血海航路  魔神 2

 「圧蹴」を使って、閃光のように走る。

 心の重圧とは反対に、体は驚くほど軽い。これまでの圧蹴より遥かに早く進む。

 圧蹴4歩で、洞穴の見張りの元にたどり着く。

 突然目の前に現れた俺を認識したかしないかの内に、俺は見張りの2人ののどを掻き切る。倒れる音も立てないように、支えてそっと地面に転がす。

 そして、無明で周囲の気配を探ってから、建物の後ろに隠れている男たちに合図する。

 

 男たちと合流して、洞穴を進むと、すぐに鍵の掛かった扉を発見する。格子が付いていて、中を覗くと、大量の剣や槍、弓、手斧などの武器があった。防具もある。

 竜牙剣で扉を壊すと、海兵や水夫たちに、剣帯をいくつも首に掛けて持って貰い、更に自らも武装して貰ってから部屋を出る。

「この奥に宝もありそうだ」

 1人の男が言うが、俺が厳しく注意する。

「今は宝より命を優先しろ!欲をかくようなら置いていく!」

 俺の言葉に、言った男が反省の色を示した。

 

 俺たちが洞窟で待機していたのは数分だった。

 町から火の手が上がる。

 数カ所同時にだ。

「始まった。行くぞ!!」

 俺たちは建物から建物に素早く走りながら移動する。

 海賊たちは、町からいくつもの火の手が上がるのに動揺して、大騒ぎしている。

 右往左往。

 それに乗じて、俺たちは港目指して走った。

 海賊の町はとても狭い。丘の谷間のわずかなスペースに密集している町なので、港までの距離も、直線距離で300メートルほどだ。

 だが、道は狭く、建物がゴチャゴチャ入り組んでいて、隠れて進むのは、すぐに限界が来てしまった。


「敵襲だ!!侵入者だ!!」

「武器を持て!!」

「生かして帰すな!!」

 四方から声が響く。

 これは火をつけた連中も、かなり見つかったな。早く合流しないとまずい。彼らには武器がない。

「みんなは合流を優先してくれ。俺が囮になる」

 俺はそう告げると、近くの建物の屋根に飛び上がった。




「海賊たちは恐らく200人か。エレッサの戦いより、遥かにマシだな」

 屋根の上から町全体を眺めて、俺は独りつ。

 葛藤はどうあれ、心は意外な程落ち着いている。

 俺は大きく息を吸い込んでから、大声で叫ぶ。

「悪逆非道な海賊共!!覚悟しろ!!俺たちは竜の団だ!!白銀の騎士の孫、竜騎士カシム・ペンダートンだ!!」

 我ながらよく言う。

「命が惜しくない奴は掛かって来い!!!」


 屋根を見上げる海賊たちは、一瞬呆気にとられたが、すぐに行動を開始する。あまり期待していなかったが、やはりハッタリだけで戦意を喪失してはくれない。

 そもそも、海賊たちは学がないものが多い。竜の団の事も、竜騎士の事も知らなかったのかもしれない。

 四方八方から矢が飛んでくる。味方に当たるのもお構いなしだ。

 俺は竜牙剣を抜き、当たりそうな矢だけを切り落とす。躱す。更には掴んで見せた。

「うおおおおお!やっちまえぇ!!」

 クソ!技の見せ甲斐がない。ちっとも怯まないぞ。お前らはゴブリンか!?

 俺は呆れつつ、更に飛んでくる矢を躱しながら、屋根に上がって来る海賊たちを迎え撃つ。


「さあさあ!!掛かって来い!!俺は逃げも隠れもしない!!」

 更に大声を上げて、俺は海賊たちを挑発する。

 ついさっきまで隠れていたし、これからさっさと逃げる予定なのだが、そんな事はおくびにも出さない。 

 戦いながら、屋根から屋根に飛び移って、徐々に港の方に向かう。

 俺1人なら、もっと早く港に行けるが、人質たちが逃げる方が優先だ。それにあわせて少しずつ、自然に移動する事が肝だ。

 味方の人質たちにも、武器が行き渡ったようで、他の場所でも戦闘が始まった。これで20対200になる。かなり勝ち目は出て来たな。その実際の数字を海賊たちに知られなければの話だが。

「竜の団にはランネル・マイネーがいるのを知っているか?町を焼いてる炎は、あの火炎魔獣の炎だ!!」

 更にハッタリをかます。

 おお。さすがにマイネーは知っているようだ。目に見えて敵が怯んだ。

「行くぞ!竜の団!!全員で攻勢に出る!!」

 俺が大声で叫ぶ。そして、竜牙剣を投擲して、海賊たちをまとめて3人切り倒す。

 それで、更に海賊たちの腰が引けたか。


「おおっと!!」

 屋根の下に人がいるのを感じて、俺は後方宙返りをする。

 階下から屋根を貫通して、何本もの槍が、さっきまで俺のいた所を刺し貫く。

 背後に迫る海賊の腕を、着地と同時に切断する。

「ぎゃああああっっ!!」

 腕を切られた海賊は、もんどり打って屋根から転げ落ちる。


 その時、強い気配を感じ、とっさに気配の方向をマントでガードする。

「ぐうううぅっ!!」

 激しい衝撃に、俺の体は吹き飛ばされる。

 魔法か!!何の魔法だ?!

 空中で何とかバランスを取り戻すと、マントを広げて違う建物の屋根に着地する。同時に急いでフードをかぶり、周囲の様子が見えるように、フードは透明化する。

 精神系魔法に対抗するのに、このフードは有効だ。このフードの中は、創世竜の領域と同じ別世界らしい。なので、ここまでは精神系の魔法も届かない。精神系魔法は脳に作用するのだから、このフードをかぶっていれば問題ない。

 そうしてから、俺は魔法を放った相手を確認する。


「クソ!また魔神か・・・・・・」

 あの独特な気配。あれが魔神の気配なのだと言う事は、さっき理解した。

 黒い貴族風の服を着た、赤い長髪の魔神が、数軒先の屋根の上に立っている。

 背中には大剣を背負い、装飾過剰な胸当てとショルダーアーマー。マントは赤。

 どう見ても、さっきの魔神エムンより強そうだ。

「貴様があのカシム・ペンダートンか!その名前は魔神たちの間でも最近耳にする」

 魔神が余裕の表情を浮かべて笑う。

「・・・・・・そいつはどうも」

 取り敢えず俺の返答はそんなものだ。

 それに、矢の処理もあるからな。魔神が話していても遠慮無く矢が飛んでくる。

「私は、ウラノス魔神王様の配下、グレグル男爵である」

 魔神は名乗るのが好きか?しかし、貴族位か。となると、第二級神に相当する力を持っていても不思議ではない。

 俺の祖父は、18歳の時に、第二級神を殺した事で「神殺し」の異名でも呼ばれるようになった。

 これは厄介だ・・・・・・。

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