ギルド戦争  人質 4

 その時、ドアがノックされて、王宮侍官長が飲み物を持ってくる。

 ドアの所にギルバートがお茶を受け取りに行こうとするのを、タイアスが止める。

「いや、結構。我々には用意があります」

 そう言うと、どこにしまっているのか、ゆったりとした袖口から、水筒と、コップを取り出す。

「良かったら、グラーダ国王もいかがですか?」

 タイアスに勧められて、グラーダ三世は頷く。

「は、はい。いただきます」

「あなたも?」

 タイアスはギルバートにも勧めた。

「はい。ありがとうございます」

 ギルバートは恭しく頭を下げる。

 タイアスは、4つの木のコップに水筒の中身を注ぐ。爽やかな香りが漂ってくる。

 小さな水筒なのに、その容量以上の飲み物が出てくる不思議にも気付かないほど、自然な所作だった。


「では、どうぞ」

 グラーダ三世と、ギルバートが、その飲み物を受け取る。

 木のコップなので、確かでは無いが、水と変わらず透明だ。しかし、その飲み物を飲んだとたん、ギルバートは驚く。甘く、爽やかで、のどにも体の隅々までも染み込んで来るような、今まで飲んだ事も無いものだった。

 だが、その驚きは、ギルバートより、グラーダ三世の方が何千倍も上だった。

「な?何だ?!この感じは?!何だ?この感覚は?!!」

 グラーダ三世は立ち上がり、コップの中身を一気に飲み干した。始めて味わう感覚に、全身が歓喜の声を上げているようだった。震えて、涙する。

 グラーダ三世が、生まれて初めて経験した「味覚」である。

「こんな素晴らしい感覚を味わったのは初めてだ!!口に入った物が、脳を、全身を駆け巡り、喜びの歌を歌っているようだ!!」

 このグラーダ三世の反応に、ハイエルフの2人も驚く。そして苦笑しながら、グラーダ三世が握りしめるコップにおかわりを注ぐ。

「有り難い・・・・・・。本当に有り難い」

 小さく呟き、グラーダ三世は椅子に座り、今度は少しずつ、大切そうに、ゆっくり味わって飲む。


「その。驚かれたかも知れませんが、国王陛下は、これまで何かを食べたり飲んだりしても、全く味がわからなかったのです」

 ギルバートが説明する。

「なるほどのう。では、次に訪れる時には、我らの作った料理でも持ってくるかな」

 決して、エルフの大森林に招待はしない。グラーダ三世が精霊界に順応したら、誰にも止める事が出来なくなるからである。

「是非ともお願い致したく・・・・・・」

 力なく、しかし、その目は切望を訴える。



「話しを戻すが、それで、我々はカシム殿に大変な恩義がある。そして、そなたの為人ひととなりも分かった。故に、今度の聖魔大戦は元より、世界会議にも参加をする事にした」

 その言葉に、グラーダ三世が驚く。

「ご協力いただけるのですか?」

「カシム殿に受けた恩義に報いるには、まだまだ足りぬが、せめて、それぐらいはしないと、ハイエルフの矜恃に傷が付く。参加するからには、我らも命懸けの覚悟だと認識して貰いたい」

 イスファーンが宣言する。

「早速何かありそうな顔をしていますな?おっしゃって下さい」

 タイアスがグラーダ三世の表情を読む。

 グラーダ三世は、カシムから受けた、思いもよらぬ支援に、驚愕しつつも複雑な思いで感謝する。

 未だに自分の気持ちの整理が付かないのだ。

 そんな気持ちのまま、ハイエルフの申し出を受けて良いのだろうか?

 しかし、のどから手が出るほど欲しかった、後一枚のカードだ。

 少しのおうのうの後に、グラーダ三世は顔を上げる。真っ直ぐな偽りの無い目で、2人のハイエルフを見つめる。

「実は、至急お願いしたい事がございます」

「どうぞ」

 促されるまま、グラーダ三世は、北バルタの状況と、聖バルタ共和国樹立の事を話す。



「ハイエルフの方々は、どんな病気にも罹らないと聞きます。それ故の要請なのですが、北バルタの実情を探っていただきたいのです」

 グラーダ三世が言うと、2人のハイエルフは、互いに視線を交わすと頷く。

「承知した。それは大至急だな。では、私はこれで失礼させて貰う。『転送の術』は、今現在は私しか使えないからな。10人ばかり、現地に送り届ける」

 そう言うと、案内されるまでも無く、立ち上がってドアに向かう。

 慌ててギルバートが付いて出て行った。


「かたじけない」

 グラーダ三世が立ち上がって見送った後に、タイアスに頭を下げる。

「この程度の事ならば、礼を言われるほどの事では無い。さて、もう一つは?」

「・・・・・・神にケンカを売りたい。最強の戦士を御貸し願えませんか?」

 グラーダ三世の言葉に、タイアスは嬉しそうに手を打って笑った。

「それは面白い。出来れば私が参加したいところですが、最強となると、あの方たちがよろしかろう」

 しばらく会談した後、戻ってきたイスファーンとタイアスは、グラーダ王城に部屋を設けられて、滞在する事となった。

 




 そこから状況が変わるのは、10月17日の夕方の事だった。

 ギルバートの元に、血相を変えたメッセンジャー魔道師が、ある報を受けて駆け込んできたのである。

 その報を受けたギルバートも、大急ぎでグラーダ三世の元を訪れて報告し、更に、ハイエルフの2人も呼んで、対応を協議する事となった。

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