それぞれの戦い 最強の戦い(後編) 6
「しかし、それでは地上人も困る事があるのでは?その、バロイのメッセンジャー魔法だが・・・・・・」
ゼウスが言及する。
バロイの開発したメッセンジャー魔法は、今、地上世界では無くてはならない魔法である。そして、その魔法の仕組みや、式句などはバロイしか知らない。
独占状態にする事で、バロイは第三級神から、ここ数十年で一気に第二級神にのし上がり、第一級神にまで指が掛かるまでとなっていた。
「それは、伝承をしていただきたい」
神々の魔法技術は、「伝承」する事が出来る。
本来は同意の上での伝承だが、処刑となれば、死と同時の「強制伝承」が可能である。
ただし、強制伝承の対象は1人だけである。
「私としては、水の神ウテナ様にお願いしたい」
グラーダ三世が言うと、ウテナは驚いた顔をする。
逆にヘルメスが不満そうな驚きを見せる。
「わ、私ですか?」
ウテナは、バロイに取って代わられる最有力候補でもあった。一方で、ヘルメスは、風の神である以前は伝言の神でもあった。だから、メッセンジャー魔法は自分にこそふさわしいと、以前からバロイを妬んでいた。
「それなら僕が!」
言いかけて、エクセルに睨まれて言葉を飲み込む。
「ウテナ様ならば私個人は嬉しい」
グラーダ三世が、理由として個人の感情を述べる事は珍しいが、これは本心だ。
第一級神では、最も地上人を気に掛けている神である。重要で有り、力を伸ばす事が出来得るメッセンジャー魔法を託すに、ウテナが望ましい。
「尊重しましょう」
カーデラが頷く。
グラーダ三世は、かねてよりカーデラが第一級神の筆頭に立って欲しいと願っていた。
かつて、そう願い出てみたが、カーデラ自身が「筆頭には立ちたくない」と、太古時代より何度も推挙されているのを固辞し続けているのだそうだ。
「あと1つ。これは要求では無く、お願いの義が有ります」
そう言うと、グラーダ三世は、ついぞ神の前ではした事が無い片膝を地に着いて頭を垂れる姿勢を取る。
その様に、第一級神はみな驚愕する。
アポロンも、ギョッとしたように目を剥く。
「他でも有りません。第一級神の筆頭で有り、天界最強の神、アポロン様にご助力を賜りたく存じます」
◇ ◇
「ふむ。数千年ぶりに楽しくなってきた」
グラーダ王城に戻ると、エクセルが若々しい顔を輝かせて笑う。
あの後も、いくつかの話し合いが為された後、無事に会合を終える事が出来た。
3人の第二級神の天界への移送は2日後となり、連行する為に第1級神のウテナとゾスが直接王城まで来る事に決まった。
それまでに、まだ聞き出さなければならない事を絞り出す必要がある。
それと、バルタ騒乱の為に時間を食い、大軍事演習までの時間も差し迫っている。
采配はギルバートらが取り仕切っているので、遅れは生じていないだろうが、グラーダ三世自身も、やる事は多々残っている。
エクセルとスーリアは、早々にエルフの大森林に帰還していった。
シャナと、しばらくしゃべれないクララーは、文化都市アメルの仲間たちの元に戻る。報酬はギルドから受け取る事となっている。かなりの額である。
ガルナッシュは5日間の休暇を与えられて、自宅に帰宅する。
そして、グラーダ三世は、その足で執務室に入る。
王の帰還を聞いて、すぐに宰相ギルバートが執務室にやってくる。大量の書類を抱えているのでうんざりするが、ギルバートが驚いたのは、そのうんざり顔では無い。
「おや、陛下?何か不愉快な事でもありましたか?」
問いかけながら、ギルバートはその不愉快さの原因に心当たりがあった。
グラーダ三世は、感情表現を演技として表す事が出来るが、実際にはそれほど感情の揺れ幅は無い。
効率的に、事務的に、現実主義的に事を起こして、計算として、感情表現をする。
それ故、グラーダ三世をよく知れば知るほど、「感情が無いのでは?」と思うようだ。
だが、まるで子どものように感情を剥き出しにする事があった。
それは、王女アクシスの事と、カシムの事である。
不愉快そうな表情から、何かしらカシムに関する事があったのだろうとギルバートは推測する。
「別に何も無い!報告は無いか?!」
グラーダ三世がそう言うので、ギルバートはそれ以上詮索せずに、事務的な報告をする。
グラーダ三世は、その報告を聞きながら思い返す。
あの神々との最後の戦いの場面で、過去最大の力を振り出せた時に脳裏に浮かんだ人物とは、カシムの事であった。
ここで、神々に負けるようでは、カシムに笑われてしまうと思い、一段階上の力を引き出す事が出来たのである。
もはや、カシムに対しては憎しみは無い。
だが、だからと言って対抗心が無くなった訳では無い。譲れないものは譲れないのだ。
そして、カシムのおかげで自分が思っていた以上の力を引き出せた事が、グラーダ三世をまたしても複雑な思いにさせていたのだった。
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