ギルド戦争 アール・ジェイ・ジェイン 6
足を切断されたオークだが、怯む事無く、膝を付いて槍を振り回す。
それを飛んで避けると、オークの肩に着地して、脊椎に剣を突き通してとどめを刺す。
次に、同様に足を切られてもがくオークの心臓めがけて竜牙剣を投擲する。
モンスターと言えども、苦痛を与えずに倒す事が出来るならば、俺はそうしたい。
武器が無くなった俺に、
倒れかかるオークの肩に乗ったままだった俺は、オークの怪力に吹き飛ばされ、地面を転がる。
甘さが招いたピンチだな・・・・・・。
倒れる俺にオークが蛮刀を振り下ろす。
倒れながらその攻撃を受け流すと、鎧の隙間を狙って、楓を突き込む。そして、ねじって引き抜く。
腹に致命傷を受けたオークの動きが止まったところに、帰ってきた竜牙剣を受け取り、オークの首をはね飛ばす。
大丈夫だ。戦えるし、まだ余裕もある。
アールも更にもう1体倒している。以前の俺よりレベルで行けば低いはずなのに、アールは冷静に対処している。
もっとも、俺がエレッサでオークと戦った時は、圧倒的に多勢に無勢だったし、連戦での疲労もあった。更にオゥガの参戦もあったから、状況は同じでは無い。
だが、1体を倒したアールの背後に、巨大なハンマーを力一杯振り下ろしているオークがいる。
俺は圧蹴でアールの背後に飛ぶ。迫る巨大ハンマー。
これはヤバい!!本当に大丈夫なのか?!
そう思いつつ、俺は竜牙剣で、重く硬い一撃を受け止める。
足が地面にめり込み、膝を付く。
だが、竜牙剣には傷1つ、反りもゆがみも全く無い。
「本当に壊れないのか・・・・・・」
俺は改めて竜牙剣の強さに驚いた。
ハンマーを受け止める俺に変わって、アールがオークの首に薙刀を突き刺す。更に横に振り抜いて、首を半分ほど切断する。
「兄様!すみません!」
「大丈夫だ!でも、油断するな!」
「はい!」
俺たちは武器を手に、オークに攻撃を仕掛けていった。
結局、応援は間に合わず、俺たち2人だけで、オーク24体を倒してしまった。
2人とも肩で息をし、大量の返り血にまみれている。
「アール。大丈夫か?」
俺がアールに声を掛けるが、アールの様子がおかしい。
眼に黒い輝きが無い。表情が完全に消えている。
そして、一切の迷いを見せずに、俺に薙刀で斬りかかってきた。
驚きつつも、俺は薙刀の攻撃を、竜牙剣の腹でいなす。
「アール!どうしたんだ?!よせ!!」
俺が叫ぶが、アールの攻撃は止まらない。
隙も、余計な動きも無い攻撃は躱し辛い。
「アール!戦いは終わった!やめるんだ!!」
俺が叫んでも、アールは攻撃を止めない。剣先で、柄で、足で、次々と攻撃を仕掛けてくる。
おまけに、背筋が凍るほどの殺意を放っている。
魔神グレグルをも戦慄させた殺気だ。
俺はアールを止めたいが、攻撃をする訳にはいかない。
ジリジリと後退するが、それでは埒があかない。
俺は覚悟を決めて、竜牙剣を鞘に戻す。
「アール!俺だ、カシムだ!!」
そう言ったが、今のアールには何の効果も無いようだ。無駄の無い薙刀での攻撃が繰り出される。
それを躱して、俺はアールに突進して組み付く。
アールの顔が俺の至近に来るが、それでもアールは殺意みなぎる眼で俺を見ながら、薙刀を俺の背に突き立てようとする。
その右手を俺の左手が捕らえて、手首をひねろうとするが、アールは反対の左手を素早く自分の背後に回し、ひねられた右手から薙刀を落とすと、回しておいた左手で受け止める。
さすがに体術は大した物だ。
受け止めた薙刀を、俺の右脇腹に突き立てようとするが、俺は右足でアールの腕を押さえつつ、左足をアールの足に掛けて地面に引き倒す。
アールは右手を俺の左手につかまれ、左手を俺の左足に践まれる形で、胸に俺を乗せて仰向けに倒れる。
すぐさま腹を持ち上げて、俺を前に押しのけようとするが、俺は重心を胸より下にずらして乗っかり、薙刀を持つ左手を、右手で押さえ直す。
両足は、アールの腰を挟み込む。
こうなると逃れる事も、反撃する事もかなり難しくなる。
「アール!俺だ!頑張れ!!頑張れアール!!一緒に帰ろう!!」
俺はアールに必至に声を掛ける。
アールが額に汗して苦しそうな顔をする。激しい頭痛がアールを襲っているに違いない。
「ぐぎいいいぃぃぃっっ!!」
眼を閉じては眼を見開く。白目を剥いて叫ぶ。
「ぐああああああああっっっ!!!」
「アール、頑張れ!アール、頑張れ!!」
俺はそう言う事しか出来ない。
俺が不用意に、最初に「殺したらダメだ」と言った事が、アールに強い暗示として残ってしまった。
にもかかわらず、俺はアールに人やモンスターを殺すように命令していた。
洗脳の状態が不安定になっている今のアールは、この矛盾に耐えられなくなっていったのだと思う。
全ては俺のせいだ。
最初にちゃんと説明しなかったから、アールはずっと苦しんでいたんだ。
「あああああああっっ!!」
アールの眼に、黒い輝きが戻る。
涙を流す。
「あああああっ!!怖い怖い!!兄様が、兄様が消えちゃう!!怖い怖い!!助けて!兄様助けて!!」
「大丈夫だ!俺はここにいる!消えない!ずっと一緒にいる!!」
「兄様、怖い!!苦しい!!助けて!!どうか、私を殺して!!」
アールの言葉が俺の胸を抉る。これほどに苦しんでいたのだ。
元々の「闇の蝙蝠」によって掛けられた洗脳下にあってさえ、暗殺に対して、罪の意識を感じ続けていたのだ。だが、そこには確固たる目的があった。
兄に会うという、ただ1つの望み。
それが叶った今、アールは本当の望みを無くしている。虚無なのだ。
それなのに、人やモンスターを殺すという罪をまた犯さなければならない。矛盾との戦いもある。だが、何より、その辛い命令をしたのが、兄と慕い、求め続けていた俺なのだ。
だが、俺と一緒にいる事を望む限り、戦いは避けられない。それに、これまでのアールの人生を否定してはいけないから、戦いから遠ざける事も、またアールの精神にとっては危険である。
俺は、これからもアールに洗脳の上書きをしていかなければならない。正解が何かも分からずにだ・・・・・・。
「アール!殺したりする物か!!アールは俺の大切な妹だ!!ずっと一緒にいるんだ!!アール。俺は消えない!!だから、お前も俺の前から消えたりするな!!」
腕を放して、俺はアールの頬を両手で挟んで額を寄せて叫ぶ。
「ぐあああああっっ!!!」
再びアールが暴れ出す。激しく手足を振って、白目を剥く。口から泡を吐く。
そして、舌をかみ切った。
口から血が噴き出す。
痙攣して失禁する。
俺は、アールの上から飛び退いて、急いで口に指を突っ込んだ。
顔を横に向けさせると、噛んだ舌をのどに詰まらせないように引き出す。
舌をかみ切っても、死ぬ事は希である。血や、かみ切った舌が詰まって窒息する事はあるが、適切な処置をすれば、命に関わる事は無い。だが、相当な痛みはある。
そんな中、アールは眼を開けると、正気を取り戻したように、俺の顔を見て嬉しそうに微笑む。
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