それぞれの戦い  白銀の騎士伝説(後編) 1

 太古から流れ落ちる滝の水により、滝の裏側は浸食されてえぐれている。

 後千年もすれば、一度崩れて、滝の場所が上流に変わる事だろう。だが、それまでは充分隠れ里として機能できるほどの奥行きを有している。

 更に、人の寄りつかない魔の密林が、隠れ里の存在を隠していた。

 滝の上が観光地化しているのも、良いカモフラージュとなって、まさかこんな所に暗殺者の里があるなどとは思わないだろう。


 かつての暗殺者の里は、この密林の中に存在していた。

 ジーンも、滝の裏側に、広大な空洞が存在するとは思ってもみなかった。

 獣人たちが、よくも発見できたものだと感心するほかなかった。


「案内ご苦労。ここまでで良いから、出来るだけ速やかにこの場を去って欲しい」

 ジーンが2人のトリ獣人に礼を言う。

 2人は顔を見合わせると「ご武運を」とだけ言って、さっと空に舞い上がっていった。

 本当はジーンと一緒に戦いたい気持ちがあったが、足手まといになるとマイネーに厳命されていたので、素直に飛び去っていった。

  



 ジーンは1人になると、静かに呪文の詠唱を始める。


『イール・グオバルト・エンシャンス・イオータ・スキエンティア。

 クリュニス・カルチィレム・オドゥス・バトゥーラ・ペッカートゥム。

 ノーグレス・ノーグライム。ノーグレス・ノーグライム。

 盟約により、吸い取り、搾り取る。輝ける天界の神々よ、我に尽くし、その力を以て、光を散らせ。覆え。静寂を、静謐を。

 アポロン、カーデラ、ゾス、ウラヌス、ゴダード、サリエル。

 我が敵を捕らえ、離さぬ檻を召喚する。搾り取る。吸い取る。不等価なる力を示し給え』


 一般的な魔法とはかなり違う詠唱である。

 一般魔法はレベル1からレベル10まである。

 そして、世に「天才」とか、「偉大」なとか言われる魔導師は、その上の「超級魔法」を使う事が出来る。

 超級魔法となると、魔法の詠唱内容が違ってくる。これは、リザリエの魔法改革以前にあった、合理性のない魔法である場合が多いからである。


 しかし、実はその上にもう一つ、究極の魔法が存在する。「極大魔法」と呼ばれ、超級魔法が使えるレベルの者たちぐらいしか、その存在を知らない。

 ジーンが使っているのは、その極大魔法である。

 しかも、その契約内容が従来の魔法ではあり得ない仕様になっている。

 魔法は普通、対価を支払う。その場合の対価は、魔法の力を貸し与える神や魔神にとって、かなり有利な内容となっている。

 しかし、ジーンが使っている魔法は、複数の第一級神、第二級神から、等価以上の力を無理矢理搾り出させる魔法である。

 それ故に、魔法の強度は他の魔法より遥かに高くなる。

 この魔法は、そうした複数の神と、直接契約を結んで初めて執行できる魔法であり、制約も多いはずである。


 ジーンは、普段はほとんど魔法を使わないとされている。

 伝説の数々でも、魔法を使ったと明確に記述されているものはない。

 それ故に、多くの人は、白銀の騎士は魔法が使えないと勘違いしている。

 しかし、ジーンは魔法が使える。

 しかも、天才の枠を超えたレベルで・・・・・・。


 

『ジェレミ・ティコン』


 ジーンの魔法が完成した。

 光の粒子がジーンを中心に広がり、大地を覆うドームの形を形成する。

 その広さは直径5キロ程。

 魔法の効果は、不可視の檻を形成する事。

 高位の魔法探知魔法にも探知できない。

 中にいる者は、空、地中であったとしても、決して脱出できない。

 それだけである。

 だが、どれほどの実力者さえも拘束する魔法で、しかも魔法探知も出来ないのだから不可避の魔法だと言える上に、効果範囲が広い。

 

 一種の、神や魔神の作り出す異空間の創造とも言える魔法だ。



 魔法名の詠唱が終わった瞬間、天界では複数の神が同時に呻いた。

「くっ!!マナが搾り取られる感覚・・・・・・」

「ジーンの奴め。あの魔法を使いおったな?!」

 それぞれの場所で、契約した神々が口々に呟く。

 魔力が搾り取られる事は、神や魔神にとって、寿命を削られるに等しい。

 普通の魔法であれば、どこで、誰がどれほど使おうが、自分に供給されるマナの方が多いので、気付く事もない。

 しかし、ジーンの極大魔法は、神にとって収支はかなりのマイナスなのである。

「久しいな・・・・・・」

 地母神カーデラが苦笑する様に、ジーンがこの魔法を使うのは3回目だった。

 過去2回とも、暗殺者の里を殲滅する時にのみ使っていた。それ故に、カーデラはジーンの現状をなんとなく想像できた。

 なので、カーデラは神の奇跡を、気まぐれで起こしに行く事にする。

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