ギルド戦争  聖バルタ共和国 6

 しばらくただ待っていた。俺の時間感覚だと、今は10月18日の21時過ぎだ。

 地下室への階段を、数人の足音が下って来る。

 

 俺の前に現れたのは3人。ウタトと、後はわからないが、軍人と、官僚か?

「やあ、お待たせしましたな、ペンダートン君」

 軍人の男が横柄な態度で言う。禿げて太った初老の男だ。白い口ひげを整えている。

「私は聖バルタ共和国の初代大統領にして、聖バルタ共和国軍の総帥たる、ヨールド・グハーグだ」

 ちょっとまて?!「聖バルタ共和国」って何だ?初代大統領だと?

 バルタは「バルタ共和国」で、議会のトップは首相、政治と権威のトップは国王だったはずだ。


「私は、初代大統領補佐官、ミーン・ドルヘンです」

 官僚然とした男が、ニワトリのように頭を小刻みに振りながら、ニコニコ貼り付けたような笑顔を俺に向ける。


「ペンダートンと知りつつ、なぜ俺を牢に入れる?これは大問題だぞ。ケルベロスも、グラーダも容認しないだろう」

 俺はごく当たり前の事を言う。しかし、3人とも少しも動揺を見せない。

「我々は、過去のバルタの有り様を反省して、新国家樹立を宣言したばかりでね。少々忙しい。だから、あまり君にも構ってはいられない。そこで、君の筋書きを話そう」

 何だと?何を言っている。

「君は、疫病患者を隔離する我々軍の行動を、民衆虐待と勘違いして捕らわれた。我々が懸命に真実を伝えようとしたが、君は脱走。

 その後に、反乱分子であり、未だに北バルタに潜入している第一軍団のバイド大将軍と合流して、反旗を翻すもすでに疫病に感染しており、反乱分子諸共病死する。

 我々も遺体をペンダートンに帰そうと願うも、遺体からでも病気は感染するため、他の者と焼却処分する。

 せめてもの慰みにと、丁寧に君の装備品をペンダートン家に送らせて貰う。

 どうかね?中々に情熱的な内容かつ、悲劇的で泣けるだろう?・・・・・・いや、笑えるかな?」


 こいつらは俺を殺す気だ。考えが甘かったな・・・・・・。

「お前たちはこの後、何人殺す気だ?」

 北バルタの惨状を証言する者は沢山いるだろう。北バルタの人口は500万人もいるのだ。

 だが、目の前の3人は肩を竦める。

「・・・・・・まさか?」

 戦慄が走る。

「貴様は物覚えが悪いな。私は確か言ったよな?あいつら国王派は豚と同じだと」

 ウタトが笑いながら言う。

「500万人殺す気か!?」

「人聞きが悪い!間引きだよ!」

 ウタトが激情的に叫ぶ。

「800万人の南バルタ人が飢えているのだ!北バルタを食わせる食料を南バルタに運べば、それだけの人々が助かる!!金品を運べば、それを元にインフラを整備し、土地を耕し、人を雇える!たった500万の反乱分子である豚共を殺せば、全部解決なのだよ!!」

 狂ってる。本当に狂っている。北バルタの人たちを、1人残らず殺す気か?

「それを南バルタの人たちは知っているのか?!」

 俺は叫ぶ。するとニワトリのような補佐官と名乗るミーンが、やや顔を青くしながらも、必死で叫び返す。

「我が聖バルタ共和国は、国民に支持されている!グハーグ総帥閣下も、国民に望まれて大統領になられた!!今我々が望んでいるのは、停滞した政治では無い!速やかに問題を解決してくれる優れたリーダーなのだ!!」

 またしても一方的な主張だ。それは国民の願いでは無い。お前個人の願望だ。

「つまり、国民は北バルタの事を知らずに、ヨールドを指示しているんだな?!」

「貴様!!グハーグ総帥閣下だ!!」

 ウタトが叫ぶ。

「大統領でもあるが・・・・・・2つの呼称があるのも呼びにくいな。近くに1つにまとめた新しい呼称を考えよう」

 ヨールドは満足げに頷く。

「それで、お前らは何を望んで新国家樹立なんかしたんだ?」

 そう言うと、ウタトがうっとりした表情で答える。

「完璧な世界だ!自由と平等が保障された世界だ!」

 「自由」と「平等」?ふざけるな!

「お前らがいう『自由』とは何だ?考えが違うからと言って国王派を皆殺しにしようとする奴が、何を偉そうに言う!!」

 俺は叫ぶ。だが、すぐにウタトが叫び返す。

「共和国だから王は不要なのだ!国王という権威から解放される事で、人は自由になれるのだ!!人の自由を縛るのは、もはや神のみである!!」

 出たよ。ご都合主義の主張に、困ったら神の名を出す。これが人間至上主義者の限界だ。全く想像力が欠如している。

「では、何を持って『平等』をうたう?エルフやドワーフ、混血種、特化人にも平等を与えるのか?!」

 俺が言うと、これには3人共が苦笑する。

「何をバカな事を言っている。そんな連中は問題外だ。奴らは神に選ばれていない種族だ!にもかかわらず、神に選ばれた我々と取って代わろうとしているのだ。家畜でしか無いのに、なぜ権利や平等を与えねばならないのだ?」

 神に選ばれる事はそれほど大事な事なのか?


 俺は、人々が笑って生活している姿を見るのが好きだ。子どもが遊び、親に叱られ、父は働き、母は強く家族をつなぎ止める。

 学びあい、失敗し合い、競い合い、笑い合う。

 そんな世界が好きだ。

 そこには種族なんて関係ない。

 人間族も、多種族も、野生生物も、神も魔神も、精霊族も創世竜でさえも関係ない。全てが愛おしい。出来得る限りの全てが共存出来る世界をこそ、探していくべきなのではと思う。


 「平等」なんてこの世には無い!全て違うのだから、その違う事を認めて、補い合う事こそが、真に目指す事なんじゃ無いか?!


 そうか。いつかリザリエ様に聞いた青年の話だ。

 「平等」と「区別」は違う。それはこの事だったのか。


「最後に聞きたい。お前らの考え方は、兵士にどこまで浸透しているのか?」

 こんな時の答えなんて決まっているが、敢えて言わせたくなった。

「無論、末端までだ」

 自信満々にウタトが答える。


「さてと、ペンダートン君。我々も忙しいので失礼させて貰うよ」

 ヨールドが言って踵を返そうとする。

「待て!」

 俺が呼び止める。

「そこのウタトにも言ったが、俺には黒竜の加護がある。俺の自由を奪えば、黒竜がやってくる!それでも良いのか?」

 俺の脅しは、俺にも実際の所は自信が無い。

 ヨールドが笑った。

「ご心配ありがとう。だが無用な心配でもある。まず第一に、君は確か、メルスィン王城で我が国の大使に、『いずれ貴国に伺います』と言ったそうだね。だが、国王も首相もまだ世界会議から戻っておられない。だから、両代表が揃うまで、私が代わりに君を歓待していると言う事だ」

 物は言い様だが、未だに黒竜が反応を示さないなら、それでも通るのかも知れない。にしても、コッコ、抜けすぎてるだろ。有り難いけど当てには出来ない誓約だな。

「第二に、君は明日処刑される」

 ヨールドが愉快そうに宣告する。

 追従してウタトが笑う。

「貴様はさっき、食事を拒んだそうだな。・・・・・・残念だったな。アレが最後の晩餐だったというのに。クックックックッ」

 そう言うと、笑いながら3人は階段を上がっていった。


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