドサッ。


 王女の乗る馬車の音に紛れて、何か思い者が地面に落ちる音がした。

 だが、ベンドルンはじめ、誰もすぐには異常と気付かなかった。

「な、何事か!?」

 列の後方から怒鳴り声が聞こえて初めて、ベンドルンは後ろを振り向いた。


 そして、王女の乗る馬車にピッタリ付いて護衛していた、魔導師たち5人の内3人は、すでに馬上に無く、馬車の後部に乗り周囲を警戒していた魔導師2人も、胸に数本の矢を受けて、今にも馬車から転げ落ちるところであった。


 確か、魔導師たちは隊士全員にはもちろんだが、自身や馬車に厳重に防御魔法をかけているはずである。

 当然矢避けの魔法も掛かっているはずである。

 その魔導師に矢が刺さっている。



「何事か!」

 今度はベンドルンが叫び声を上げる。

 見るとそこには副隊長であるジモスの姿があった。

 手に弓を持ち、いつもの明るい表情が一変して、氷のように冷たく笑い、ベンドルンをめつける。そして、馬鹿にしたように目を細めると言った。

「違うでしょ、隊長殿。そこは『敵襲だ』って叫ばなくっちゃ」

 そして、矢をベンドルンに向かって放った。矢は寸分違わずベンドルンの心臓のある胸部を穿ち、その威力にベンドルンは馬上で大きくバランスを崩した。

 

 ジモスの矢の腕であれば、確かに護衛隊の魔導師の防御も貫通するだろう。

 だが、なぜ? 

 ベンドルンは馬から転げ落ちて意識を失った。

 


 ベンドルンが意識を取り戻したのはほんの数分後の事だった。

 胸に矢が突き刺さったはずのベンドルンが助かったのは、王から特別に授けられていた、魔法道具である鎧のおかげである。

 強化された鎧は、「貫通攻撃無効」の能力が付与されていた。聖鎧せいがいと違い、魔法道具なので、その効果は絶大である。

 この鎧は、王女を護衛する任に付いた時にグラーダ三世から、直々に下賜されたものであり、買うとなると、屋敷が一軒買えるぐらいの高価な鎧であった。

 

 貫通攻撃は無効化したが、ジモスの矢の腕は、グラーダ軍でも五本指に入ると言われている。その威力も凄まじい。

 矢の衝撃で、屈強なベンドルンを吹き飛ばし、気を失わせたのである。


 

 意識を取り戻したベンドルンは、今更ながらに自らの堕落に気付いて歯がみする。

 魔法道具の防具を与えてもらえるほどの厚遇を受け、期待をされていたというのに、それを裏切ってしまった。

 ベンドルンは自分の犯した失態の深刻さに気付いた。しかし、後の祭りである。


 王女の乗る馬車は遙か遠く、街道を外れていくつもの丘の向こうに消えようとしていた。そして、ベンドルンの周囲では激しい戦闘が行われている。


 隊士が戦っているのは、目の所だけ横一文字に開いている白い布をかぶり、体も白い袋状の布をかぶっていて異常な姿の集団である。

 その数は800人ほどいる。

 どこに隠れていたのだろうか?

 烏合の衆というわけでもなく、武器は揃っており、防具もしっかりしていて統率が取れている。しかも、魔法使いも複数人おり、強烈な魔法を繰り出していた。


 一方自軍はと言うと、最も守護すべき王女の乗る馬車は奪われ、自軍の魔道師は全て殺されている。おまけに隊規の緩みで酒を飲んだり、油断していた事もあり、次々地に倒れている。

 部隊の裏切り者はジモスだけでは無いようで、同士討ちかの様な戦闘が繰り広げられていた。

 誰が味方で誰が敵なのか分からない状態である。そんな混乱に輪をかけているのが、隊長であるベンドルンが真っ先に矢により倒れ、副隊長のジモスが裏切り者で、メチャクチャな指示を出しながら、王女の馬車を奪って逃走した事による。

 護衛隊の指揮を執るべき者がいなくなってしまったのだ。


 場当たり的に襲ってくる相手と戦うだけの状況になっていた。


 

 思えば、ベンドルンの王女護衛隊の隊規が緩んでいったのは、あのジモスが入ってからだった。

 見えれば分かる。敵は地獄教徒たちだ。

 ジモスも、裏切り者の隊士たちも地獄教徒だったのだろう。いつの間に地獄教徒に取り込まれたのか?地獄の亡者に取り憑かれてしまったのか?

 何より、ベンドルン自身が最も亡者に汚染されていた事に、今更ながら気づき戦慄する。

 

 王女護衛隊は、グラーダ軍の中にあって、精鋭部隊である。いや、精鋭部隊だったはずなのだが、このていたらくである。地獄教徒ごときに遅れを取っている。王女を誘拐されてしまったこの醜態。大失態。

 信じられない程の堕落ぶりに、我がことながら、ベンドルンは目眩めまいを覚えた。 

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