ギルド戦争  人質 2

 それ程待つ事も無く、大量の兵と、ウルトとミーンがやってくる。

「貴様!総帥閣下になんたる無礼を!!」

 ウルトが真っ赤になって怒鳴る。

 ミーンはただ青くなって落ち着かない。

「あんたらの陰謀で処刑される身なんでね。せめてもの意趣返しに総帥閣下様を人質に取らせて貰った」

 俺が笑う。出来るだけ凶悪に見える様に、自暴自棄に見える様にだ。

「さてと。人質を取った事だし、いくつか要求させて貰う。まずは回復魔道師を寄越せ。人質にする際に、少し怪我をさせてしまった。後は食べ物と飲み物を2人分だ。総帥閣下様のお食事になる事を忘れるな?!後は、この部屋より50メートル以内には近寄るな。上階、下の階も含めてだ。近寄れば俺には分かる!剣聖の孫だと言う事を忘れるなよ?おかしなマネをしたら、こいつは殺す。いいな!!」

 そう怒鳴ると、兵士たちはウルトの合図でジリジリ後退していく。

「それで良い。用がある時は呼ぶが、それ以外はお前ら2人も近寄るなよ」

「待て!人質には私がなるから閣下を解放するのだ!!」

 ウルトが言う。

「まあ、その忠誠心は見上げた覚悟だと言えるが、人質の価値が下がってどうするんだ?どうせなら、3人まとめて人質にしても良いんだぞ?」

 そう言うと、ウルトは唇を噛みしめて悔しがる。

「ああ。そう言えば地下牢の兵士にはブーツと上着を返してくれた借りがあった。彼らを殺さざるを得なかった事は残念だ。彼らの替わりに、彼らが尊敬していたヨールド閣下に借りを返すとしよう。ヨールド閣下に下着と靴、後はガウンでも用意してくれ。礼なら、地下牢の兵士にするんだな」

 こんなおっさんの裸なぞ見たくもないからな。

「わかった!至急用意させよう!」

「じゃあ、お前らは失せろ。50メートル以内には入るなよ!」

 そう言うと、俺はヨールドに剣を向けたまま、引きずって室内に入る。

 

 

 改めて見ると、室内は居住用の部屋で、応接間と、トイレ、バス、寝室が付いていた。バスのお湯は、ボイラーで温められたお湯が、パイプを通して館を巡っている物らしい。グラーダでは珍しくない構造だ。お湯の温度はぬるいが、俺にはちょうど良いだろう。もっとも、お風呂にゆっくり浸かる事など出来そうもないが。

 

 俺はヨールドを側に置き、扉の近くに座り込む。無明を全開にして、周囲50メートルを探る。まだ、ごそごそ範囲内に人がいる。その中で1人だけ近付いて来る者がいる。

 ドアを開けて、顔だけ外に出す。ドラゴンドロップ製のマントのフードを被り、精神魔法に備えつつ俺が呼びかける。

「回復魔道師だな?!」

 問いかけると「そうだ!」と返事があったので、手招きする。

「他の者!もっと下がれ!範囲に入っているぜ!」

 大声で怒鳴りつける。 

「入るぞ」

 回復魔道師が両手を挙げて入室してくる。

「余計なマネはするなよ」

 ヨールドに剣を突きつけたまま、俺は回復魔道師を睨む。

「分かっている。閣下を治療させてくれ」

 たいした傷じゃ無いだろうに、猿ぐつわをされたヨールドは、腫れ上がった頬を必死で回復魔道師に見せる。

 

 すぐに怪我は治るが、それで帰す訳にはいかない。

「もう1人怪我を治して貰いたい奴がいる」

 俺は寝室に引っ込んでいる女性を指さす。

「あいつはな。俺がヨールドを人質に取った時に、ヨールドの世話をして貰う為に連れて来た。死なれたら手間だから、しっかり治してやってくれ。バカな女で、自らヨールドの世話をしたいと、俺が脅すまでも無く、逃げずに付いて来た」

 そう言う設定で行こう。

「わかった」

 回復魔道師は、すぐに女性の傷を全て治す。

「終わったら用は無い!ご苦労だったな」

 回復魔道師と入れ替わりで、服が運ばれてきた。

「女!傷が治ったなら、さっさとこっちに来い!」

 俺は、女性に高圧的な態度を取る。

 怯えながらもやってくる女性に、俺は耳打ちした。

「すみませんが、そう言う設定でお願いします。後で説明しますから」

 女性は俺の目をジッと見つめて頷く。

 傷は治ったとは言え、やつれていて、顔色も悪い。服もズタズタに引き裂かれて下着も無い。多分、元は貴族だったのだろうが、あまりにも哀れだ。

「女!閣下の世話を、どうしてもしたいと言うから連れてきたんだ!閣下の下着と靴を履かせて差し上げろ!」

「は、はい」

 女性は、身動きの取れないヨールドの足のロープを必死にほどき、下着をはかせ、靴を履かせた。

 ローブも着せかけようとするが、俺が取り上げる。

「待て。考えてみれば、腕のロープをほどく訳にはいかない。これはお前が着ていろ」

 ヨールドが抗議の光を目に浮かべるが、俺は気付かないふりをして、足のロープをきつく結んだ。

 パンツ一丁に靴という、間抜けな姿だ。


 次に食事と飲み物が運ばれてきた。ヨールドが食べる物なのだから、毒の心配は無いだろう。

 食事を受け取った俺は、ヨールドに聞かれないように少し離れて女性と小声で話す。その間、ヨールドには毛布を掛けておく。

「俺の態度に驚かせてすみませんでした」

「いえ。あなたの目には、優しい光がありましたから」

 教養ある女性のようだ。言葉遣いも発音も綺麗だ。

「俺はカシム・ペンダートン。白銀の騎士の孫です」

 名乗ると、女性が手を口で押さえて驚く。

「まあ。本当にあなたが、あのペンダートンなのですね?!」

 俺が頷くと、女性は安心した様子になる。

「わたくしは、メアリ・アン・クリュート。父はバルタ共和国の伯爵です」

 やはり貴族令嬢だったか。


 メアリは、年は20歳くらいで、今は乱れて汚れているが、長い金髪の美しい女性だ。

 相当餓えているだろうに、食事を目の前にしても、平静を保っている。


「俺は失敗する可能性があります。だから、あなたは保険として、ヨールドに献身的に尽くす女性を演じて下さい。俺は、あなたに対してきつい態度を取ります。これも賭けですが、奴に少しでも良心があるなら、俺が失敗して殺されても、あなたは厚遇されるでしょう」

「そんな!それはいけません!」

 メアリは、自分だけ助かる為の演技をして、俺を貶める事に良心が痛むようだ。

「いいえ。あなたが生きていれば、俺が失敗しても、こいつらの所行は世に知れます。だから、あなたの役目として、辛いでしょうが耐えて下さい」

 そう言うと、メアリは苦しげに頷いた。

「さあ、食事にしましょう。おなかが空いているでしょうが、まずはヨールドに毒味をさせてから、あなたも食べて下さい。俺は自分の分を食べます」

 別に俺も毒を気にしている訳では無い。こいつらが用意した物を食べるのが嫌だっただけだ。

 女性は柔らかく微笑むと、食事のトレーを手に、ヨールドの元に向かった。


 ・・・・・・さて、この状況で、どれだけ保つやら。

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