それぞれの戦い 白銀の騎士伝説(前編) 2
ジーンが最初に向かったのは、かつて「闇の蝙蝠」の拠点があった、アスパニエサー国内の、ほぼ中央。
この地帯の自然環境は、獣人たちでさえ寄りつく事がないほど過酷だった。その為に、人里などありはせず、誰もが、こんな所に暗殺者の里があるなどとは思っても居なかった。
そこに至るには、南から、黒く、歪な形をした山に向かって上って行くほかない。道などは勿論無い。
山にたどり着く前にも、恐ろしい密林が行く手を阻んでいる。その密林には、凶暴な獣や毒を持つ生物、食肉植物などが多く生息する。
そして、密林を抜けると、赤い川に行き着く。
その川を遡ると、火山活動を繰り返している「死の山」となる。
そこかしこの地面から煙や熱湯が噴き出す、黒い岩だらけの荒れた山である。
更に進むと、有毒ガスを出している赤い池が無数に現れる。
死の山を越えると、少し下ったところに、小さな森がある。そこが闇の蝙蝠の隠れ里だった。
闇の蝙蝠の里の北側は、落差1000メートルにもなる、垂直の崖である。
その崖には、野生のワイバーンが住み着いている。
それ故に、北から来る事は出来ないし、西、東は死の山の領域である。
里は上からも、下からも、その存在は全く見えないので、急な坂道を降りていかなければ発見できない。
しかも、山道には木々は一本も生えていないので、向こうからは丸見えになってしまう。
それ故に発見されない隠れ里だった。発見した者がいたとしても、里の者に殺されるだけだったのである。
この里が唯一この環境で生存可能な状態になっているのは、北の崖から絶えず吹き上げてくる風によって、有毒ガスが届かないからである。
ジーンは、かつて一度滅ぼして焼き尽くした里の森が、再び生い茂って元の姿を取り戻しているのを、山の上から眺めて目を細める。
『自然は力強い。・・・・・・しかし、暗殺者の里まで復活してしまう事には感動は覚えぬ』
ジーンの表情は険しい。
常に厳しい表情をしているジーンではあるが、今のジーンの険しさには、恐ろしい殺気が籠められている。ただならぬ覚悟である。
ジーンは、ゆっくり山の斜面を下り始めた。
斜面のある地点から、吹き上げる風が強くなり、そこから植生域となる。徐々に緑が増え、すぐに密林の姿となった。
森はさほど広くなく、小さな村程度である。
それ故に、すぐにそこが無人だとジーンも悟る。
ジーンも、かつてと同じ場所に、里が復活しているなどと微塵も思っていなかったので、さして落胆する事はない。
ただ、何らかの痕跡が一つでもあればと思っただけだった。
しかし、結局そこからは何も見つからなかった。
次にジーンが向かったのは、ヴァンと一緒に、最初に滅ぼした暗殺者の里があった場所だった。
そこは、この隠れ里と違い、密林の中にはあったが、人里とは離れていない。
と、言うのも、かつてはアスパニエサーは、無国状態で、少数部族や、集落ごとに生活していて、しかも、ほとんどが一定の領土を持たずに遊牧生活だったし、そもそも、闘神王による世界制覇がされておらず、暗殺者の里があったとしても、問題にはならなかったので、隠れ住む必要が無かったのだ。
なので、エレッサの町にも比較的近い森の中にあった。
闇の蝙蝠の拠点が、死の山の先などと、ここまで見つかりにくい場所にあったのは、ジーンの追跡を逃れるためだったのだ。
死の山を下りて、エレッサに向かう途中の町で冒険者ギルドに向かう。
ジーンは、今は銀の盾十字のマントは身につけておらず、代わりに
しかし、相対すれば、すぐにジーンであるとわかってしまう。
「私宛に連絡は入ってないか?」
受付にジーンが伝えると、受付は怪訝な表情をする。
「あのな、じーさん。『私宛』って言う前に、まずは名乗るなり、冒険者証を見せるなり・・・・・・」
言いかけた受付の元盗賊職の男の表情が強ばる。
「あ、あなたは!その!!」
驚きから感激の表情に変わる。
鋭い鷹の様な目に銀髪。
子どもの頃から、何度も本や物語で親しんで憧れていた伝説の人物が、目の前に居るのである。
ジーンは人差し指を口に当てて、騒ぎ立てないように注意すると、受付の男は、自らの口を、手で押さえつける。そうでもしないと叫びだしそうだったからだ。
男は何度も頷くと、元盗賊の素早さで奥に駆け込んでいく。メッセンジャー魔導師の居る部屋へだ。
少しして帰ってきた男は、目をキラキラ輝かせながら報告する。
「伝言がありました!」
メッセンジャー魔導師に預かってきた手紙をジーンに渡す。
伝言はメッセンジャー魔導師が、その国の本部に問い合わせて、返って来た内容を、その場で紙に書いて、封筒に入れ、手紙の形にする。
そうする事で、本人にだけメッセージを伝える事が出来る。
受け取りの署名をして、ジーンは冒険者ギルドを後にする。
通りに出てから、ジーンは手紙を開けてみた。
中には三つの便せんが入っていた。
一つ目は、ギルバートからの近況報告。
事務的に、箇条書きでの報告である。
二つ目は、実家からの連絡で、カシムから進捗状況を知らせて欲しいとの事だった。
ジーンは、今回の件を孫に伝えるつもりはなかったので、これまでも一度も連絡をしていない。
三つ目が、本命であるアスパニエサー連合国の大族長マイネーからの連絡だった。
それによると『至急、来られたし』の一言だけだった。
次の目的地はエレッサの町と決まった。
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