ギルド戦争  聖バルタ共和国 1

 北バルタでは、今、大変危険な伝染病が流行していると言う。死者も数多く出ていて、国境は封鎖されているはずだ。

 俺とミルは、川を下り、いつの間にか国境となっている尾根を越えていた。谷川を移動していたので、尾根に気付かなかったのだ。

 だが、振り返ると、フォーシー山の尾根が遠くに見える。


 となると、封鎖は恐らく、山道に入る辺り、または見通しの良い街道を封鎖しているのだろう。

 国境線全てを監視できる訳では無いのだから、集落や街道を監視して出国者がいない様にしている可能性がある。

 北バルタの住民も、町や村に押し込められたり、感染者を隔離する措置をとられているのかも知れない。

 

 封鎖中の北バルタに侵入したからと言って、旅券があるのだから、罰せられる事は無いが、見つかったら、感染の危険があるとして、隔離されてしまう可能性はゼロではない。

「ミル。まずいな。急いで戻ろう」

 俺がミルを促すが、ミルが耳を澄ませて何かを聞いている。

「どうした?」

 俺が尋ねると、ミルが俺の手を引いて、川岸の木々の中に引き入れる。

「沢山の足音と、荷車の音。あと怒鳴り声や、うめき声。すっごくやな感じ・・・・・・」

 小声で囁くミルの表情は強ばっている。

 それは何だ?さすがに気になる。

「少し様子を見に行こう。どっちだ?」

 ミルに尋ねる。

 北バルタでの疫病は、確かに恐ろしいが、どれも噂でしかない。他の仲間と一緒だったら、それでも引き返したかも知れないが、ミルはハイエルフだから、疫病とは無縁でいられる。

 ミルの案内によって、しばらく身を潜めつつ進むと、俺にも声や音が聞こえてきた。

 木々が少なくなり、その隙間から、山沿いの街道を見る事が出来た。


 それは異常な光景だった。



 軍馬、兵士が列をなして進み、多くの荷車を誘導している。

 荷車を押しているのは、老若男女、着の身着のままで、裸足の者も少なくない。どう見ても普通の民衆である。

 しかも、皆やせ衰えていて、傷だらけである。

 

 兵士たちは荷車を引くのを手伝わずに、大声で民衆に怒鳴りつけて鞭を打っている。

 

 騎馬兵の馬には、半裸の女性が、手を縛られて歩かされている。明らかに陵辱された様子である。

 

 荷車を引く民衆に比べて、兵士たちは血色も良く痩せてもいない。表情には加虐的な笑みが張り付いている。



 聞いていた話と違うじゃないか。

 疫病がはやり、軍は、自らも病にかかる危険を冒してまで国境を封鎖しつつ、民衆の救護に追われているという事じゃなかったのか?

 バルタ共和国は、内政が滞っていて、元々民衆の生活は厳しく、地域によっては飢餓状態とも言われていた。

 だが、これは違う。軍による略奪行為だ。


「ミル。お前はここにいろ。俺は奴らの責任者と話してくる」

 そう言うと、俺はミルに月視の背嚢を背負わせる。

「だめだよ、お兄ちゃん。絶対危ないよ!」

 ミルが止めるが、俺にこの光景は看過できない。それに、俺はペンダートンだから、バルタ共和国としても決して無視する事は出来ないはずだ。

「ミル。俺に何かあったら、仲間と合流するんだ。絶対にバルタに・・・・・・北バルタには入るな」

 ミルの肩を掴んで、真剣に伝える。

「大丈夫だ。殺される事は無い。話をするだけだ」 

 何か理由があるのかも知れないからな。とにかく状況を把握しなくては、手の打ちようも無い。

「お兄ちゃん!ダメだよ!行かないでよ!」

 ミルが止めたが、俺は木々の中を用心深く進みながら、行軍に近づく。

 振り返ると、ミルは言われた通りに、その場でジッと俺を見つめている。良い子だ。

 それを確認してから、少し移動し、列を観察する。

 


 行軍は北から南に向かっている。この近くだと、ヴェインの町があったはずだ。そこから2日ほど南下すれば、北バルタと南バルタの境界になっている「クブン関(かん)」がある。

 このクブン関は、南北が別の国だった時に、南からの敵を防ぐために、当時の北バルタが作り上げた巨大な要塞だ。クブン関から東西の国境までも、3~5メートルの壁が築かれている。

 現在は関所の役割を果たしているが、どうも、この行軍は、そのクブン関を目指しているようだ。


 クブン関から南バルタに入って、更に南に少し進めば、南バルタの議会府がある都、クルセイユにたどり着く。


 荷車には、大量の食料や、木箱が積み込まれている。家畜が乗っている荷馬車もある。

 木箱の中は、恐らく略奪した金品だろう。

 長く伸びた行軍に、荷車は恐らく100輌はあるだろう。


「おら、貴様ら!サボってないで、しっかり引け!」

「くせえんだよ!豚どもめ!!」

 兵士たちが罵声を浴びせながら、民衆にむち打つ。

 打たれた者は、身もだえをして涙するが、悲鳴を上げる体力さえもうないのか、呻くのみだ。

「なんて酷い・・・・・・」

 俺は怒りがこみ上げてくる。

 だが、グッと我慢して列を見守っていると、中程に、豪華な鎧に、旗持ちを従える騎馬兵が来た。

 あれが恐らくこの軍団を率いる将軍だろう。


 俺は木々の間から飛び出して、将軍の馬の前に立ちふさがった。

「お待ちください、将軍!!」

 俺が叫ぶと、すぐに他の兵士たちに周囲を取り囲まれる。

「何奴だ?!貴様は!!」

 将軍らしい男が俺を睨み付ける。

 居丈高な態度。ろくな人物では無さそうだ。

「私は竜の団団長、カシム・ペンダートン!グラーダ国が白銀の騎士の孫だ!!」

 そう名乗ると、周囲の兵士に動揺が走る。

 将軍らしき男も驚き、一瞬息を飲む。

「・・・・・・名前は耳にした事がある。だが、本物か?」

「無論。冒険者証もあれば、グラーダ闘神王裏書きの旅券もある!!」

 俺が旅券を取り出すと、男が呻く。

「全く、この大事な時期に・・・・・・」

 何がどう大事な時期なんだ?

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