ギルド戦争  人質 3

 時は遡って、ヨールドが世界に「聖バルタ共和国」樹立を宣言した10月15日。

 グラーダ王城に突如天から光の柱が突き立った場面に戻る。


 

 グラーダ三世が、執務室のテラスから身を乗り出して光の柱を見つめていると、やがて光が薄れてきて、光の柱の突き立つ地面に人影が現れる。

「あれは?!」

 隣に立つギルバートが叫ぶ。

「むう・・・・・・」

 グラーダ三世が目を細めて見ている内に、光の柱は音も無く消えていき、地面に立つ人物の姿がはっきりした。


 そのとたん、グラーダ三世が王城4階のテラスから飛び降りて、立っている人物の近く10メートル程まで走って行く。

 そして、立ち止まるや、地面に片ひざを付いて頭を垂れる。

「皆の者!!平伏せよ!!」

 グラーダ三世が叫ぶと、周囲を取り囲んでいる兵士も、居合わせた人たちも、驚き戸惑いつつ、地面にひれ伏して、その人物を迎えた。


 光の柱から現れたのは2人。

 薄緑に、植物を模した金の刺繍の薄衣。ミスリルの頭環に細長く伸びた耳。

 まばゆく輝くほどの美しく整った顔に薄明るい緑の髪。

 エルフの大森林、精霊界の住人であるハイエルフがそこにいた。


「御拝謁の栄誉に接して、慶びの極みに存じます。お見受けしますところ、お二方は、精霊族の長老様であるかと・・・・・・」

 グラーダ三世が、頭を垂れたまま口上を述べる。

「いかにも。私は、暁明ぎようめいの里、里長のタイアス。こちらの方は最古の長老の1人、イスファーン様です」

 タイアスが紹介したのは、八光やこうの里にいた最長老の1人だった。

「そう畏まる事では無い。いつまでも年寄りを立たせていないで、立って城に案内してはくれんか?」

 イスファーンが笑いながら言うので、グラーダ三世は「は。只今!」と言って立ち上がり、2人のハイエルフを先導して城に入る。



 ハイエルフの長老2人が、地上世界の国の城を、わざわざ訪れる事など、これまでほとんど聞いた事が無い珍事である。

 過去にも数例だった。

 ハイエルフの長老は、ほとんどエルフの大森林から外に出ない。

 だからこそ、グラーダ三世も驚愕するよりほかなかったのだ。


 グラーダ三世は、2人を先導しながら、周囲の者たちに大声で告げる。

「平伏せよ!平伏してお迎えせよ!!」

 周囲の人々は、皆驚きつつも、速やかに道を開けて平伏する。


 グラーダ三世が2人を案内したのは、3階にある、比較的小さい応接室である。

 ギルバートは先回りして、室内を整えて、ドアを開けて片ひざを付いて頭を垂れたまま待っていた。

 グラーダ三世は、ギルバートに軽く頷き賭けて先に入室する。

 ギルバートは、2人のハイエルフが入室すると、自身も室内に入り、ドアを閉める。

 グラーダ三世は、2人を上座に座らせ、自身は下座に座る。ギルバートは、その背後に立つ。

 「この度、御訪城ごほうじょうくだされたのは、いかなるゆえあっての事でしょうか?」

 グラーダ三世が口を開くと、タイアスが苦笑する。

「イスファーン様もおっしゃってた通り、そう畏まらんで頂けますかな?」

「は、いや・・・・・・。しかし」

 そう言われてもグラーダ三世は困惑する。

「『ゆえ』と言われたが、はっきり言えば、特に理由など無い。ただ、『グラーダ三世』とはどんな人物なのか、興味が湧いただけの事だ」

 イスファーンが笑いながら言う。

「私にですか?」

「失礼を承知で言わせて貰えば、我々はそなたを、力に魅せられた狂王に過ぎないと考えていたのだ。傲慢で、世界を1人で動かせると思っている愚かな人間だとね」

 今度は笑っていない。イスファーンの目は真剣だ。言われたグラーダ三世の反応を探っているようだ。

 背後のギルバートは緊張する。

「ごもっともです。私もそのように振る舞ってきました。しかし、実際には己の限界を知り、他者の助けを必要とする、ただの人間であると自覚しております」

 グラーダ三世が、非常に淡々と答える。この答えに、ギルバートは驚かない。グラーダ三世の強さも、弱さも知っているからだ。

「ふむ。なかなかにしゅしょうな態度だ。カシム殿の言っていた通りの人物のようで、安心した」

 タイアスの言葉に、グラーダ三世が驚く。

「こぞ・・・・・・いや、カシムの?」

「ふむ」

 そう言ってから、タイアスは、エルフの大森林での事を話した。無論、精霊界の秘密は話さないままにである。



「なんと・・・・・・。そんな事があったのですか?!」

 グラーダ三世は、驚いて背後のギルバートに視線を送る。

「いえ。私もそのような報告は受けておりませんが、彼らならば、自分の功績をひけらかすようなマネは、敢えて致しますまいと、存じます」

 ギルバートの答えに、ハイエルフの2人も嬉しそうに頷く。

「その時、カシム殿は、敵であるテュポーンに、『地上には、世界の意志を統一した偉大な王がいる。だから手を組め』と言ったのです」

 タイアスが語る語調が熱を帯びる。

「その後も、そなたの事を名君だと我々に話して聞かせてくれた。それで、あのカシム殿がそこまで言うなら、どんな人物か直接会って見ようかと思ったまでなのだ。突然の訪城、失礼した」

 イスファーンが大らかに笑う。


 だが、グラーダ三世は驚き戸惑うばかりだった。

『あの小僧が・・・・・・俺を名君だと?』

 思い返しても、自分がカシムにして来た事は非道で、卑劣。惨い仕打ちばかりして来た。

 自分がカシムを憎む思いと同様に、カシムも自分を憎んでいるとばかり思っていた。そう思っていたからこそ、非道にも、卑劣にもなれた。

 だが、事実は違っていた。

 カシムが自分を知り、認めていた。自分がして来た数々の仕打ちを許していた。

『俺は・・・・・・。なんて愚かな男だったのだろうか』

 グラーダ三世は顔を伏せる。

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