冒険の始まり  王女誘拐事件 3

 ベンドルンは何とか立ち上がったが、足がうまく動かない。舌もうまく回らない。指示を出せない。しびれている。

『あの酒か!』

 見ると、周囲で戦う自分の隊士たちも、うまく体が動かせずに苦戦している様だった。

『完全にしてやられた』

 しびれる手で剣を握りベンドルンも戦闘に加わる。

 

 ベンドルンの失態がまた増えた。ここでは戦闘に加わるより、動ける者を何とか指揮して、救援を呼ぶための行動に出るべきだった。

 なんと言ってもここはグラーダの敷いた大街道だ。街道警備隊や、冒険者たちも多く行き交っている道であるため、すぐに救援が集まり、この程度の戦力差なら覆す事は簡単だっただろう。

 それに、王女の馬車の追跡や、王都への報告。距離的に遙かに近くにあるレグラーダに救援と王女の捜索を依頼するべきだった。

 酒としびれ薬に犯され混乱した頭は、そんな当然の処置さえ思いつかせる事を出来なくしていた。

 

 


 やがて、街道の異変に気付いた街道警備隊や冒険者たちの加勢が加わり、賊たちは全員打ち倒された。その中にジモスの姿はなく、主力を率いて王女を連れ去ったものと見られた。


 しびれの取れた頭で、ベンドルンは自分の命が終わった事を覚悟した。それでも、国王に報告しなければならない。

 追跡隊の編成と、レグラーダへの報告を指示すると、生き残った数騎の兵と、換えの馬を率いて、急いで王都に戻る。

 全力で駆け、馬を乗りつぶして、普通だと3日かかるところを、日暮れ前に王城にたどり着いた。途中で脱落した者もいるが、ベンドルンは最速で王都メルスィンに戻った。

 襲撃地点からほど近い、産業都市レグラーダに報告に行った者が報告して、現地のメッセンジャーの魔導師が王都に連絡するのと、ほぼ同時だった。

疲労の極みにあったが、ベンドルンはそのまま駆け足で玉座の間に向かい闘神王に報告する。



     ◇       ◇



「何だと、貴様!!!!」

 世界の中心であるグラーダ国王城「リル・グラーディア」の更に中心とも言える玉座の間で、闘神王アルバス・ゼアーナ・グラーダ三世が、憤怒にその身を震わせて、玉座から立ち上がっている。

 グラーダ三世の周囲の空気が危険な揺らめきを帯びている。

 

 玉座の間の天井の一部が、グラーダ三世の激しい怒気によって吹き飛んで、穴を穿っていた。

「落ち着かれよ、王!」

常ならず蒼白な顔をした宰相ギルバート・ベックマンが叫ぶ。まだ若い宰相であるギルバートは、その政治能力の高さから「賢政」と呼ばれていた。普段は冷静沈着な男だが、この時ばかりはギルバート自身も冷静さを保てていない。


「これが!これが落ち着いてなどいられるかっ!!」

 狂王騒乱戦争で、数万の敵を、たった1人で一方的に切り伏せた地上最強の男が、大気を揺らめかせている。

 一歩足を踏み出す。堅牢な大理石の床が簡単にひび割れ、玉座の間を揺らす。

「もう一度言ってみよ!!!」

 ベンドルンは、グラーダ三世の怒りを受けて、蒼白になり、今にも死にそうな顔と震える声で報告した。


「も、申し訳ありません。お、王女殿下が、アクシス王女殿下が、『レグラーダ』への道中で・・・・・・誘拐されました・・・・・・」

 再び王都に激震が走る。

 ベンドルンが「ひっ」と悲鳴を漏らすが、玉座の間にいる者ほとんどが悲鳴を上げている。

「貴様は何していた!貴様は姫の護衛だろうがっ!!」

 

 大気を危険に揺らして激怒する闘神王を前に、ベンドルンは自分の人生の終了を完全に悟っていた。

 しかし、それを読み取ったように闘神王が告げた。

「この失態が貴様の命だけで終わると思うなよ」

 低い言葉にベンドルンは総毛立つ。

「もし、アクシスが死んでみろ。俺はこの世界を滅ぼしてやるからな!分かったか!!」

 ベンドルンだけではない。大陸エレス全土の中心となっているこの玉座の間の全員に宣言したのである。この男ならそれが可能なのである。

 

 足を踏み出す狂王。ベンドルンが絶望の思いで主を仰ぎ見た。しかし、その足はベンドルンの脇を通り抜けた。

「俺が出る!全軍、付いて来い!」

 グラーダ三世はそれだけ告げると玉座の間を出て行こうとする。

 その前に1人の老人が立ちふさがった。闘神王の前に立ちふさがるなど常人に出来る事ではない。

 先ほどの激震で、唯1人、悲鳴を上げなかった人物である。

 この人物こそが、先代国王からこの王家に仕えるようになった生ける伝説、「白銀の騎士」ジーン・ペンダートンである。


「待たれよ、王」

 見事な銀髪を揺らし、鷹のような鋭い眼光を持つ偉丈夫が堂々とした態度で王の足を止め、怒れる闘神王の肩を諭すように叩く。

「どけ!ジーン!」

 激しながらも、王の目にわずかに理性が戻る。

「この城の天井を見られよ。怒りのあまり、力を制御できておらぬ。今の王が出ては、逆に姫様の身に危険が及ぶのではないですかな?」

その言葉にグラーダ三世が周囲を見回す。死人こそ出ていないが、ケガをした者は多い。


 これでも闘神王は力の放出を制御したのだ。怒りのあまりあふれ出した力を、誰もいない天井に向けて放った。

 それでも大量の破片や衝撃波で少なからず人的被害が出てしまった。この広間にいる人間は、誰しもが得がたい人材だった。


「お気持ちは察しますが、ここはワシに任せていただこう。すでに先遣隊せんけんたいを20騎出しておる」

老騎士の言葉にグラーダ三世は激した体を震わせながら、大きく息を吐き出した。

「わかった。ジーン。おまえに任せる」

 そして、膝を突いたままのベンドルンを振り返り、射殺すような目で睨むと宣告する。

「ベンドルン。貴様の命はないが、ジーンと共に捜索に専念せよ。働きによっては、罪が他に類する事については考慮しよう。これが最大の温情である」

 ベンドルンは家族や部下たちの顔を思い浮かべ、王の温情に涙すると「ははっ」と頭を下げる。

 しかし、それを打ち消すようにもう一度グラーダ三世は宣言する。

「ただし、姫が無事ではなかった場合、俺は世界を滅ぼしてやる。これも決定事項である」

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