それぞれの戦い 白銀の騎士伝説(前編) 3
ジーンがエレッサの町に着くと、早速アスパニエサー連合国の大族長ランネル・マイネーが出迎えた。
「お目に掛かるのは久しいが、変わらぬ化け物っぷりに驚嘆を禁じ得ないぜ。同時に嬉しさも覚える」
マイネーが笑って言うが、実際は冷や汗をかいている。
『有り得ねぇが、このじいさんは数年前に会った時より更に強くなってやがる。俺だって強くなったのに、差が広がる一方だ・・・・・・』
手合わせしてみたいとも思うが、無事じゃ済まない未来も見える。だが、手ほどきはして貰いたい。
単純な力では、マイネーの方が上だろうが、それでも易々と組み伏せられそうだ。
握手のために差し伸べた手を握られるのが恐ろしく、思わず引っ込めたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
「忙しい中、捜索の協力、痛み入る」
ジーンは静かに言うと、握手をして、大族長の大テントに招き入れられる。
テントの中は、無数の毛皮が敷かれ、それ以上の沢山のクッションが床のほとんどを埋め尽くしていた。
家具などはほとんど無く、着替えの入った箱と、酒とグラスが無造作に入れられた箱の二つのみである。
マイネーは大族長の証である鳥の羽の冠を被っている。
今回は、元冒険者としてではなく、大族長としてジーンに会っているので、マイネーが上座に腰を下ろす。
だが格の上でも、本来ならばジーンが上座でも可笑しくないが、マイネーはともかく、ジーンはそうした事に無頓着なので、平然と下座に座る。
この位置取りは、マイネーの方が落ち着かない。
「なんと言ったら良いのか・・・・・・。最初に会った時は、俺は冒険者の若僧だったけど、こうして大族長として会うのは二度目だ。あんたは俺たちの憧れだし、英雄だ。俺は態度を改めたくてしょうが無いが、一応大族長の立場だから勘弁して欲しい」
さすがのマイネーも、ジーンを前にして「オレ様」とは言わない。出来れば敬語で話したいくらいだった。
「ワシは引退した元騎士でしかない。お気にされますな」
ジーンは表情をほとんど変えずに言う。苦笑したのかも知れないが、マイネーには見分けが付かない変化だ。
「それで、来て貰って悪い上に、俺自身も手伝いたかったが、今ちょっと忙しくて手が回らん。つまりあんたに丸投げになる。代わりに、これまでに得た情報と部下を案内で付ける」
世界会議から帰ったマイネーは多忙を極めていた。
一度はやめたと思っていた大族長の座だが、結局やめられていない。
9月の世界会議の時点で、すでに当初の任期は終えていたはずだったが、エレッサ防衛戦の後の族長会議で自らが発した、「連合国から、一つの国にする案」を実現するまで、任期が強引に伸ばされてしまったのである。
しかも、世界会議に出席するや、12月1日の世界合同大軍事演習までに実現すると宣言したのだから、早々に(遅くとも11月までに)「国」にしなければならない。つまり、現在が10月5日。準備に1ヶ月も無いのである。
そんな事が可能なのか、アスパニエサー連合国の誰もが思っていた。
ジーンも、その事を聞いた時には眉をひそめたが、その原案が孫のカシムから来ていると聞いて、方法は全く分からないなりに、可能なのだろうと勝手に信じていた。
「部下の方は、案内のみでお願いする」
ジーンはマイネーに告げる。暗殺者の里の壊滅は、己の背負う使命だと考えている。
その表情に鬼気迫る思いを感じ、マイネーの背筋がゾクリとする。獣人の本能は、その場から離れたくて悲鳴を上げている。
『なんてヤバいじいさんだ。マジであのカシムと血がつながっているのかよ・・・・・・』
カシムはとことん優しくて甘い男だった。戦う事には覚悟が出来ているのに、生き物を傷つける事を嫌う。それは、地上世界に害悪をもたらす「モンスター」にでさえ同情していた程である。
だが、目の前の老人は違う。
目的のためなら、私情を捨て、感情を消して、躊躇無く、どんな生き物の命も奪う。
幼い頃から戦場で生き、様々な伝説を作ってきた騎士の、本当の姿。それは決して聖人君子などではない。そして、その事を、誰よりもジーン本人が自覚しているようだ。
「・・・・・・場所は特定できた。やはり、元にあった暗殺者の里の近くに復活していた。エレッサ近くだというのに気づけなかったのは俺の罪だ。許されよ」
マイネーが告げるが、ジーンは首を振る。
「不要です。それこそ、ワシが気づかねばならぬ事。オメオメと復活を許してしまった・・・・・・」
闇の蝙蝠の復活は、実は二十年以上前なのだから、どちらにも責任などはない。
巧妙に隠された地に、ひっそりと誕生して、暗殺者を育成して活動してきたのだ。
むしろ、短期間に拠点まで調べ上げたマイネーの執念にジーンは驚く。
この若い獣人が背負い込む事など無い。たまたま拠点が獣人国にあっただけだ。それも、人目に付き難いという理由からである。
「人数も、今のボスが誰かもわからない。それでも?」
マイネーが問う。ジーンは無言で頷く。
ジーンは、手勢の特殊斥候部隊「鷹の目」も動員していた。
だが、鷹の目は、周辺国への調査に当たらせていた。人数もわずかに20名である。
何の成果も得られてはいない。
しかしジーンは、暗殺者の連絡役は、必ず本拠のある国の近隣国にいるはずだと睨んでいた。そして、本拠がやはりアスパニエサー連合国にあった以上、鷹の目はいずれ成果を出すだろうとジーンは思っている。
ジーンのやるべき事は、闇の蝙蝠の完全なる殲滅である。
他国、世界中に散らばっている暗殺者も、連絡役も、全てを消し去るつもりでいる。
二度と闇の蝙蝠を復活させないためにである。
暗殺者の育成機関は、それこそ世界中に無数にあるが、闇の蝙蝠だけは、亡き友人との約束である。根絶やしにしなければならない。
それこそ、生涯を掛けてでも、である。
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