ギルド戦争  正義の意味 5

 正直、ピレアの剣技は大した事は無い。強さもそれほどでも無い。だが、圧倒的な防御力を誇る鎧を信じており、攻撃一本に全力を出し切っているのだから、動きに迷いが無い。

 そして、竜牙剣同様に折れない剣。更には光の刃を発する特殊な剣のせいで、かなり厄介な相手だ。

 しかも、こっちは攻撃する訳にはいかない。

「ようやく確保して、伝染病の感染の有無を確認できたから、処刑されるべきところを、親の七光りのおかげで本国に返してもらえるところだったそうじゃないか!?なのに、逃げ出して、兵士を斬り殺している!これが君の事実だ!!」

 そう言うシナリオに書き換えたのか!中々に頭が回る奴らだ。チープなストーリーが好きらしい。

 となると、俺が捕まれば、この、今後の展開が聖バルタ共和国にとって不利でしか無いシナリオを聞かされたピレアたちも、俺と一緒に口封じの為に処刑される事は決まっているのか。

 探して捕らえるところまでが、ピレアの任務なんだな。


「よく考えろ!伝染病は嘘だ!」

「ならば証拠を見せろ!!」

 証拠と言われると、確かに何も無い。

「証拠も無いくせに正義を語るな!!」

「正義だと!?」

 俺は頭に血が上って、思わず反撃をしてしまう。


 シャアアアアアアアン!!


 ピレアの鎧の羽根飾りが伸びて、俺の剣を受け止める。

 剣と違い、羽根飾りには、少し切り込みが入る。

 それにピレアが驚きの表情を浮かべる。

「『正義』なんて物は無い!!」

 俺は連続で斬りつける。羽根が全てを受け止めるが、少しずつ傷ついていく。

「ボクが、『正義』だ!!」

 ピレアも剣に光を宿して斬りかかってくる。

「普遍的な『正義』なんて物は無い!!有るのは個人だけの正義だ!正義を人に押しつけるな!!」

 「正義」なんて、実に都合の良い言葉だ。時代やその時の状況、立場によって、「正義」は「悪」にもなるし、「悪」も簡単に「正義」に変わってしまう。

 果ては、その時代の支配者によって、「正義」と「悪」の基準がコロコロ変わる。

 立場によっても変わる。例えば、兵士は戦場で多く殺せば「正義」だが、市民が誰かを殺せば「殺人」つまり「悪」になる。

 行為は同じなのに、こうも定義が変わってしまう。


 俺は「正義」を振りかざす人間が嫌いだ。「正義」と言う言葉だけに酔って、その本質を見ようとしない。独善的で、自己陶酔する愚か者だと思っている。


「『正義』は有る!ヨールド大統領が行ってきた事による、人々の笑顔をボクは見た!!君と違って証拠がある!ヨールド大統領は『正義』だ!!」

 完全に頭にきた。

「人は『正義』を振りかざして戦争を始める!!だが、それは民衆にどれ程の悲劇をもたらすのか、考えてみろ!!俺は自分を『正義』と信じる奴を信じない!!!」

 竜牙剣の速度が上がり、羽根が全てを処理するが、次第に羽根が切り刻まれていく。

「違う!ボクは『勇者』だ!!『勇者』は人々の為に戦う『正義』なんだ!!」

 反撃を試みるピレアの表情が泣きそうになっている。

 攻撃も防御も、俺が切り伏せてやる!!

「『勇者』は勇気ある者の事だ!!真実を探し、信念を持って、勇気を持って過酷な道に、絶望の先に足を一歩踏み出す者の事だ!!自分が『正義』と信じて、真実にフタをしているような奴が『勇者』であるはずが無い!!」

 ピレアの鎧の羽根が、1度に切り裂かれ、花が開いたかのように、ピレアの姿がはっきり見えた。

 剣をたたき落とす!!その為に、力一杯竜牙剣を振り下ろす。


 シャアアアアアアン!!


 羽根が俺の剣を受け止める。

 これほどなのか?ムンクの最高傑作は?!自己再生。早すぎる。

「ボクは、『勇者』だ!」

 泣きそうな顔のまま、ピレアが剣を振りかぶる。

 俺は胸に堪った怒りを吐き出すように深く息を付いた。

 そして、竜牙剣を鞘に収めると、素手で構える。

 武器を納めた事に、ピレアが驚き、攻撃の手を止める。

 

 そこから、俺はゆっくり、しかし、完璧なフォームで左手をピレアの顔めがけて突き出してゆく。

「え?うそ!隙が無い!動けない!?」

 ピレアが困惑する。

 俺の動きはかなり遅い。ハエも止まりそうな速度だ。

 魔法でも何でも無い。これも体術で、訓練法の1つでしか無い。完璧なフォームでの攻撃は、隙が無く、相手は自分がどう動いたら良いのか、ゆっくりだけに混乱してしまい、その結果、自分の体の動かし方を忘れる場合がある。


 勢いばかりのピレアには、遅い攻撃など始めてだろうから、対処できない。多分武闘家のアリシアなら、適切に対処できていただろう。

 オートガードの鎧も、この遅い動きを「攻撃」とは認識できないようで無反応だ。

「あうっ!!」

 金縛りに遭ったようなピレアは、迫る拳に目をギュッと閉じた。

 俺はピレアを殴るのでは無く、頬に掌を添えた。

「『正義』とは1つでは無い。『正義』とは、常に悩み、考え、多くの意見を聞きながら、自分だけの中に作り上げる『信念』だ。『正義』は共有できない。共感するものだ。盲目的に1つの事に縛られるな。1つの事に捕らわれるな」

 俺はピレアに優しく語りかける。この子は精神的に幼い。

 物語の様な、「絶対悪」と「絶対正義」を信じている。


 だが、現実にはそんな者は無い。

 胸くそ悪い奴だが、ヨードルは自己の権力を増大させて、他者を支配する事が「正義」だと思っているのだろう。

 俺はヨードルにとっては、それを邪魔する「悪」になる。

 ならば、その「悪」は貴様の身の丈に合わない野望を、とことん邪魔してやる。



「ピレア。終わりにしよう。あたしもヨードルのやり様は胡散臭く思ってたんだ」

 リンクさんが言うと、リメルさんも頷く。

「せめてちゃんと調査しましょう」

「あたしも、虐殺とか聞くと、やな気分。これが本当だったら、あたしたちが『悪の手先』になっちゃうよ?」

 アリシアの言葉にリイも頷く。

「・・・・・・」

 ピレアが剣を降ろすと、その場に座り込み、膝を抱える。

「みんな、ごめん。ボク、また失敗しちゃったかもしれない・・・・・・」

 膝の間に顔を埋める。

「ピレアの失敗はもう慣れているよ」

 アリシアがピレアの背中を叩く。

「それで、竜の団の団長さん。ヨールド大統領の話は本当なの?」

 リメルさんが尋ねてくる。

 俺が頷こうとした時、兵士たちの怒号が近付いてきた。


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