それぞれの戦い  白銀の騎士伝説(前編) 4

 マイネーは、ジーンの覚悟を見ると、これ以上余計な事をしてはいけないと悟る。

「了解した。だが、一つだけ頼みたい事がある」

 マイネーはそう言うと、姿勢を正して頭を下げる。

「どうか俺に一つ、手ほどきをして欲しい」

 マイネーは「手合わせ」とは言わなかった。試合形式にしては、重傷を負うのが目に見えていたからである。だから、教えを請うた。

「ふむ・・・・・・」

 ジーンが首を傾げる。

 グラーダでも、自らが指揮する私兵たちに対しても、ジーン自身が手ずから手ほどきをする事は滅多に無い。

 唯一の例外が、カシムである。カシムに対しては、積極的に、過剰に情熱を持って修行を付けていた。

「俺はこの国の為に、今すぐに強くならなきゃいけない。だから、この機会を逃したくない。数時間で良いから俺を鍛えて貰いたい!」

 マイネーは下げた頭を上げない。更に、言いながら羽の冠を脱ぎ捨てる。

「お願いします!」

「・・・・・・この国の為?カシムのためではなく?」

 ジーンは、マイネーがカシムの仲間だという事は当然知っている。

「カシムは強い。今でこそ俺の強さは役に立っているだろうけど、あいつの強さを引き出すには、俺は側に居ない方が良いかもしれないと思っている。だから、今、一時的にパーティーを抜けて、大族長の職務に復帰した。それがなかったら、俺は大族長に復帰なんかしなかった」

 これは偽らざるマイネーの本心だった。それこそ、母親であるノイン族長で充分に務まったはずだ。

「今、俺が強さを欲する理由は、この国の為だ。そして、カシムが強さを身につけたなら、俺はそれに見合うように、更に強さを求めたい」

 マイネーは、自分がまだまだ強くなれる事を確信している。

 ただ、今まではその必要が無かった。上にいるのは闘神王と、目の前にいるジーンだけだった。

 歌う旅団のメンバーも、まだまだ強くなれるのに、半ば強くなるのを放棄している。それが歌う旅団の欠点である。


 だが、自分が愛するリラが、驚異的な勢いで強くなっている。多分、今本気でリラと戦ったら、マイネーの方が分が悪いとさえ思っている。少なくとも、敵対した場合の相性は最悪である。

 そこで、マイネーは自分の強さを見直した。

 そして、まだまだ強くなれる可能性がある事を実感する。

 自分には技術が圧倒的に足りない。

 それを教えてくれるのは、ジーンを置いて他にいない。


「カシムのためと言うならば断ったが、その理由ならば了解した。情報の礼に、1時間の手ほどきをしてやろう」

 言うなり、ジーンは立ち上がり、大テントから出る。

「ありがとうございます!!」

 マイネーも勢いよく立ち上がり、剣と斧を手にして外に飛び出す。

 

 ジーンとの1時間の稽古。望んでも得られない報酬だった。

 マイネーの心が少年のように弾む。


 ジーンはスタスタ歩いて、噴水のある中央広場まで行って足を止める。

「こ、ここで?」

 マイネーはてっきり町から出て、広い所で稽古をすると思っていた。

「稽古ならばここで充分だ」

 周囲の人たちが、2人の様子に気付いて、遠巻きに様子を見守る。自然と距離を取るのは、獣人国で過ごしたから、戦いが始まる予感に敏感なのだ。

「武器は、何を使いましょうか?」

 マイネーが尋ねる。

「君が学びたいと思う武器を使うと良い」

 ジーンの返答に、マイネーは愛用の黒炎斧こくえんぶを手にする。

「獣化もして、魔法も好きに使って良い。周囲への被害も考えなくて良い」

 とんでもない条件を突きつけてくる。そんな事が可能なのだろうか?

「君はこの先に、重大な戦いがあるのだろう?であれば、ワシは君に怪我をさせたりはせぬから、安心して良い」

 この言葉には、普通だったら怒髪天を突く程の怒りを感じていたかも知れないが、マイネーはすっかり納得してしまう。

『そこまでの差があるのか・・・・・・』

「侮っているわけではない。その証拠に、私はこれを使う」

 ジーンはそう言うと、自ら装備している剣を抜く。

 魔神を切り、竜を切り、魔を切ってきた、白銀の騎士の愛剣。その名も高きハイエルフが鍛えた精霊の剣「霧の乙女スユール・フェレシア」。

 白銀の柄に剣身はほの青く光り輝く剣である。

「・・・・・・光栄です」

 マイネーはメキメキと音を立てて獣化していく。

「稽古の時間は貴重ですので、始まる前に一つだけ叫んでよろしいでしょうか?」

 マイネーは、砂時計の砂一粒一粒を惜しむかのように、ジーンに確認する。まだ稽古は始まっていない。1時間の一秒も無駄にはしたくはない。

「構わんよ。ゆっくり準備が出来るのを待とう」

 ジーンは、今度はマイネーにもわかるような苦笑を浮かべる。


 確認が取れるや、マイネーは大声で叫ぶ。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


 オオカミか、イヌの獣人であれば遠吠えである。

 マイネーの叫びは町中に響き渡り、その声に引き寄せられて、多くの人や、戦士たちが中央広場に押し寄せてきた。


「せっかくの機会だ。稽古の見学者を増やさせて貰いました」

 見る事で学んで欲しいと言う思いからである。

「大いに結構」

 ジーンは頷く。


「では、指導、よろしくお願いいたします」

 そう言うと、マイネーは斧に炎を纏わせつつ構えた。

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