それぞれの戦い 白銀の騎士伝説(前編) 6
この灼熱の太陽は、周囲数百メートルに渡り気温を激しく上げる。更に、完成時には1キロ範囲を吹き飛ばすほどの爆発を引き起こす。
つまり、発動しただけでエレッサの町は只では済まない事になる。
だが、目の前の男は、実に涼しげに立っているし、逃げ掛けていた人たちも、立ち止まってマイネーの様子を、目を細めて見ようとしていた。
『な、何が起こってやがる?!』
マイネーは驚愕する。完全獣化しては、斧を咥えていなくても、最早人語は話せない。
ジーンはマイネーのすぐ脇に立っている。そして、その指先が、完全獣化したマイネーの首元に添えられていた。
灼熱化する前に接近して振れていたのだろう。マイネーは完全獣化体勢に入ってしまい、一瞬ジーンを見逃した瞬間の事だったようだ。
自ら発する熱が、上空方向にのみ放射されている事に気付く。
『う、嘘だろ?!どうやって?!』
驚愕よりも焦燥が募る。
『ま、まずい!熱が!!』
一方向に集中する熱は、マイネーの耐火能力を遥かに超える。マイネーの頭と背中が灼ける様に熱を帯び始める。
『グアアアアアアッッ!!』
だが、この技は発動したら、最後に爆発を起こすまで止める事は出来ない。
「うむ。少し早いが、終わりにしよう」
ジーンは焦る様子を一切見せずに、指に力を加えた。
その瞬間、マイネーの発する灼熱の炎が消えて、同時にマイネーの完全獣化が解かれる。
マイネーは呆気にとられたまま、「あ、ありがとう、ございました・・・・・・」と言うなり、地面に倒れ込んでしまった。
マイネーが気を失ったのはわずかな時間で、それが終わると、訓練の講評となった。
その訓練は、たった1時間に満たない時間だったが、マイネーにとってとんでもない程の経験となった。
後は、この訓練を思い返しながら、自己鍛錬をするのである。
それは見学していた戦士たちにも言えて、マイネーの訓練が終わると、我先にと町の外に飛び出して行き、戦闘の訓練を始めていた。
「本当にありがとうございました」
マイネーが最後にもう一度頭を深く下げる。
「多少やけどをさせてしまった」
ジーンが苦笑する。
「では、大族長。ワシはこのまま敵の本拠に向かいたい。よろしいでしょうか?」
ジーンがマイネーを「大族長」と呼んだので、また、それぞれの立場が変わってしまう。それを残念に思いつつも、マイネーは羽の冠を身につけて、鷹揚に頷く。
「承知した。すぐに案内をさせよう。広場で待っていてくれ」
現在は、エレス歴3967年10月6日、夕刻である。
まだ、聖バルタ共和国の樹立宣言もされておらず、ギルド戦争が起こる事など、誰にも予測できない頃だった。
案内のトリ獣人によって、ジーンは空中を旅して、エレッサ南東の森の中にある、切り立った崖の下に来ていた。
ゴゴゴゴゴゴ。
低く轟いている音は、この先に進むと、大瀑布があるからである。
「エクドビュワ川」という、幅300メートルほどになる大河が、切り立った崖から、大瀑布となって落差150メートルを落ちて行く。
この大瀑布は「ダー・グレアント滝」、古代エレス語で「偉大なる雫」の意味を持つ名で呼ばれている。
300メートルほどの川幅が、滝の付近になると、一気に600メートルほどにまで広がり、壮大な幅を持つ滝となる。
激しい飛沫で、滝壺は常に水煙に覆われていて見えないが、やがて広大な滝壺も、川幅を細めていき、6本の川となって下流に下っていく。そして、再び各地で合流してエルカーサ国を通って海に達する。
その雄大な景色を眺めるために、近年は観光客が訪れる様になっているし、滝からそう離れていない所にも村がある。
ただし、それは滝の上側の事である。
崖は長く伸びているため、下に降りる術は限られている。切り立った崖を迂回して下から近づくか、トリ獣人に運搬を依頼するかである。
しかし、どちらも実質出来ない。
まず、迂回する道を行くと、凶暴な野獣や魔獣、さらに野生のドラゴンや毒を持つ生き物がウヨウヨしている密林に、足を踏み入れる事となる。
獣人の狩人でさえ侵入しないような危険な森である。
そんな理由で、トリ獣人も、崖の下に降りていこうとはしないから、まずは頼んだところで断られるだろう。
闇の蝙蝠の拠点は、この滝の裏にあった。
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