ギルド戦争  帰郷 3

 オルバスを通り、西に向かうと、どんどん良い意味で言うと自然豊かになって行く。

 そして、北に向かい、エッシャに入ると、国境の関所がすでにこんもりとした森の中で、馬で進むのも大変な、上下変化が激しい地面になる。

 道を外れると沼や藪で、ひんやりするこの時期で無ければ、さぞ虫も多いのだろう。

 急峻な岩山がそびえたりしているが、絶景とは言えない。

 何というか、ジメジメして、薄暗く、実りの少なそうな土地である。

 国境を越えてから、村があったが、物珍しそうに俺たちを遠巻きに見ているが、誰も近付いて来ない。

 ただ、リラさんの服装をみて、エッシャ出身だと分かったようで、村長が挨拶に来ただけである。


「見事に何も無いな・・・・・・」

 村を通過してから、ファーンが遠慮せずに言う。

「でしょう?私も、旅に出てからそれを凄く実感したの」

 リラさんが自嘲気味に苦笑する。

「う~~ん。リラの言う通り、この森はあんまり好きじゃないや」

 森を友とするハイエルフのミルでさえも音を上げている。

 一方で、エレナは湿地には慣れているから、そこまで嫌そうにはしていない。

 アールは環境には興味が無いようだ。

 住人も排他的だしな。あまり住みやすい国ではなさそうだ。

 それだけに、戦争とは無縁でいられるのはメリットとも言える。

 事実、このエッシャから西の、地図で言うとグリフィンの嘴に当たる大陸最西端は、国という形を成していない、少数民族や、無人の地が続いている。

 地形的にも、かなり険しい地帯だそうだ。



 それから、いくつかの村を通って、リラさんの故郷であるオバドド村にたどり着いたのは、11月20日の午後14時頃だった。

 

 村にたどり着いたものの、村の様子はこれまで通った村と明らかに違っていた。

 家はまばらにあるものの、誰1人として姿が無く、かと言って無人でも無い。人の気配はあるが、皆怯えきったように建物に閉じこもり、入り口の隙間や窓の縁から、俺たちを恐る恐る覗き見ているようだ。

「み、みんな?私よ。リラ・バーグよ!どうしたの?」

 村の雰囲気の異常さにリラさんが一番動揺している。


 と言う事は、これが常な状態では無いと言う事だ。

「みんな!戦闘準備!」

 俺は素早く指示を出す。

 俺の言葉に、ミル、アールが即座に反応する。エレナはそれから遅れて、馬から飛び降りて、馬に取り付けてある長槍を外す。

 ファーンはすでに視線を隙無く送って観察している。

 リラさんだけは、動揺して反応できない。

 それは当然だ。

「オバドドの皆さん!俺はリラさんの仲間で、白銀の騎士、ジーン・ペンダートンの孫、カシム・ペンダートンです!皆さんの敵はどこにいますか?」

 俺が声を張り上げると、建物の中の人の気配が動くのを感じた。

 そして、しばらくしてから、1人の老人が杖を付きながら建物から出てくる。

「クイ先生!!」

 リラさんが馬から飛び降りて、老人に駈け寄る。

 クイ先生と呼ばれた老人は、リラに手を握られて涙する。

「リラ。良く無事で。そして良く戻って来てくれた」

「先生!一体何があったんですか?」

 リラさんも目に涙を浮かべて、老人を見つめる。

「クイさん、でいいのかな?一体何が起こっているのか教えて下さい」

 俺も馬を下りて老人に声を掛ける。

「この方はこの村の村長です」

 リラさんが教えてくれた。

 村長は周囲をキョロキョロ見まわすと、無言で俺たちを建物の中にいざなう。

 

 俺は見張りにミルとアールを建物の外に配して、他のメンバーと建物の中に入る。

 建物の中には、他に4人の村人がいた。

 だが、それを見たリラさんが叫ぶ。

「クイ先生!父と母は?!」

 その4人の中に、リラさんの両親はいない様だ。

「確か、リラさんのご両親にはグラーダからの護衛が派遣されていたはずですよね?」

 俺はグラーダ国王との約束で、確かに護衛を配置してくれると聞いていた。

「すまん。すまんのう・・・・・・」

 村長が呻く。

 嫌な予感に、首筋の毛が逆立つ。

「護衛の方々は確かにいた。リラの両親は村から出る事を拒んだので、彼らはちょうどこの家に住んで、昼夜交代で護衛して、時には村の仕事も手伝ってくれておった。すでに村の人たちともすっかり馴染んでおった・・・・・・」

 言葉の続きが予想できた。間違いない。この感じは地獄教だ。

「じゃが、5日前に突然やって来た者たちに、皆殺されてしまった。そして、リラの両親はそいつらに掠われてしまったんじゃ」

 リラさんが息を飲む。顔色が真っ青だ。

「それで、この手紙を連中から預かっている」

 村長が俺に手紙を差し出す。

 受け取り中を見て、俺の予感が当たっていた事を確認した。



『この村の北に、突き立つ岩がある。そこにカシム1人で来い。そうしたら、仲間の両親は解放してやる』



 手紙にはそれだけだが、差出人は書かれていなくても分かる。

「ルドラ・・・・・・」

 かつての12将軍の副将まで勤めた、天才メイグリフ・ゼスの今の名前だ。俺の劣等感の根源にして、宿敵だ。

 

 この前、俺はアインザークでルドラと戦った。

 すでに連戦を重ねって疲労していた事、怪我を負っていた事、武器の性能の差などを加味してみても、俺は手も足も出ない惨敗だった。

 今はあの敗戦から確実に強くなっている。だが、それでどこまで彼我の差が埋まったのかは分からない。

 武器も進化して、魔神の剣すらも切断出来る破壊不可能な物になっている。だから、武器だけなら、互角以上だとは思うが、まだまだ差はある気がする。

 だが、それは戦わない理由にならない。


「リラさん。俺、行ってきます」

 俺はリラさんに告げる。

「いけません!!」

 リラさんが俺の手を掴む。

 リラさんの瞳が怒りに燃えたぎっている。リラさんの周囲の空気が歪み、建物が軋む。

「ご両親の事が心配でしょうが、相手は俺を指名しています」

 俺はリラさんを諭す。多分地獄教の奴らなら、約束を違えれば、リラさんの両親を殺す事をためらったりしないだろう。

 それに相手はルドラだ。

 俺ですら奴の接近に気付かなかったんだ。いくら隠密行動を取っても、裏を掻く事は出来ないだろう。

 それは確信できる。

「でも、でも・・・・・・」

「リラさん。俺を信じて下さい。必ずご両親は解放して来ます」

 これは嘘じゃ無い。ルドラは俺が1人で行けば、必ず約束は違えないだろう。なぜだかそれだけは確信できた。

 だから、それ以上の約束は出来ない。努力はするが、生きて帰る約束は、ちょっと出来そうもない。

「行け。軽くぶっ飛ばして来い!」

 俺の背中を強く叩いたのはファーンだ。多分すべてを察してくれている。

 そして、こいつの激励は、意外と効果抜群だ。

「任せろ!!」


 俺は建物を出て、村を北に向かって馬で歩を進めていった。

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