それぞれの戦い 不死海の放浪者 5
「ああ。それは昔この宿を利用したリザリエ様が連れていた女の子だよ」
宿屋の主人が驚くべき事を言う。
「この宿の唯一の自慢だが、まだ賢聖さまと呼ばれるずっと前のリザリエ様が、この宿を使ったのさ。その時に連れていた子が、あまりにも綺麗なので、村の絵描きが書かせて貰ってね。それをワシが買い取ったんだよ」
年寄りの店主が笑顔を浮かべる。自慢話が出来るのが嬉しいようだ。
見ると、絵の横には額に入った宿帳の1ページが飾られていた。
『リザリエ・シュルステン
ケータロー・ヤマザト
ルシオール・ヤマザト』
3人の名前が書かれていた。
『やはり、この少女がルシオール・・・・・・』
これは何やら因縁めいた物を感じる。
「ご主人。この少女の事で、何か覚えていないか?」
ランダはテーブルに銀貨を置いて尋ねる。
もともとこの話をするのが好きだった店主としては、銀貨までもらえるとなると上機嫌になる。
「可愛らしい子どもだったよ。愛想は良くないけど、大人しくて、食べ物を食べる時は妙に嬉しそうでね。死んじまった女房も、数日の滞在だったけど、それはかわいがっていたよ。普段焼かないクッキーなんか作ってね」
魔人形とのイメージのギャップがすごい。
「それとね。あの子は海を初めて見るのだと、それは楽しみにしていたんだけど、あいにくだけど不死海は綺麗な海では無いからね。頭から波を被って、すっかり海が嫌いになってしまったようだった。一緒にいた青年が、一生懸命なだめていたのだ可笑しかったよ。リザリエ様も人が悪い。綺麗な海を見せたいならメルスィンにでも連れて行けば良かった物を・・・・・・って、まだ当時はカロン国でメルスィンもここと変わらない程度の小さな漁村だったか」
宿の主人が笑う。
「だいたい、『不死海』なんて地獄とつながった海なんだから、縁起も悪い」
主人の言葉にランダが立ち上がる。
「ご、ご主人!!今の話、詳しく聞かせてほしい!!」
宿の主人が驚く。
「リザリエ様の話かい?」
「いや、不死海が地獄とつながっているって話だ」
言われて宿の店主が頭を掻く。
「この辺りの相当古くからある伝承だけど、元々『不死海』は、何だったか・・・・・・、そうそう『グエ・ゴーダ海』だったな」
店主は知らないが、古代に存在していた大帝国の言葉で「汚く臭い海」という意味だ。
店主の話は続く。
「だけどある時、1人の男が突然この村の近くの浜に現れて助けを求めてきた。その男の名前はエクナと言った。なんでも、エクナは生きたまま地獄に落ちて、再び地上に戻る事が出来たのだという。それで、どこかの王様に呼ばれて地獄の話をしたらしい。
すると、確かに10年前にエクナと言う男が行方不明になっていたそうだ。
エクナは地獄の最下層で「チヅル」という魔王に保護されていたらしく、その後運良く地上に戻る事が出来たのだそうだ。
で、1度死んだはずの人間が復活したのだから『不死海』と呼ばれるようになった訳だ」
ランダの受けた衝撃は凄まじかった。
「エクナ」と言えば、内容が未だに伏せられている預言書の名前である。
そして、不死海の名前の意味。
カシムの予想通りに、地獄の最下層には生きたまま地獄に落ちた人間を保護する魔王がいたという事。
「まあ、ただの古い言い伝えで、あまり信じている奴も、ここらじゃ少なくなってますがね」
店主が、恥ずかしそうに話したが、ランダを見て驚く。
ランダの頬を涙が伝い落ちていた。
希望が見えた嬉しさに、涙し、笑顔を浮かべていた。
「お客さん?!大丈夫ですか?」
心配する店主の手をランダが握りしめる。
「ありがとう、ご主人。あんたの話に俺は希望も持つ事が出来るようになった」
その日は、遅くまで店主に色んな話を聞かせて貰った。
代わりに、ランダも自分が知るリザリエの話や、ルシオールについて知っている話を聞かせた。
店主も、自分たちの地域に残っていた伝承が、どうやら真実だと知れた事が嬉しかったようだ。
ランダが口利きをして、近くグラーダ国に調査をして貰う事となった。
この情報だけでも、恐らくグラーダ国には高く売れるだろうと伝えた。
事実、後日にグラーダ国の考古学者や調査団が派遣される事となり、報告した宿の店主は、調査の協力を含めて、500ペルナーの報奨金を受け取っている。
ランダは、宿で話を聞いた後も、しばらく現地調査をした後、調査団の到着を待つ事無く、不死海沿岸を後にする事とした。
12月13日。ランダはカシムに合流するため、北の地を目指して出発する。
ギルド戦争の話は聞いている。その後に紫竜の会合に向かったとして、成功していれば、次はトリスタン連邦の北にある緑竜との会合に向かうはずだ。
どちらかにでも間に合いたい。
「光の鎧、起動」
そう言って光の鎧を展開すると、ランダは矢のような速さで北の地を目指して飛んで行った。
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